35 地下興行の闇

「……エジプトと柳ヶ瀬やながせ、かぁ」


 二つの地名を口にして、旭はなんともいえない収まりの悪さを顔に出した。

 エジプトは今まさにパシフィスがドリル獣スフィンクスを暴れさせている事件の現場。

 柳ケ瀬は、リビドが人質ノクスの引き渡し場所に指定したG市の街だ。

 昭和時代は歌謡曲の題材になるほどにぎわっていた歓楽街であったが、現在は遠のいた客足を再び取り戻すべく地域活性化を推進しているところである。


「柳ケ瀬、それも“まさご座”よ。どのみち旭には行かせらんなかったわネ」


 袈裟からライダースジャケットに着替えた彰吾が「このチョイスはめいそのものよね……」と口元で呟いた。


「まさご座って? お酒飲むところ、とか?」

「旭くんにはまだ早いわ。どうしても知りたいなら、今度教えてあげるから二人きりで――」

「ストリップ劇場だよ。まあ、あくまでなんだろうさ。なんせあの女狐メガラニカの関係者だ。おおかた現地に到着したところで地底世界したに引きずり込むつもりだろ」


 そう言ってから、ヘレナは黒髪をかき上げながら天井を見た。

 数秒の思案を経てから口端をニヤリとつり上げて。


「ただ言いなりってのも面白くないねえ。どうだい? 地底へ乗り込んでやるってのは」


 ヘレナは、全員を川鋼寺の境内に集めた。

 広々とした寺の庭先には白い玉砂利が敷き詰められている。

 魔破斗摩マハトマ特訓の一環で虎珠が毎日みっちり掃除をやらされているため手入れが行き届き、清潔かつ整然とした空間である。


 先導するヘレナの背を見る目は様々だ。

 旭と虎珠、濤鏡鬼はピンときていない。どうするつもりだろうね、などと話しながら見守っている。

 夕季は嵐剣丸を呼び出した。共に無表情に近く、考えを読み取ることはできない。

 だが、おそらく察しはついているのだろう。どこか遠い眼をしている寺の住職あるじ、彰吾の方へ視線を向けていた。


「それじゃ――――」


 ヘレナが黒髪をかき上げると、轟音と共に目の前の地面が弾けた。

 手入れされた庭の玉砂利が水しぶきのように飛び散って、地表に飛び出してきたのは巨大なドリル――ダイラセン・レムリアの身体ボディを形成するドリル列車の先頭車両である。


「こので行くよ」


 *


 およそ400地中ノットものスピードで土中を掘り進む螺旋弾丸特急レムリアボディの内部は、左右に二人がけの椅子がずらりと並ぶ列車の客室そのものである。

 虎珠と隣り合って座った旭は――すこし不謹慎で後ろめたく思いながらも――初めての地中列車にわくわくしていた。

 窓の外を激流のように流れていく景色は真っ暗闇であったが、時折赤々としたマグマの光が尾をいてゆく。既に地底世界に侵入しているらしい。


あたしたちはショウゴたちをヤナガセに降ろした足でエジプトへ向かう」

「このまま、エジプトへ……」


 言っている意味が理解できずおうむ返しする旭。

 向かいに座ったヘレナは身を乗り出し、少年の頭をくしゃりと撫でた。


「地底世界は完全になのさ。それに地上よりもずいぶん狭い。まっすぐ進めば大して時間はかからないよ」


 *


「……3分とかからなかったわね」


 列車から降ろされた彰吾のつぶやきに、夕季と嵐剣丸も黙ってうなずいた。


「ヴン」


 少し遅れて後方の貨物車両から降ろされた濤鏡鬼は、足のホイールを固定したままゆっくりと歩いてきた。

 大きな身体に据わる三白眼で周囲の風景をきょろきょろと見回している。


「地底でずっと暮らしてた濤鏡鬼アンタがそんな物珍しそうにしてるってことは、この地底柳ヶ瀬ヤナチカってコトね?」

「ヴン!」


 地上の柳ヶ瀬のちょうど裏側に位置する地底柳ヶ瀬は、いぜん旭と虎珠が目にした見渡す限り岩肌とマグマの荒涼たる世界とは趣を異にしていた。


 薄暗いアーケードに店舗が建ち並び、色褪せた白い看板が斑点のようにまばらに連なっている。まるで壁面のような静けさだ。事実、2~3件に1件はシャッターを下ろしている。

 大通りには行き交う人はなく、およそ活気とは真逆のゴーストタウン――地上世界の柳ヶ瀬そのものの風景が広がっているのだ。

(*この作品はフィクションです)


「これもめいの……いえ、リビドの仕業なんでしょうか」

「だとすれば、を相手取ることになるわね」


 彰吾たちは注意深くゴーストタウン・ヤナガセを歩く。

 地上世界の地図を反転させた道順にはラ=ズの姿はなく、ほどなくしてリビドが待ち構える“人質交換地点”――地下劇場マサゴ座に到着した。


「私、ストリップ劇場こんなところって来た事ないんですけど……こんなに大きな劇場だったんですか」


 眼鏡のフレームに手をやりながら、夕季は目の前にそびえる白いドームを見上げる。

 彰吾は真顔のまま首を横に振り、黙って正面の巨大な扉を押し開けた。


 3階建て、数千ある客席の中心に円形のステージが月明りのようにぼんやりと光っている。

 そこに立つ二つの影。

 一つは奇怪な水棲生物を艶めかしい肢体に貼り付けた美女、リビド。

 もう一つは、捻利部ねじりべノクスだ。


 少女もまた、異装であった。

 捕らえられた時に着ていた紺色のセーラー服ではなく、三階の客席からでもはっきりとわかるきらびやかな“ステージ衣装”を着せられている。

 明るい紫に、金銀の装飾が入ったノースリーブ。カーネーションの花弁を逆さまにしたようなミニスカートから、白く細い足が伸びる。

 一言で表現するなら“アイドル”――――文字通りのであった。


「あら、こちらからお迎えにと思ってたんだけど。うふふ、せっかちね?」

「――そのに何したの?」


 草戸明おさななじみの顔で微笑むリビドの言葉を無視して、彰吾は睨みつけた。

 隣に立つアイドル衣裳のノクスは、こちらを見てはいるものの瞳に意思が感じられない。


 飛騨忍者“影一族”が連綿と伝承してきた術の中には、決して人道的とは言えないものもある。たとえば、薬物を用いた洗脳も必要とあれば行い得るだろう。


「約束のDRLものは?」

「――これよ」

「ムーの気配におい、間違いないわね。こちらへ投げてくださる? ゆっくり、ね」


 夕季は自分の苦無くない型DRLを、ためらうことなくほうった。

 DRLは放物線を描き、リビドと夕季、ちょうど両者の間に転がった。


「うふふ、ユキはいい子ね。それじゃ、この娘は解放してあげる」


 リビドが自身の背後から触腕を一筋伸ばし、足元のDRLを回収。

 同時に、隣に立っていたノクスは小走りで彰吾たちの方へ。


「ありがとう、みんな。私の為に来てくれて!」


 明るく弾んだ声が広いホールに響く。

 先ほどまで虚ろな顔をしていたノクスが、手を振りながら駆けてくる。

 ノクスは、満面の輝くような笑顔であった。


 その笑顔に、夕季と嵐剣丸は身構え。

 だらしない顔で手を振り返していた濤鏡鬼を肘で小突いてから、彰吾も緊張感を滲ませた。


「今日は来てくれてありがとう――――!」


 スポットライトが一斉にノクスを照らし、どこからともなく軽快な音楽が鳴り響く。


「曲はもちろん! “ぐるぐるNightうしみつ☆あわー”!!」


 ノクスの呼び声に応え、客席に無数の青白い光が灯る。

 ゆらゆらと揺れる光はサイリウムではなく――自己発光するホタルイカ型のラ=ズの群れである!


「これ、ただの音楽じゃあないわね」

「ええ。間違いなく虫獣遁ちゅうじゅうとん・洗脳音波の術――! おそらくノクス自身もこれで操られています!」


 彰吾と夕季の様子を見て、リビドは赤い唇の両端をつり上げた。

 口端はみるみる横へ広がり、美女のカオが不気味に裂けてゆく。


「それじゃあ、楽しんでいってね」


 口裂け女と化したラ=ズのリビドは跳躍、一瞬で客席の最上階まで移動した。


「mE……mEnm……I」

「mAnm……mA……mE……mi」


 イカの胴体から人間の四肢を生やしたホタルイカラ=ズたちが、唸り声とも鳴き声ともつかぬくぐもった音を出す。

 ぬらりとした一対の触腕の先端では、いびつに歪んだドリルが青白い光を明滅させながら回っている。


 にじり寄ってくる怪物の大群。

 延々と響く軽快なアイドル・ソングと、怪物の中心で歌い続ける虚ろなまなざしのノクス。


 取り囲まれた自分たちを頭上から見下ろしているメガラニカの巫女リビド。


 それらを見比べてから、彰吾は懐から数珠型DRLを取り出し、右手にぐるぐると巻き付けて。

 ――うろたえる濤鏡鬼の胴体ボディを、ガァンと音がするほどに殴りつけた!


「アタシたちは見世物ってワケ……上等ジョートーじゃない。濤鏡鬼、気合ィ入れなさい! 大乱闘やってやるわよ!」

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