17 牙をむく野心

 気絶した山防人の調査員たちが点々と横たわる八幡城内。

 ただ一人立つ痩せぎすの男は、白くこけた己の頬を細長い舌で舐め。


「――感じるぜーェ。でかいチカラをなーァ。へっへっへ……わかるだろ? テメェもよーォ!」


 男の右腕が不気味に伸びる!

 手首が大蛇のアギトと化して、十歩離れた地面にドリルの牙を突き立てた!


蛇羅蛇羅ジャラジャラァーッ!」


 地表が勢いよく弾け、飛び出してきたのは虎珠!

 両腕ドリル臨戦態勢ヨシ、一直線に飛び込んでゆく。痩せぎすの男に――身をやつした螺卒(ラ=ズ)のジャラジャラに!


 両者のドリルが重なって、ギャリギャリと甲高い金切り音で空気をひずませる。

 鍔迫り合いから離れた両者は近間で対峙。

 打ち下ろし、横に薙ぐドリルとドリルが鈍色の円弧を幾筋も空に描く。

 廻る螺旋の刃が交錯する度に、ヂッ、バヂィッ、と誘蛾灯で大きな蟲が焼けるような音がする。

 音は連続して鳴り響く。虎珠とジャラジャラとのドリルが激しく、激しく応酬し、ヂヂヂヂヂヂヂヂと絶え間なく刃金が弾ける。


「シュゥーッ!」


 ジャラジャラの双眸がギラリとして、大蛇のアギトを模した頭殻の喉奥から含み針を発射!

 虎珠は即座に反応! ドリルを払い、眼や関節を狙った毒針を叩き落した。


「テメー、以前まえよりなってんじゃねえかーァ?」

「ハッ、そっちが弱くなってんだろ!」

「いいや、違うねーェ。俺が弱くねェし、気のせいでもねェ。強くなってるが、あらァなーァ!」


 妖蛇の眼が再び怪しく光り。

 言い知れぬ悪寒が、熱くなった虎珠の背筋を駆け巡った。


 ジャラジャラの腕が伸びる!

 狙いは虎珠ではなく、その後方――物陰からDRLに念を込めている旭だ!


「この……野郎――――ッ!」


 虎珠は全力で飛びのき、旭を襲うドリル牙の前に身を投げ出す。

 分厚い金属が削られる時の、すごい音がした。

 左右合わせて4本のドリルが虎珠の胴に食い込み、大きな両肩の付け根に大きな穴を穿った。


 驚きと狼狽が入り混じった旭の目と、うずくまり小さく呻きながら睨んでくる虎珠の目。

 二つの視線を身に浴びて、ジャラジャラは嗜虐心が充ちていく感覚に恍惚とした。


「俺にゃてんだよーォ。そこのニンゲンのガキからテメェに“チカラ”が流れ込んでるのがなーァ!」


 ヘビはピット器官によって我々人間の目には見えない赤外線を感知し、獲物を追うという。

 ヘビと似た姿をとる螺卒ラ=ズのジャラジャラは、奇しくもピット器官に相当する感覚器官センサーを有していたのである。

 彼の“視界”には、旭からDRLを介して虎珠に送り込まれる精命力オーラの流れがはっきりと映し出されているのだ。


「――やっぱ、がキモだよなーァ」


 ジャラジャラは自らの胴体に嵌るルビー色の結晶――ミィ・フラグメントゥムを小突きながら言った。


「感じる、感じるぜーェ。この地下したに、スゲェデカイがあるのをよーォ。テメェらの狙いも同じなんだろォ?」

「! この野郎、させねぇ――」


 ジャラジャラの目論見を察した虎珠が飛び掛かろうするが、先に受けたダメージによる消耗が彼の踏み込む足をもたつかせた。


「ウシャシャシャシャ、残念ザァンネンだったなーァ!」


 下卑た嗤いを残し、ジャラジャラは土飛沫をあげて地中へ潜行――数秒後、すぐに異変が起きた。


 立っていられないほどの地震に、旭は身を屈めて地面に手をついた。

 八幡城を見上げる。城が震えている。

 猛烈な地震によって揺れているのではない。逆だ。城が変化を始めたために、周囲の地面が揺れているのだ!


 城壁が不気味に泡立つ。発泡ウレタンのスプレーを内側から噴射したかのように白い壁が盛り上がり、長く長く伸びる。

 壁であった部分は、あっという間に城から伸びる八本の巨大蛇頭を形成した。

 続いて緑色の瓦が変形、増殖。

 真っ白い大蛇の表面を覆う鱗となった。


「クソッ――野郎、城をやがった!」


 虎珠はおぞましく変形した八幡城を忌々し気に見上げて睨む。

 そのあまりに小さな、全高1メートルのからだを、蛇頭の喉奥にあらわれた八ついの双眸があざ笑うように光り。


 そして遂に、地中からせりあがった巨大なミィ・フラグメントゥムが赤色半透明の螺旋円錐形ドリルをなし、天守閣を突き破り天を衝くようにしてそそり立った。



「俺の名は! 俺の名はーァ! 大邪蛇羅蛇羅オロチ・ジャラジャラ! この地上シマ頂点テッペンに立つ者だァ!!」

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