06 食卓

 穿地家は両親共働きの核家族だが、そろって夕食をとる習慣がある。


「ただいま」


 重なる二つの声と共に一軒家の扉がガチャリと開く音が聴こえた。

 旭が二階の自室から降りていくと、ちょうど両親が揃って靴を脱いでいるところだった。


「母さんを避難所まで迎えにいっていたんだが、国道が通行止めでね」

「遅くなってごめんね、旭」

「ううん、彰吾さんと一緒だったから」

「彰吾君にはいつも世話になるなあ。父さんからもお礼を言わなきゃな」


 旭の身が無事であったことに、両親はいささかの疑問も抱いていなかった。

 騒動の最中、彰吾は旭の父に「旭は川鋼寺に避難しているから心配ない」と連絡を入れていたのである。

 それに、両親は旭がラ=ズなる非日常の存在と出会ったことも、それらとの争い――ラ=ズの集団憑依による“百鬼夜行”に巻き込まれたことも知らないのだ。

 


「うん……彰吾さん。うん。お父さん、あのね」


 おずおずと顔を上げる旭に、父は首を傾げる。

 息子が何かを言おうとして躊躇しているのは手に取るようにわかる。我が子は隠し事が苦手だ。


「今日ね、新しい友達ができたんだ」

「よかったじゃないか」

「それでね、それで……友達は、ちょっと変わっててね。だけど彰吾さんは“アンタのお父さんとお母さんにだけは話してもいいわ“って言っててね……ええっと――」


 要領を得ない旭の言葉に、父は黙って耳を傾ける。

 だから旭の方も、自分の話を正面から受け止めてくれる父を信じることができ。



「虎珠、いいよ」



「おう」



 旭の合図で、虎珠がリビングに入ってきた。


 *


「それでね、明日は彰吾さんとG大学まで行くから」

「そ、そう、気を付けてね」


 マイペースに話す旭に、母は気もそぞろに返事をする。

 息子が連れてきて、いま目の前のイスに座っている3頭身の“ロボット”が気になって仕方がないのだ。


 そんな母の気も知らず秘密をその日のうちに打ち明けたことでスッキリした旭は、育ち盛りの食欲にまかせて白飯を頬張った。


 今晩の献立は、ストックしていたタネを焼いたハンバーグにレタスのサラダと豆腐の味噌汁。添えられた常備菜のタケノコの煮物は旭の好物だ。



「いやぁ、親父がいつも話していたに会える日が来るとはね」


 普段から穏やかな父の声色はどことなく弾んでいる。

 珍妙な客人に対する戸惑いよりも好奇心が勝っているらしい。


「ラ=ズの話を聞いたことがあるのか」

「私の父――旭の祖父は研究者だったんだ。都市伝説、超常現象、妖怪に宇宙人、何でも調べては私や旭に話して聞かせてくれたのさ。中でも熱心だったのが地底の世界と地底人の話だったよ」


「お義父さんの話、まさか本当だったなんて――でも、こうしてお話できるなら信じるしかないわ。ね、虎珠ちゃん」


 軽いため息ひとつで気持ちに整理をつけ、母も虎珠を受け入れる。


「あの、カーサン? 虎珠、ってのはよしてくれねぇ?」

「あら、ごめんなさいね。見た目がかわいいから、つい」


「……かわいいのか俺」


 目を点にする虎珠に、旭の母は微笑んで頷く。


 銃弾を跳ね返し、大型車をも一瞬で穴だらけにする力を持つラ=ズ。

 しかし外見は身長1メートルの小柄な体、大きな頭に短い手足だ。

 先に戦う姿を見ていなければ、オモチャのロボットが目元の表情をコロコロ変えながら話しているようにしか見えなかった。


「虎珠くんは何歳いくつなんだい」

「トシ? なんだそりゃ」

「生まれてからどれくらい経ってるのかだよ」

「……さあ、わかんねぇな。物心ついて、ドリルがこうして役に立つようになってから数えきれないくらい戦ってるしよ」


「もしかして、時間の感覚がないのかい」

「あー、そのジカンってやつは初めてだな――へぇ、こんな風に外が明るくなったり暗くなったりするのか。気持ち悪かねえの?」

「うぅん、こういうのもカルチャーショックと言うのかなァ」

「父さん僕より興味深々だね」


 父を横目に、旭はハンバーグを箸で切り口に運ぶ。

 虎珠は旭が食事をとる様子を不思議そうに見つめ。


モノを食うんだな、人間は」


 ドリルによる切削で外部の物質を取り込み体組織を形成するラ=ズにとって、人間の摂食形態は全く異様な行為である。


 だが、このとき虎珠が感じていたのは、違和感や嫌悪感ではなく、むしろ積極的な興味であった。


「……やってみるかい?」


 父に勧められるまま虎珠は箸を受け取り。

 見よう見まねで手近なタケノコの切れ端を箸先に突き刺し、人間であれば口が存在するであろうマスク状の顔面へと運ぶ。


 すると、箸に刺したタケノコだけがマスクに触れた端からかき消えた。



「おお、食えた食えた。うまいなあ、これ」



「ど、どうやったの今!?」


 隣で見ていても食べ物が突然消え去ったようにしか見えず、旭は「もう一回、もう一回」とアンコール。

 虎珠も、差し出されたタケノコをひょいひょいと口へ運ぶ。

 箸の使い方はいつの間にか身についていた。



「虎珠君もタケノコ好きか。奇遇だね。旭も、親父おじいさんも好きだったもんなぁ」


 *


 寝巻に袖を通し布団に入ってからも、旭は虎珠にいろいろなことを尋ねた。


 地底世界はどんな風景なのか。虎珠に父や母は居るのか。毎日どんなことをして過ごしていたのか。地上のことを、どう思うか――――


 虎珠も、旭が矢継ぎ早に訊いてくるままに答えてやった。


 地底は岩とマグマに囲まれた荒涼たる世界であり(もっとも、荒涼と呼ぶべきことを虎珠は今日初めて知ったのだが)、自分は物心ついた時から独りそこに居たこと。

 まずは戦い、傷つけば休み、傷が癒えれば戦っていたこと。そんな地底の日々において、両肩に備わった“自慢のドリル”は何よりの恃みであったこと。


 旭は、虎珠のドリルを大きな瞳でじっと見つめた。

 彼の黒々とした瞳は、“昼間”見た太陽を思い起こさせる輝きをもって。



「虎珠はすごいことができるんだね。その両腕の、ドリルで」



 虎珠は、自分の体がじわりと暖かくなるのを感じた。


「凄かねー……と言おうと思ったが、そう、だな。お前がそう言うんなら、凄いのかもな、俺」


 自分でもこんな声が出せたのかと思うほど穏やかな声音で応える。

 見れば、旭はすぅすぅと寝息を立てていた。

 波乱の一日だったのだ。気力底なしの少年も、体力には限界が訪れたのだろう。


 隣に敷かれた布団に短い足で胡坐をかき、虎珠は少年の寝顔を見る。


「――ドリルも持ってねえのにさ、お前は」


 時の流れも知らず、ひたすら戦い続けていたラ=ズの虎珠。


 彼はその“日”、初めて安らかさを知り。


「お前は、ラ=ズにビビってねぇんだよな」


 彼はその時、穿地 旭という友を感じた。



「――旭、お前もけっこう大した奴だと思うぜ」

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