05 ドリル vs コンクリート

 血糊を払うようにしてドリルを振ると、ねっとりとした灰色の物体が地面に叩きつけられる。

 足元で急速に固まり始めるコンクリートを見て、虎珠は忌々しげに舌打ちをした。


「あれって、族なの?」


 背後から旭が問う。

 彼もまた、今しがた虎珠の一撃を跳ね返した巨大なラ=ズを見上げている。


 全高およそ4メートル。

 コンクリートミキサー車と融合した頑健な胴体に、カブトムシを思わせる角を戴く威容であった。


「ギガス族。知能オツムが大した事ねぇ代わりに、ガタイと馬鹿力が自慢の連中だ」

「へぇー、じゃあ濤鏡鬼もギガス族?」

「そうだ……ってか、ちょっと下がってろ旭。危ねえぞ」


 言うが早いか、虎珠は旭を片手で抱き真横へ跳躍した。

 小さな虎珠が軽々と自分を抱えたことに驚く旭。その鼻先を、巨大なミキサーカブトムシのラ=ズが駆け抜ける。


 体当たりをかわされたラ=ズが振り返れば。

 旭を逃がした虎珠が飛びかかり、左のドリルを肩口へ叩き込む!


 ガガガ、と金属質の外殼が削られて、巨大カブトムシは苦悶!

 さらにだめ押しの右ドリルを廻す虎珠に、反撃の巨人ギガスパンチ。


「てめー、根性あるじゃねえか……ん、何だ?」


 ドリルを引き抜いて離脱した虎珠は、着地した地面に違和感をおぼえた。


 足が、地面に沈んでいる。


 強烈な粘りでまとわりつくのは、コンクリートだ!

 咄嗟に敵を見上げれば、背面のミキサーから無尽蔵にコンクリートを垂れ流していた。


 ラ=ズの融合により変質したコンクリートは理不尽ありえない速乾。

 気づけば、虎珠の両足は地面にガッチリと固定されていた!


 先に愚鈍と侮ったギガス族が、策に嵌まった虎珠うかつ再突進ゲット態勢セット

 腹部から飛び出し回転する掘削機ドリルが、虎珠の大きな瞳に映り込む。


「――来やがれクソがッ! 痛かねぇぞ!」


 痛恨の一撃を覚悟しつつも、虎珠は両手を広げ突進を受け止める構えをとる。



 巨体の双眸ギラリと光り、エンジンが爆と轟音!



 脚部レッグホイールが地を蹴立て!



 巨体がぶつかる――――衝撃!



 =景気よく吹っ飛んだ!


 突然乱入してきたのは大型バイクを二回りほど大きくしたような得体のしれない“車両”だ。

 アイドリングの音を辺りに響かせながら、カウルの奥に座っていた大男が飛び降りた。


「間一髪、ね」


 ヘルメットを脱ぎ、スキンヘッドに浮いた汗を拭うのは彰吾である。

 彼の姿を見て、物陰に隠れていた旭が駆け寄る。


「彰吾さん! そのバイクなに?」

ね――ほら、挨拶なさい」


「ヴルン!」


 彰吾が合図すると、巨大なバイクが形を変える。

 1秒足らずで“変形”を完了した姿は、逆三角形の上半身にめり込んだ一本角の頭、右腕と一体化した大黒柱のような円柱状のシールドドリル――ギガス族のラ=ズ濤鏡鬼とうきょうきであった。


「濤鏡鬼だーっ! 彰吾さんどうして!? 仲良くなったの!?」

筋力会話ゴリラことばでネ!」


 彰吾はニヤリと笑い、たすき掛けにした僧衣の袖口から伸びる逞しい腕に力こぶを作ってみせた。

 握った数珠の親玉に吊るされたDRLが淡い光を放っている。彰吾と濤鏡鬼との間に“パス”が繋がれたのだ。


「ずいぶん派手にボコられたみてえだな、濤鏡鬼よぉ」


 足を固めていたコンクリートをドリルで砕きながら、虎珠がからかうように言った。

 見れば、濤鏡鬼の白い外殻そうこうは所々円形にへこんでいる。

 その直径は、ちょうど彰吾の握り拳と同じ大きさであった。


「ったく、それはもう悲しかったわヨ、新車を自分でベコベコにするのは! だいたい、DRLで縁をつないだンだからいつまでもモノにとり憑いてなくても良いハズなのよ。なのにコイツ、分離の仕方分かんないって言うのよ!? あり得ないわ!」

「ヴルン……」


 興奮気味にまくし立てる彰吾の横で、濤鏡鬼が肩をすぼめる。3メートルの巨体がやけに小さく見えた。


「で、アタシの舎弟になるってことで手を打ったワケ! さあ濤鏡鬼、やっておしまい!」


 彰吾の彫りの深い眼窩に光。視線の先には、のそりと起き上がり態勢を立て直しつつあるミキサーカブトムシのラ=ズ。


 巨漢僧侶は数珠型DRLをいかつい合掌に懸けた。

 念ずるのに応え、数珠の親珠が発光する。


「ヴン! ヴヴヴヴヴヴヴン!」


 仁王立ちの濤鏡鬼が轟音さけぶ


 旭も彰吾にならい、ポケットから取り出したDRLを両手でしっかりと握りしめた。


 彼の小さな指の間から赤く暖かな光が漏れ、螺卒(ラ=ズ)の虎珠に力がみなぎる!



「よぉし、ぶちかますぞ濤鏡鬼!」



 虎珠が背に飛び乗ると同時に、濤鏡鬼は脚の車輪で道路を蹴った。


 巨体は一瞬にして時速80kmまで加速し、敵との距離を詰める!


 対するミキサーカブトはコンクリートを前方へ垂れ流した。濤鏡鬼の加速力を減衰させる腹積もりである。


がよォ!」

「ヴルルルルル!」


 濤鏡鬼は柱のような右腕――シールドドリルを回転させ、路面へ突き立てた!


 船が水面を走る曳波ひきなみのごとくアスファルトが左右に裂け!


 コンクリートの流れは爆走する濤鏡鬼を避け!


 肉迫した巨人と巨人が、ドリルドリルとをぶつけ合う!


 体格で勝るミキサーカブトであるが、ドリルりは濤鏡鬼と互角。

 車輛と融合したラ=ズ同士、ドリル刃の金切りこえと轟くエンジンこえを盛大にまき散らしながらその場に膠着!

 


「やっぱり早ェな――固まンのが!」



 声、頭上!


 ミキサーカブトが目にしたのは、青空に輝く白い太陽を背負った――小さな虎珠の影だ!


 濤鏡鬼の背から跳躍した虎珠がミキサーカブトの足元へ飛び込み、右足のタイヤを貫いた!


 突然のパンクに4メートルの巨体はバランスを崩す。



 膠着溶解!

 


 膝をつき下がったカブト頭に、シールドドリルの剛直が叩きつけられる!


 回転する巨柱の刃はそのままバリバリと音を立て、ミキサーカブトの頭から股上までを容赦なく削り潰した。



 *


 嵐のような百鬼夜行は過ぎ去った。

 ラ=ズたちが激突した現場には、ギガス族の憑依が解け砂まみれになった廃車状態のミキサー車だけが残っている。


「こ、これ……後で怒られたりしないよね?」

「しないわよ。あとは山防人そしきに任せて。公には地震による被害として処理されるわ」


 旭が改めて周囲を見回すと、あたりに人の気配が感じられないことに気が付いた。

 彰吾いわく、百鬼夜行が始まった時点で地域住民には避難勧告が出されていたらしい。

 

 静まり返った街。


 そのまっすぐ伸びる大通りの道路の向こうから、一台の乗用車が近づいてきた。


 小学生の旭から見ればずいぶん骨とう品に見える昭和後期の国産車だ。

 黒い車体のドアがバン、とくぐもった音を立て、中から白衣を着た男が顔を出した。


 襟足を刈り込んだ白髪の男。顔に刻まれたしわの量から齢70前後に思われる。

 中肉中背の体つきだが、スラックスのポケットに手を突っ込み胸を張るさまに妙な威圧感があった。


 何より目を引くのは、胸のあたりまで伸ばした白いヒゲである。

 それが地毛くせなのか人工縮毛パーマなのか定かではないが――――男のヒゲには、根元から先端にかけて縦ロールがかかっていた。


「……おじいさん、誰?」


 旭に問われ、奇妙なヒゲの老人は分厚い眼鏡のブリッジに中指をあて。

 そして、老人の目にまったく驚きの色が含まれていないことに少年は気付いた。


 ――少年の隣には、同じく老人を見上げるラ=ズの虎珠が居ると言うのに。


「私を知らないか? 当然だろうな、べつだん有名ではないじゃないか。それもそうだな」


 自問自答に似た言葉を連ねる老人であるが、眼鏡の奥の眼はたしかに旭を捉えている。



「私は捻利部ねじりべ 界転かいてん学生ひとは呼ぶ――――“ドリル博士”と」



 納得の外見ビジュアルであった。


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