灼熱のドリル奥義 編
23 第三勢力
「
からかい口調のヘレナに、ドリル博士こと
「そちらは不自然なほど変わらんな」
「ラ=ズの外見は加齢じゃ変化しないからねぇ」
旭と彰吾、それに虎珠は二人のやり取りを
一同は八幡城での一件もあり、現状報告と意見交換を兼ねて界天の研究室に赴いた。
新たな協力者として同行したヘレナは、界天と顔を合わせるなりこうして言葉を交わし始めたのだ。
「知り合いだったとはね。そういうことは先に言いなさいよ」
「悪いねぇ、実際に会ってみなきゃさ、ひょっとして同姓同名ってこともあるだろう? 何しろこうして顔を合わせるのは二十年ぶりなんだしね」
「二十年、ってことは」
「察しがいいね、上出来だよアサヒ。そうさ、カイテンは1999年のアトランティス復活阻止戦で
「ええっ!? ドリル博士がお爺ちゃんと知り合いって、そういうことだったんだ!」
ただ驚くだけの旭の隣で、虎珠と彰吾は訝りの視線を界天へ向けた。
界天がヘレナの仲間であるなら、先日彼女が語ったミィ・フラグメントゥムの真実やダイラセンの存在を予め知りながら隠していたことになる。
疑いの眼差しを察してもなお、当の界天にうろたえたり悪びれる様子はなかった。
「――そこまで話したのか」
「まさかアンタが居て話してないとはね。自分が知ってることは訊かれる前から早口でまくし立ててたドリルオタクのアンタが」
「昔の話だ。ああ、私は昔とは違うな。敵はどこに潜んでいるかわからんのだ。目の前の人間が本当に信用に足る者達かどうか、見極めは慎重にせねばならん。そうだ、慎重かつ大胆にな」
「
「否定はできまい。現に人間に化けるラ=ズが居る以上、そのような想定はして然るべきだ」
界天の眼鏡が天井の明かりを反射して白く光った。
レンズ越しに視線を向けられ、ヘレナが肩をすくめた。
「化ける、ってねえ。
「本当にラ=ズなんだね、ヘレナさん」
「おや、疑ってたのかい?」
「そういうワケじゃないけど」
「証拠を見せてやろうかね。ほら」
言って、ヘレナは両手で旭の頬に触れた。
白く細い指先からは想像もできない、使い捨てカイロのような熱感に旭は驚いた。
「わ、
「
驚きが抜けきらない旭が呆然と頷くので、ヘレナは彼の頭をくしゃりと撫でた。
なお、体温が人間と同じ外見の異種族を判別する決め手となった事例は過去に存在する。
――1968年、日本。モロボシ・ダンと名乗り一年ほど社会生活を送っていた宇宙人がいた。
彼が体調不良で寝込んだ際、看護者が体温を計測したところ摂氏90度もの高熱であったという記録がある――
*
「それで、私たちは信用していただけたワケ? ドリル博士」
太い両腕を組んだ彰吾が、彫りの深い眼窩の奥でぎょろりとした眼を光らせた。
彼の足元では、虎珠も同じくジッと界天を見上げている。
「ああ。信用も信頼にも足る。謝罪としてもう一点、情報を提供しよう。虎珠君が地底で遭遇したというラ=ズ、“
「――刻冥が、お前らに関係あるのか」
虎珠の大きな目が、早く教えろ、と乞うような色を帯びた。
初めて遭遇したというのに名前が口をついて出た、謎のラ=ズ。得体の知れない存在――それは虎珠自身の謎と同義である。
「関係ある。刻冥は我々に力を貸してくれた、仲間だ」
「じゃあ、名前って刻冥で合ってたんだね」
「ちょっと黙っててくれよ旭……それで?」
刻冥とは
そう叫びたくなる気持ちを抑えて、虎珠は話の続きを促した。
「刻冥からすれば、むしろ我々の方が彼女の手伝いをした、といったところだろう。なぜなら、刻冥は意思を持ち一個体のラ=ズとして活動する
「ムーの欠片……ムーの一部……」
「そうだ。刻冥はムーの記憶をも受け継いでいた。アトランティスの復活を阻止することは生まれ持った使命、といったところだな。ああ、そうだ。あれの行動原理は一貫していた」
「付け加えるなら、刻冥――“嬢ちゃん”は今もそのために動き続けているハズさ」
「なら、どうして
「
飄々と答えるヘレナに、虎珠は何か言おうとした。しかし返す言葉はまとまらず、小さな舌打ちしかできなかった。
友人が苦悩していることをさとった旭少年は、うつむく虎珠に何か声をかけようとして、やはり何も言えず。じっと動かない大きな後頭部を、戸惑いながら見つめるばかりである。
会話が止まり、研究室には時計の秒針が歩を進める音だけが響いていた。
十数分か、あるいは数秒の間を置いて、コンコンと扉を叩く音がようやく静寂を打ち破った。
「失礼します、お
静かに扉を引いて、一人の少女が入ってきた。
地元中学の制服を、規定のスカート丈できっちりと着こなしている。
旭より少しばかり背が高いものの、中学生であれば小柄な方だ。
肩のあたりまで伸ばした髪の端はくるくると渦を巻き、紫がかった銀髪が目を引く。
旭にも彰吾にも、少女の頭髪は故意に手を加えているものではなく、生来の容姿であると感じられた。
というのも、彼女は髪だけでなく、肌は磁器のように白く、瞳はルビー色をしていたし、何より顔立ちが美しかった。
一口で
「紹介しよう。孫娘の“ノクス”だ。小さい頃に事故で両親を亡くしてな。以来、私と生活している」
「孫!?」
「孫……」
「孫かい……」
旭と彰吾とヘレナが唖然とする中、
感情が表に出てこない、事務的な――機械的な会釈である。
顔を上げたノクスはちょうど正面にいた旭に目を留めると、今度は彼の顔をじっと見つめ始めた。
「え、あの、どうしたの?」
戸惑う旭の問いには答えず、美少女は少年の顔を凝視し続ける。
(なに考えてるか分かんない
年上の少女に見つめられてあたふたする旭が少し面白いので、彰吾は成り行きを傍観することにした。
やがて、ノクスの桜色をした唇がようやく動き。
「――あの人に、似てる」
か細いようで鈴の音のように透き通った声で、そう呟いて。
次の瞬間には、旭はノクスに抱きしめられていた。
「――――!?」
混乱する旭に、甘い良い香りと一緒に少女の体温が伝わってくる。
心地の良い、人間の体温であった。
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