04 百鬼夜行

 全高3メートルの巨体は右腕に巨大な柱のようなシールドドリルを具え、下半身に比して大きな逆三角形の上半身に一本角の頭を埋めていた。


 まさしく、先だって旭と虎珠が遭遇した“濤鏡鬼”のシルエットである。


 しかし、その姿は好敵手である虎珠が知るものとは異なっていた。


 短い両脚の末端はタイヤであった。

 左手は拳の代わりにU字型の磁石であった。

 分厚い甲羅のようだった胸板は、大型バイクのカウルに置き換わっていた。


「ヴルルルルルルン!」


 叫び声に至ってはエンジンの爆音だ。



 濤鏡鬼の総身は、くまなくバイクと混ざり合っているようであった。


「そのはどうした、濤鏡鬼」

「ヴルルン!」

「ラ=ズが地上こちらの世界に留まる手段はもう一つある……地上の物質と融合したのよ」



 ――諸君は『付喪神つくもがみ』なる現象を聞いたことがあるだろう。

 長年使われた道具に霊魂が宿り、意志を持ち活動するという言い伝えだ。


 この付喪神現象の正体は、地上に現れたラ=ズが別次元における存在を確立すべく手近な構造物に融合憑依を行った結果なのだ。

 今日こんにちのラ=ズ研究において、付喪神の伝承はラ=ズが古くから地上世界に現れていたことを示す証左としてしばしば挙げられる。



「よりにもよって先月納車したばっかりの単車に……コイツはアタシに任せて、旭達は街の方を見てきて!」


 濤鏡鬼を睨みつけながら、彰吾は取り出した数珠を右の拳に巻き付ける。


「おい、濤鏡鬼ヤローは俺の――」

「いいからさっさとお行き! 猫の手も借りたい状況だってこと、すぐに判るから。頼んだわよ虎珠タマ!」


 巨漢僧侶は虎珠の文句を一喝で押し込め、数珠の親玉からぶら下げられた螺旋円錐状の物体――DRLを握り込む。

 坊主頭スキンヘッドの額には太い血管が浮いていた。



「わぁったよ、行きゃあいいんだろ。お前の言う通りにしてやるからなぁ、その“タマ”って呼び方は二度とすんなよ!」



 *


「うわぁ、うじゃうじゃしてる!?」


 その光景を目の当たりにし、旭は悲鳴に似た声をあげた。


 普段は車が往来する田舎町の国道沿いに、大きなイナゴの頭を持った全長1メートルほどのラ=ズが跳ね回っている。

 その数、視界に収まるだけでも30はあろうか。

 短い両腕両脚に加え、胸の辺りから一対の小さな腕を持つ彼らの姿は昆虫を思わせた。

 いずれのラ=ズも濤鏡鬼と同じく地上の物質と融合しているらしい。

 床屋の看板、三輪車、掃除機、電子レンジ、アイロン――とにかく手当たり次第に混ざり合ったラ=ズが大通りにうごめく様は、まさしく文献に残る『百鬼夜行』の再現であった。


「バグ族か。いっつも無口で無表情、何考えてるか分かんねえ連中だ。用心しろ」


 少し気持ち悪さを感じながらも、旭は頑張ってバグ族を観察する。

 昆虫めいた顎が開き飛び出したのは錐のようなドリルだ。


 バグ族たちは、めいめいに口からドリルを伸ばして――辺りの建物、車、道路を削り始めた。

 駆け付けた警官がラ=ズに発砲するが、銃弾を何発受けても彼らの鉱質殻ボディはダメージを負っていないようだ。


「大変だ! あちこち、どんどん壊されてくよ……バグ族は何がしたいの!?」


食事エサだな」

「道路や車を食べてるってこと?」

「ああ。俺たちラ=ズはドリルでモノを削って自分の体を作ってんだ」


 二人が話している間に、近くのコンビニの外壁が数匹のラ=ズに食い荒らされて倒壊した。

 広がっていく街の惨状に旭はうろたえる。


 そんな彼の手を、虎珠が握って軽く引っ張った。

 旭は、ラ=ズの“体温”が自分よりも少し高くて暖かいことを知った。


 少年を見上げてくる虎珠の大きな瞳は、力強く頼もしい。



「俺もちょうどハラが減ってきた所だ。ブッ壊された分、連中に直接としよう」



 旭から離れた虎珠、両肩にマウントしていたドリルを両腕に装着して駆け出す。


 ひどく短い両脚からは考えられない速度で、いちばん近くで建物に穴をあけていたイナゴ型ラ=ズに接近。

 全力疾走の勢いをそのまま乗せて、両腕のドリルを突き立てる!


 ギ、と短い断末魔の後、ラ=ズの全身が真っ白い砂になって崩れ落ち、ど真ん中に二つの大穴が開いた冷蔵庫だけが残った。


 この一撃を合図にして、突然の“襲撃者”に気付いた周囲のラ=ズが虎珠に殺到する!


「結構、結構! かかって来やがれ!」


 イナゴのような見た目通りに跳躍して飛び込んでくるバグ族のラ=ズ。

 四方からの攻撃に対し、虎珠はまず前方へ踏み込んだ。

 目の前の敵をドリルで貫き、返すドリルで立て続けに連続フック。

 一撃ごとにバグ族が一体ずつなぎ倒される!


 気がつけば、大挙したラ=ズ達は後ずさっている。

 列をなして逃げようとするイナゴ型ラ=ズを、追う虎珠が次々と追撃。

 百鬼夜行の街道は、屠られたラ=ズのによって粗大ゴミの不法投棄場所めいていった。


「すごい……バッタみたいな奴らが逃げてく……」


 数体のラ=ズが道路にドリルを突き立て、頭から埋まる。

 地中へ逃れるつもりだ。


「逃がすかよ!」


 虎珠も、両腕のドリルを地面に沈めて地中へ潜行。


 数秒後、10メートルほど向こうの路面がぜ。


 地中から飛び出した虎珠は、左右のドリルに2体ずつラ=ズを串刺しにしていた。



「この辺の連中は、だいたいやったかな?」


 虎珠は周囲を見渡してから、ドリルを振って砂を払い両肩に納める。

 大きな目で目配せをすると、旭が駆け寄ってきた。

 大立ち回りに怯えた様子はない。


「虎珠、すっごく強いんだね!」

「お、おう。まあな」


 目を輝かせる旭に、虎珠は得意気に胸を張りながら何とも言えないくすぐったい感じをおぼえた。

 今まででずっと一匹狼を気取ってきた彼は、戦いの後に誰かが労いに来ることに慣れていなかった。


 だからだろうか、小さな戦士は油断をした。

 地中から接近する敵の気配に感づくのが一瞬遅れた!


マズ……ッ!」


 飛び出してきたバグ族のラ=ズは、口から突き出したドリルの先端を旭に向けている!


 肩のドリルを抜く虎珠だが、遅すぎる。

 イナゴのような見た目通りの瞬発力をもつバグ族に対し、0.1秒の差は命取りだ。

 

 腕で顔をかばい目を閉じる旭。

 迫るバグ族。

 虎珠には、両者がスローモーションになって見え。



 ――ドッ、と鋭いものが突き立つ音がした。



 次の瞬間、地面に倒れていたのはバグ族のラ=ズである。

 致命打だったのだろう。既に身体は砂に還りつつある。


「手裏剣だコレ!」


 イナゴヘッドに深々と突き刺さっているのは十字手裏剣。

 飛んできた右後方、民家の屋根の上を見やれば、果たしてひとつの“影”が佇んでいた。


「助けてくれてありがとう! キミは型のラ=ズなの!?」


 全高1メートルほどの小さな影は旭の大声に応えることなく踵を返し、暗い紫色のボディ背面から生えた一対の副後肢サブレッグで跳躍。

 屋根から屋根へと飛び移り、あっという間にいずこかへ姿を消した。


「俺以外にも、に味方してるヤツがいるみてぇだな」



 今度は用心を解かず向き直る虎珠に、旭もうなずく。



 二人が言葉を次ぐ間もなく、ドン、と突き上げるような地響きがした。


「今度は何!?」


 数拍置いて、いくつもの悲鳴が聞こえてくる。


「この震動けはいは――大物デカブツが出てきたみたいだな!」


 マスク型の顎をしゃくって「いくぞ」と合図をしてから駆け出す虎珠。


 その後ろを自転車で追う旭は「あれ以上大きいバッタだったら、ちょっと気持ち悪くてムリだな」と思った。

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