12話 炎の少女-1

 昼休みを終え、学園からバスに乗って辿り着いたのは、無機質な建物であった。

 真っ白い外見に、均等に並ぶ窓。目立った外装一つない豆腐型のそれは、白波の吹き付ける崖の上にのっそりと鎮座していた。

 その一室――崖下に広がる海を望む部屋に明里はいた。


 冷たい床に固定された椅子と机。それらに並ぶ、同じ制服を纏った少女達。ここには、一学年の全生徒が揃っているらしい。時折すれ違う頭や午前中に行われた体育のレクリエーションの時に一緒になった背も見て取れた。

 そして前方に掛けられたホワイトボードの前には一人の男が立っていた。こけた頬といい、隈の浮いた目元といい、今にも倒れてしまいそうなほど不健康な様相をしている。

 それは仰々しく腰を折ると、教卓に手を置いた。


「皆さん、初めまして。いや、初めてでない人もいるかもしれませんね。桜学園では生徒指導、ここでは第一部暴走原理研究室室長を任されております、並木修一です」


 白衣の男は、ヒゲを生やした口元に笑みを湛える。


 桜学園には併設された研究所が存在する。『能力』に関する研究を行う場所、と事前に伝えられていたが、その詳細は不明である。

 こうして学園側が施設を紹介しているからには、後ろ暗い事に手を出しているとは到底思えないが、その一方で生徒の間には根も葉もない噂が流れている。明里の耳にも、それは届いていた。


 変わりない日常を繰り返すばかりの学内では、自然と話題に枯渇する。

 どの本が面白かっただとか、どこのパフェが美味しいだとか、そんな平凡で面白味に欠ける話題が浮上しては消えていく。だからこそ、より尾びれを付け易く、また一定数の浪漫を残したオカルティックなもの――より限定的に示すならば、この研究施設は絶好のネタである。

 日本国内でも僅かしか置かれていない、能力者を育成する学園の傍に研究機関を据えた宿命とも言える結果であろう。


 そんな尾びれの付いた、というよりも尾びれ同然の噂ばかりを聞いてきた生徒の間には不信感が渦巻いていた。しかしそれが伝わるはずもなく、その男、並木修一はまるで柔らかに、垂れ気味の目尻をより深く下げた。


「前々から桜学園にいる人や先日入学して来た人も、よく聞かされているでしょう。桜学園には女性の顕在的能力者および潜在的能力者が集められています。そして、よい影響も悪い影響も互いに与えながら、生徒の自立と『能力』の扱いを学ぶ事を目標としています」


 これはさんざん聞かされてきた話だ。学園の案内が来てから、寮に荷物を運んで来てから、入学してから、それこそ耳にタコができるほど何度も耳にした。

 喉の奥に呼気の塊が現れた。出そうになる欠伸を噛み殺していると、不意に男の指がこちらを向いた。


「ですが、です。あなたは『能力』について、何かを知っていますか?」

「え、えっと――」

「いつ『能力』は発症し、どのようにして効果を示すのか。『能力』の歴史は。どこから生まれた? そう、私たちは何も知らないのです」


 男は大きく両手を広げる。演劇染みた語り口に、明里はぽかんと目を丸めた。

 きっとこれは明里だけではないだろう。前からも後ろからも、吐息に混ざって「やばい」と囁く声が聞こえてくる。


「多くの謎を残す『能力』。それを解明するべく設置されたのが、ここ、国立異能力研究所なのです。学園と、そこに通う生徒さんに協力を仰ぎ、異能力――すなわち『能力』の研究を進める。それこそが、学園に程近い土地に建設された真の理由とも言えるでしょう」


 ようやく熱も収まってきたのか、並木は腕を下ろす。先程とは一転して、恐ろしいほどに落ち着き払った様子で彼は続けた。


「だから、皆さんには是非とも協力していただきたい。異能力学の発展と、能力者の権利のため」


 だが、協力とはいっても、やはり不安は残る。

 何せ病院を苦手とする明里である。病院以上に真っ白で、吐き気がするほどの清潔感に塗れた研究所には、長居したいとも積極的に出入りしたいとも思えなかった。

 しかし、


「協力して頂いた方には、もれなくお菓子をプレゼントします」


 その言葉に、不安も疑念もがらりと姿を消すのだった。

 隣に座っている詩織がこちらを一瞥する。まるで明里の考えを見透かしているかのような冷たい目だった。

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