34 魔忍巫女リビド

ホームルームが終わると同時に、一人の生徒が教室を飛び出した。

両サイドの教室からも数人の生徒が同様に飛び出して、一階へと続く階段を一気に飛び降りる。

最短ルートで玄関へ到達、スピードを落とさず一瞬で靴を履き替え校庭へ。

一階の窓からまた数人、生徒が飛び出した。

手には下足を持っており、空中で履き替えて着地即疾走タッチアンドゴー

一同は抜きつ抜かれつ校門を目指――さない!

生徒たちはそれぞれが微妙に別方向へと向かっている。彼らは、各々の自宅へと向かっている!


各々おのおのが自宅までの最短距離を最速で走る! 黙々と、脇目も振らず、ストイックに疾走かえる!


これがM中学校・帰宅技術研究会――通称“帰宅部”の活動である。


校門を無視して塀を駆け上がり飛び越える帰宅部員たちの中に、捻利部ねじりべノクスの姿もあった。

部の中核をなす二年生の中でもノクスはエースと目されている。

それは、彼女が「」からだ。


「……はッ!」


小さなかけ声と共にノクスは跳躍。進行方向に建つ民家の屋根に飛び乗った。

そう。学校から自宅までの道のりを、ノクスは文字通りので駆け抜けるのだ。


屋根から屋根へ跳び移るノクス。

目指しているのは自宅ではなく旭が通うM小学校である。


 と、背後に何者かの気配あり。

 ぴったりと張り付いて追ってくる何者かは、ノクスがどれだけ速度を上げようとも振り切れない。

 明らかにただ者ではない追跡者に対応すべく、屋根から人気ひとけのない路地裏へ飛び降りる。


「……何の用?」


 ノクスが目つきを鋭くする。

ルビー色の瞳に映るのは、堂本どうもと里美さとみ――飛騨の抜け忍“めい”であった。


「足、速いのね貴女あなた。お姉さん、ついていくのでやっとだったわ」


 言葉とは裏腹に、美女のおもてには一滴の汗も浮かんでおらず、息を弾ませることもなく微笑みを浮かべている。

 警戒心あらわに身構えるノクス。その時、鞄の中で携帯端末スマホが鳴った。


「出てみたら? うふふ、になるとまずいもの」

「……ッ!」


 明の不穏な言葉に危機感をおぼえ、端末を取り出す。

 ビデオ通話を求める着信の主は祖父・界転かいてんだ。


 通話アプリを起動すると、薄暗い倉庫で両腕を拘束されている界転が映し出された。


「ドリル博士、って呼ばれてるみたいねぇ、あなたのお爺さん。見ての通り、いま私の仲間と一緒に居るのよ」

「……どうしてお爺様を……!?」


 うろたえるノクスの問いに、女は再び微笑んで。


「――。それとも、かしら?」

「――――!!」


 少女の肩がびくりと震える。

 驚きで生じた一瞬の隙を、明は見逃さない。


 地中から、イカかタコの脚に似た触手ドリルが4本飛び出し、瞬く間にノクスの四肢に絡みついた!

 触手は加減なく手足を締め付けてくる。少女は小さくうめいた。


「……お前は、いったい、なに、もの……?」


 不意に、耳元に吐息がかかる。

 目の前に居たはずの明の姿が消えている。

気付けば、背中に柔らかい乳房の感触。いつの間にか背後に回り込まれ密着されていた。


「ラ=ズの離火奴リビド。よろしくね、可愛い


 直後、ノクスは当身をうけ意識を手放した。


G大学の研究室に居る捻利部ねじりべ界転のもとへ“脅迫状どうが”が送られてきたのは、それから30分後のことであった。



「これを見てくれたまえ」


 界転はリビドから送られてきた動画を転送。


 まず映し出されたのはラブホテルの一室であった。

 夕季は思わず旭の目を隠すが、旭の方が手をどかして彰吾の端末に視線を注いだ。


 視点が動くと、触手に拘束されたままベッドに横たわるノクスの姿。

 色白の肌をいっそう青白くして気を失っている。


 傍らに立つ見知った女の姿に、旭達は思わず声をあげた。


「里美先生!?」

「明……!」


「山防人の皆様、ごきげんよう。わたくし大螺仙ダイラセン“メガラニカ”の巫女、ラ=ズのリビドと申します」


保健室の先生・堂本里見でも、抜け忍・草戸そうどめいでもなく、リビドと名乗った女は異様な出で立ちをしていた。

艶めかしい肢体に、水着と鎧を折衷したような形で海洋生物の甲殻や触手に似た何かが貼り付いている。

画面越しですら、扇情的で蠱惑的な気配が感じられた。

異装の美女、というだけでは片づけられない。

名乗った通り、人間ヒトでなく螺卒ラ=ズであると信じさせるだけの“異物感”があった。


をしない?」


 相手が驚く顔を見透かしたような笑みを浮かべて、リビドはノクスに添うようにしてベッドに横たわった。

頬が触れ合うほど密着し、見せつけるように少女の頬を撫でて見せ。


「あなた達が持っている便利な道具――DRLを分けて欲しいの」



「パシフィスにメガラニカの巫女、か。同時多発とは厄介だねえ。しかもどっちもDRLに目をつけているときた」

「ど、どうしよう。ピラミッドも大変だけど、このままじゃノクスが……」

「いや、どうもこうも無ェだろ、旭。二手に分かれようぜ」


 虎珠の言葉に、彰吾も黙って頷いて。


「それじゃ、めいの――いいえ、は、アタシと夕季と嵐剣丸に任せて頂戴ちょうだい


 肩にかけた輪袈裟わげさをひと撫でしてから、彰吾は濤鏡鬼が待機するガレージへと向かった。

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