07 ドリル博士
黒い大型SUV車が堤防沿いの道を飛ばす。
公道では目を引く珍しい車種である。対向車のドライバーは程度の大小あれどすれ違う際に注目してゆく。
そして皆、ぎょっとする。
黒いSUVのすぐ後ろには、
すれ違う車は皆、その不可解な車輌――濤鏡鬼を見るやハンドルの動揺から車体を左右に蛇行させていった。
「なぁ、あの
旭と一緒に後部座席の窓に流れてゆく風景を眺めながら、虎珠は彰吾に問う。
昨日あらわれた老人――
ラ=ズを前にまったく動じた様子のない彼を虎珠も彰吾も訝ったが、界転は一言「明日、私の研究室に来たまえ」とだけ言い残しその場を去ったのである。
「とにかく、話してみないと仕方がないでしょ」
「あのおじいさん、ラ=ズのこと知ってるみたいだったね」
「俺たちのこと知ってんのは
「――ま、物好きや物知りってのは、妙なところに居るものヨ」
*
「ええっと、あっちの建物みたいね」
「大学ってすごく広いんだね!」
「大人しくしてなさいよ旭。只でさえ目立ってるんだから」
初めて訪れるキャンパスに興味津々な旭。放っておいたら走り出しそうなので、彰吾は先回りして釘をさした。
虎珠と濤鏡鬼は駐車場で待機することにしたが、それでもスキンヘッドの巨漢と小学生の組み合わせは凄まじく周囲からは浮いている。
「僧衣じゃ目立つから」と配慮をした彰吾はレザージャケットとジーンズというライダー風の出で立ちであるが、完全に逆効果であった。
「そこのお兄さん、ちょっと良いかしら。地域科学部ってここで合ってる?」
「あ、は、はい。その……どんな用事で?」
呼び止められた男子学生が周囲に助けを求めるように目を泳がせるも、行き交う学生は皆、目を逸らして立ち去っていった。
「捻利部教授の所まで行きたいんだけど」
「ああ……ドリル博士の……たしか右側突き当たりの部屋、だと思いますけど」
「そう。ありがとうネ」
「ありがとうございます!」
「あっ、ハイ……どうも……」
彰吾と旭はその後も学生たちから好奇の視線を向けられながら、界天の研究室前まで辿り着き。
捻利部 界転のネームプレートが掲示された扉の向こうから、複数人の話し声が聞こえてきた。
ある程度防音されているため声はくぐもっているものの、どうやら英語で会話がなされていることだけは分かる。
一応ノックをしようか、と彰吾が思ったところで、ちょうど扉が開き黒服の男が二人出てきた。
片方は瘦せぎすで長身の白人。もう片方は彰吾に勝るとも劣らない体格の黒人。どちらもサングラスで人相を隠してはいるが口元が険しく、鉢合わせた彰吾と旭に一瞥もくれず足早にその場を立ち去った。
入れ代わりに入室する彰吾と旭を、界転は整然と書物が積み重ねられたデスクの向こう側から迎えた。
「少々待たせてしまったかね」
「いえ、来たばかりよ。それより、取り込み中ならあらためて出直しますけど」
「構わん。NASAの連中はああしていつも勝手に押しかけてくるだけだ。まったく迷惑な話だ。そうは言うが別段忙しくもなかろう。それでも煩わしいものは煩わしい」
「NASA!? NASAって、あのNASAですか!?」
旭が驚くのを見て、界転はわずかに口元に笑みをつくる。
「よく勉強しているようで感心だ。君の言う通り、アメリカ航空宇宙局のことだ。もっとも、あの連中は表向きの宇宙開発チームとは別の動きをしているらしい。裏NASAと言った所かな。ああ、まさしく
「――ふぅん、懲りてないのね、アメリカも」
そう言って彰吾は界転を――ドリル博士と呼ばれた老人の眼鏡の奥を見る。
彼の眼光が鋭くなったのを見て、いよいよ彰吾は捻利部 界転が“関係者”であることを確信した。
「蜜択君、だったね。きみはご存知のようだが、こちらの少年を置いてけぼりにするのは忍びないから、前置きがてら少し話そうか」
彰吾と旭に応接用ソファに掛けるよう促してから、界転は椅子の背もたれに体を預けた。
「レインボー計画を知っているかね」
「なに、それ?」
「第二次世界大戦時に、米軍が極秘裏に行ったとされる軍事実験よ。フィラデルフィア計画とも言うわね。軍艦をレーダーから見えなくする為の実験だったとされているわ」
「すごいなあ。成功したの?」
「成功とは言えないけれど、とんでもない“結果”を残したのよ。特殊な装置を使ってレーダーから消えるはずだった軍艦は、その場から消滅。しばらくして姿を現した艦の乗組員たちは信じられない現象を体験していたの。艦が千キロメートル以上離れた場所に瞬間移動したとか、体が突然燃え上がったとか、体が壁や床にめり込んだとかね」
「超常現象って言うんだよね、それ」
「そうね。だから、レインボー計画は表向きは無かったことにされているわ」
「――そう。表向きは。そして裏側にこそ真実があるのだ。いま蜜択君が語った現象は、
「ドリルが!?」
「厳密に言えばドリルの形をした装置だ。ああ、DRLと呼ぶことにした、それらのことだよ」
「DRLってそんな昔からあったんだ……!」
「ラ=ズの存在が太古から観測されていたことは知っているね? かの国は更なる新天地を求め、地底世界へ行き来する手段を模索していたのだよ。当時の技術力では軍艦が必要なほど大掛かりなDRLしか準備ができず、軍事開発の名目で実験にこぎつけたのだろう。だが、付け焼き刃のドリルでは地底世界との安定した
界転は一息に話し終えた所で、旭がぽかんと口を開けているのに気づいた。
「信じられないかね?」
「……ううん。信じます。びっくりしてたんだ。ね、彰吾さん。びっくりだよね」
「そうね、びっくりだワ――――山防人でもないのに、そこまで詳しい人物が居ることにね」
お前は何者だ、と。
暗に問うてくる彰吾の視線に、界転はまったく動じていない。
その視線を受け流し、眼鏡のブリッジに指を添え。
「しかし、よく似ているな」
自分に向けられた言葉だと気づき、旭は首を傾げた。
「似ている?」
「穿地
「おじいちゃんを知ってるの!?」
「若い頃に研究を共にしていてね。面影と、苗字を聞いて気がついた。それとDRLだな。ああ、そうだ。君が首からさげているソレは、DRLだろう?」
旭は指されたペンダントを持ち上げて頷き、あらためて捻利部 界転を見る。
亡き祖父の足跡を垣間見た思いから、胸の奥からわくわくしたものが込み上げてくる心持ちがした。
「あいつは地底人ラ=ズと交流することに相当こだわっていたよ。そうか、遂にDRLは実用化されたか」
「まだ数は揃えられてないけどね。暁蔵さんがデータを遺してくれているけれど、なかなか、ね」
暁蔵の名を聞いた彰吾も幾分か警戒を解いた様子である。
「穿地暁蔵は死んだか――惜しいな。ああ、実に惜しい。だが、それならば一層、私が申し出る意義がありそうだ」
「もしかして、アタシ達を呼んだのって」
「うむ。諸君らに研究者としての相互協力を申し出る為だ」
「相互協力、ね。
「端的だな。DRLの製造に不可欠な“
「検討する価値はあるわね。“
彰吾の返答に、界転も満足げに頷き右手を差し出す。
二人が握手を交そうとした時、研究室の扉が開き。
「――その件は、我々と進めてもらおう」
入ってきたのは瘦せぎすの白人。先ほど追い払われた裏NASAのエージェント。
黒服の懐から抜いた手には、拳銃が握られていた。
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