18 以心電身

 山のいただきに、邪悪な者が居る。

 八又の大蛇が白昼の空を汚すようにして、不気味にうごめいている。


 緑と茶の迷彩が施されたヘリが、八幡城に融合憑依した螺卒ラ=ズ――大邪蛇羅蛇羅オロチ・ジャラジャラに接近。

 陸上自衛隊の偵察機である。

 街をひとつ巻き込んだ百鬼夜行、そして城と融合した巨大なラ=ズの出現。

 もはや山防人の隠蔽工作は意味を為さなかった。

 突如として姿を見せた“怪獣unknown”の正体を見極めるべく、陸自のヘリが接近する。


 大蛇のアギトが、上空へ向けていっせいに光を放った。


 光は、無数の“針”であった。

 全高1メートルのノマル族であった時に用いていた“含み針”は、今や一本一本が太い鉄杭と化し。

 打ち上げられた大蛇の大針は、ある高さまで昇ってから落下。

 鋭利な杭がたしかな質量をもってからだの周りに降り注ぐ。

 頭上からの攻撃に、ヘリはなすすべもなく串刺しにされ墜落した。


 *


「大丈夫か、旭」


 地面に開いた穴から飛び出した虎珠が、自分が出てきた穴をのぞき込む。

 旭少年は顔を泥だらけにして穴から這い出し、うなずいた。


 先にオロチ・ジャラジャラが放った“針攻撃”を逃れるため、虎珠は旭を連れて地中へ逃れたのである。

 山頂から距離を置いた林の中。木々のところどころに、降り注いだ鉄杭が突き刺さっている。


「虎珠――ごめん……」


 虎珠の胸に穿たれた四つの穴が痛々しく、旭は目を伏せた。

 少年の肩はかすかに震えている。

 凶大なオロチ・ジャラジャラを目の当たりにしたからだけではない。

 それより自らの失態で友達に大きな傷を負わせてしまった事実に彼の胸は痛んだ。


 がんばって顔を上げ、虎珠と向き合おうと思った。

 それなのに。

 どうしても彼の大きな瞳を見つめることができない。


 うつむいた少年の目尻に涙が浮かぶ。


「顔上げろ、旭」

「ご、ごめんね……ごめんね……僕のせいで、虎珠ケガして――」


 まだ細い両肩の震えが次第に大きくなる。

 彼がいまどんな顔をしているのか、じかに見ることはできない。

 地面に膝をつきうずくまるようにする旭の表情は、小さな体躯からだの虎珠よりも低い場所にある。


 旭がうずくまる地面に、ぽたりとしずくが落ちた。

 ぽたりぽたりと、何滴も落ちた。


 虎珠は、自分よりも小さくなった旭を見下ろしたまま、言った。


「たしかに間抜けだったぜ、ボーッと突ッ立っててよ」


 旭の肩がひときわ大きくビク、と震えた。

 なにも言葉を返せないでいるに、虎珠は短い足を一歩、二歩と踏み出して。


 震えたままの彼の頭に、そっと片手を置いた。


「けどよ、今は俺に頭下げてる時じゃねえぞ」


 ラ=ズの平均体温はおよそ43℃である。

 旭は、虎珠から伝わる確かな熱を感じた。

 その熱は、虎珠の気持ちの熱であるように感じられた。


「今はな、顔上げンだよ。そんでもって――――これからブン殴る野郎ヤローのツラに狙いを定めろ!」


 言われて、旭はバッと勢いよく顔を上げた。

 目尻に溜まっていた涙が、その勢いでどこかへ散っていった。


「顔、8個ある!」

「おう! 全部やっちまうんだ。やっちまおう――やっちまおうぜ!」


 *


 虎珠は単身、猛烈な勢いで地中を掘り進む。

 あまりにも巨大なオロチ・ジャラジャラを打倒するために、敵の本体に“侵入”して内側から破壊する作戦である。

 土中から伝わる振動と熱は、敵に近づくにつれ大きくなってくる。

 それは単なる振動と熱ではなく、と呼ぶべきものであった。


 臆せず掘り進む虎珠は、ドリルの先がいっそう濃密な邪気に触れるのを感じた。

 それと同時に殺気をも感じ、虎珠は急速で上昇、地表へ飛び出した。


「クソッ!」


 舌打ちして、足元から迫ってきた数条の蛇型ドリルを薙ぎ払う。

 オロチ・ジャラジャラは城の基礎から自身のドリルを生やし、根のように地中に張り巡らせていたのだ。


「ケケケケケ! !」


 間髪入れず頭上からアギトが急襲!

 側方へ飛んでこれをかわす。

 オロチの牙はドリル。虎珠が居た地面に巨大なクレーターが穿たれた。


はスゲェよなァーッ!」


 首をもたげたアギトの奥で、蛇眼が狂喜の光を爛々とさせる。

 ジャラジャラは、自らが振るう力に酔いしれていた。


「聞こえるぜェ、ドロドロした熱―ィ声がよォ。! ! って、なーァ!」


 哄笑するオロチ・ジャラジャラを、虎珠は見上げ睨みつける。

 十数メートル離れた物陰からDRLで支援する旭も、同じようにジャラジャラの言葉を聞き。


「――あいつ今、“声”が聞こえるって言った……!」


 旭は、ここまで送り届けてくれた夕季が車中で語ったことを思い出した。


「旭くん、虎珠も、覚えておいて。山は“想い”を持ってる。降り注いだ雨を蓄えておくのと同じように想いをはらみ、声にし、囁き、うたい、叫ぶ。だから――――山の声を聞いて。DRLは人の想いを力に換える。この山に込められた人々の“おもい”から、力をもらって!」


 旭は右手にDRLを握りしめ、虎珠に向かって叫んだ。


「虎珠、僕たちも“声”を聞くんだ! この場所にあるのはつらい気持ちだけじゃない。きっと、それだけじゃないから!」

「――声を、聞く――――ッ!」


 小さな少年とラ=ズは、心を一つにして耳をすませる。

 音なき声を、形なき想いを捉えようと、懸命に。

 手にしたDRLを、ミィ・フラグメントゥムの力を信じて、懸命に――!



 そして、二人の視界が光で満たされた。


 七色の光だ。

 靄のように、渦のように、雨のように、波のように、消えては現れ、混ざりあっては離れている。

 混沌とした光だ。

 この混沌こそが八幡城に蓄えられた人々の想いであると、虎珠と旭は直観した。

 この地には、喜怒哀楽、愛憎、絶望と希望、ありとあらゆる人の想いが入り混じっていた。


「俺んとこに来い――俺の、中へ! 全部……全部みんなまとめて、俺が受け止めてやるッッッ!」


 深淵じみた思念の坩堝るつぼを前にして、ちっぽけな一人のラ=ズが力いっぱい吼えた。


 自身のうちに到底収まるべくもない膨大な混沌を、それでも虎珠は呑み干すと言い切った。

 そうさせたのは傲慢からではない。無知でもなく、愚かでもない。


“意志”だ。


 ただただ、一つの燃える意志が、あらゆるものを貫いて突き進もうとしているのだ!


「虎珠、なんか体が熱い!」

「お前もか旭! 熱いな、熱いよな! お前も、!」


 混沌の光が大きな渦を巻き始めた。

 渦巻いて、渦巻いて、渦巻いて、七色の光が一つになり始めた。


 渦巻く光は、ひとつの白い光明こえとなった!



 ≪絆を繋いだ少年よ。そして我が欠片フラグメントゥムよ。授けよう、我が力の片鱗。我が智慧の一端ミィ・サピエンティア――――!≫



 旭の脳裏に概念イメージが浮かぶ。少年は、ありのままを声に出した。

 虎珠の内に機能ちからが示される。螺卒ラ=ズは、本能のままに吼えた。


 二人の声は、一つに重なった。



「「――――“電身でんしん”ッッッ!」」

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