24 敵か味方か新たな仲間

 いきなり抱き着いてきた美少女は、数秒間そのまま旭を抱きしめてからパッと体を離した。


「ノクスは穿地に――君の祖父に憧れているのだ。直接面識は無いのだがな」

「リスペクト……彼は探求の先駆者だから。うん、先駆者」


 平然と説明する界天の言葉も、無表情のまま付け加えるノクスの呟くような声も、動転した旭の耳には入っていない。

 見かねた虎珠に上着の裾を引っ張られてようやく我に返ったが、その後も少年の胸はしばらくドキドキと高鳴っていた。


って、どういうこと?」

「地底世界の、特にDRLに関する研究のことだ。ノクスは幼い頃に家族旅行で乗り込んだ航空機の事故で両親を亡くした。奇跡的にこの子だけが生き残り――それからだ、私の研究に異様なまでに関心を持ってな。なにか思う所があったのだろう。ああ、そうだ。そして、ノクスにはがあった。今では私の助手を務めている」


 問いの答えを聞き、彰吾は目を見張りながらも一方ではと心得ていた。

 およそ平凡とは真逆に立つ“ドリル博士”の血族である。むしろ美少女かつ天才、くらいいて当然のように思えた。


「助手、ねェ。てことはお嬢ちゃんは遊びに来てるってワケじゃないんだね。忙しけりゃ、あたしたちはそろそろおいとましようか?」


 愛想のない赤い瞳でヘレナを見上げ、ノクスは首を横に振った。


「私の用事は、挨拶。そう、あなたたちに用事……これからフィールドワークのメンバーになるあなた達と、顔合わせ」

「フィールドワーク?」


 首を傾げる旭に、ノクスは口元に微笑みをうかべて頷く。


「DRL研究のフィールドワーク……今後、私もミィ・フラグメントゥムの回収に協力するの」

「現状、最もDRLの性能を引き出せている旭君たちに応援を送る必要があるだろう。ああ、しかし私は立場上身動きがとりにくい。そこで、ノクスに行ってもらうことにした。うむ、この子も大いに関心があるようだしな」

「ドリル博士の太鼓判つきってことは、“専門家”としてアテにして良いってことよね?」

「当然……私よりミィ・フラグメントゥムに詳しい人なんてこの世にいないもの」


 自信満々のノクスに、山防人側の責任者である彰吾も同行を合意した。


「ノクス、知っての通り現地ではラ=ズと交戦することも有り得る。そうだ、危険がともなうぞ。くれぐれも彼らと足並みを揃えるのだぞ」

「はい、お爺様……自分の身は、自分で守る」

「ふふ、頼もしいお嬢ちゃんだ。なに、心配いらないさ。アタシが坊やともども面倒みたげるよ」

「……子ども扱いしないで。行こ、旭」


 ノクスは可憐な目をつりあげ上目遣いにヘレナを睨むと、旭の手を引っ張った。

 睨まれたヘレナはといえば、そんな少女と戸惑う少年とを見比べて顔をほころばせ。


「いやあ、可愛い可愛い! マゴってのは良いモンだねえ、カイテン!」

「……離して」

「ふわぁ……熱い……やわらかい……くるしい……虎珠ぁ、助けて」


 少年少女をまとめて抱きしめるヘレナ。

 中で懸命にもがくノクス。

 ヘレナとノクスの間に挟まれ、真っ赤な顔で目を回している旭。


(この状況、夕季が知ったら飛んで戻って来るでしょうね……)


 傍観する彰吾は、乾いた笑いを口端から漏らしながら先日の夕季とのやりとりを思い出していた――――


 *


「それじゃあ、私はいったん飛騨に戻ります」


 ヘレナからダイラセン・アトランティスについて聞かされた翌早朝、夕季と嵐剣丸は川鋼寺の門前で彰吾に見送られていた。


 郡上八幡城における大規模な百鬼夜行現象と、ミィ・フラグメントゥムを“悪用”し城と融合憑依したラ=ズの出現――そして、DRLに隠された機能“電身”を用いてこれを撃退した虎珠と旭。

 先だっての一件は、今後も強大な敵性ラ=ズが出現する可能性と、それに対抗するすべを早急に備えておく必要性とを示していた。


 山防人・高山支部の長であり、実行部隊・飛騨の影一族の現頭領でもある夕季は、一刻も早く修行に入り“電身”を身に着けなくてはならない。

 だが、昨晩あらわれた得体の知れない“美女”ヘレナ=ブラヴァツキーが穿地うがち あさひとこれから行動を共にするという事実が、彼女の後ろ髪を大いに引っ張っているのだ。


(うぐぐぐぐぐ……不覚だ……あんなのが出てくるなら飛騨やまへ戻るなんて言わなかったのに! いやいや、落ち着きなさい夕季。落ち着くの。あのラ=ズ、少なく見積もっても一万歳は超えてるんだから。年数が規格外なだけでしょせんは若作りしてる老女ババアじゃない。私なんかまだ二十歳はたちだし、旭くんとだってだいぶ打ち解けてるし……なにより私は成功している……異性を意識し始めた少年とのファーストコンタクト……圧倒的アドバンテージの確保……っ! こうなったらとっとと電身でも何でも会得して舞い戻る! 頼れる私に旭くんはいっそう憧れて「夕季お姉さんすごいや!」「ウフフフ……それじゃお姉さんとしよっか」「練習……?」「そ。電身がったいのれ・ん・しゅ・う――」そしてその日、くノ一技術を駆使した私の手ほどきで彼は初めての体け――――)


「“気”が禍々し過ぎるのよアンタは!」


 無表情ポーカーフェイスのまま悶々とする夕季を、彰吾が一喝した。

 表向きは常に沈着冷静な夕季の本性ぼんのうを、筋肉僧侶はとうに看破しているのである。


「さすが蜜択和尚、読心術に磨きがかかりましたね」

「なにスカしてんの。こちとらアンタが赤ん坊の頃から知ってるんだから、だいたいナニ考えてるかなんて察しはつくわヨ」


 呆れ顔の彰吾を前にして、夕季の鉄面皮はようやく剥がれ落ちた。


「うう……彰吾にいちゃん、旭くんに悪い虫がつかないように見張っててよ!?」

うか、アンタが一番有害だと思うけどね」


 夕季が彰吾をギラリと睨む。

 彰吾は鋭い視線を受け流して、足元で無言のままうろたえている嵐剣丸に声をかけた。


「向こうで夕季が暴走しそうになったら、止めてやってね」


 嵐剣丸は助けを求めるような目をしながら、ふるふると首を横に振った。

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