16 心、土中に埋め 刃、天を衝く
市街地にドリルの音がこだまする。
こだまではない。
いくつものドリルたちが、ラ=ズたちが街を跋扈しているのだ。
多数のラ=ズによる地上物体への一斉憑依現象――通称"百鬼夜行”である。
「うわぁーッ! エビフライがァ!?」
観光客らしき中年の男が、恐怖と戸惑いの入り交じった声をあげた。
腰を抜かした男ににじり寄るのは、食品サンプルに憑依したラ=ズだ。
きつね色のコロモをまとった全長1メートルの大エビが直立し、ザリガニのようなハサミの間からのぞいたドリルがキュルキュルと奇声を発した。
ドリルが甲高い音を出して回転数を増す。
得体の知れぬ凶悪な気配を感じ、男は自らに向けられた切っ先を凝視する他なく。
エビフライが男に飛び掛かる寸前。手裏剣が三つ、エビの頭に突き立った。
「今のうちに避難してください」
紫の忍装束に牡丹色の大きなリボン――夕季である。
屋根の上からラ=ズと男性の間に飛び降りる。
夕季の着地と同時に、嵐剣丸も地中から現れた。
気配を殺してエビフライ型ラ=ズの背後に立ち、前腕の
回転する杭のようなドリルを、エビフライの胴体に音もなく突き刺した。
「お怪我はありませんか」
灰になって崩れるエビフライのラ=ズを一瞥して、夕季は尻もちをついたままの男に手を貸し立ち上がらせた。
「あ、あなたは一体」
「コスプレイヤーです」
男の問いに、夕季は冗談とも本気ともつかぬ答えを返した。
「向こうの通りをまっすぐ行って。避難用の臨時バスが来ています」
指さした方角へ走り去る男を見送り、夕季は既に“戦場”となっている市街地の真ん中で耳を澄ませる。
周辺に仕掛けておいた鳴子の音が、いくつも聴こえてきた。
「首尾よく集まってきている――まずは二手に別れるよ、嵐剣丸」
嵐剣丸は頷き、小さな煙幕だけを残してその場から消えた。
*
百鬼夜行のラ=ズは仲間の一人が倒されたことに気付き、襲撃者を追い始めた。
土産物や店舗の看板などと融合した昆虫型のラ=ズたちは触角を用い、嵐剣丸と夕季の気配を探りながら市街地を徘徊する。
三体のラ=ズが、一軒の店舗に押し入った。
軒先に掲げられた看板には、赤色で“ベトコンラーメン”とある。
店主も客も避難してもぬけの殻となった店内。
年季の入ったテーブルの上に目を引くものがあった。
ソフトボールをもう少し大きくしたようなプラスチックの球形。
下方がワイングラスのような形に成形されている。
上方は半透明の蓋になっており、中にはルーレットのミニチュアが入っている。
西暦2010年代の今となっては目にする機会も稀な、卓上占い機であった。
むろん、地底世界のラ=ズが昭和時代の占い機に郷愁を覚えることはない。
彼らが注目したのは、奇妙な形もさることながらそれが置かれている場所だ。
天板の端ぎりぎりに置かれているのだ。むしろ、かなりはみ出して置かれている。テーブルを少しでも揺らせば落ちてしまいそうだ。
ラ=ズの中にも几帳面な者はいる。このラーメン屋に侵入した者達のうちの一人もそうであった。
不安定な位置に置かれた占い機を手に取った瞬間、天井に仕掛けられていた指向性地雷が炸裂!
無数のベアリング弾がラ=ズの外殻を貫通し得る威力をもって降り注ぎ、几帳面なバグ族は地中へ逃れる間もなく全身を穿たれ灰となった。
「――忍法ブービートラップ」
店の天井に潜伏する夕季が、
ほどなくして、周囲の建物や放置された車から火薬の炸裂音が聴こえ始めた。
音が鳴った回数と仕掛けたトラップの数とを頭の中で突き合わせながら、夕季は鋭い光を宿した瞳で周囲を見渡す。さながら冷酷な
夕季が立つ店から、二体のバグ族が飛び出してきた。
屋根の上の夕季に気づいたバッタ型の敵たちは、跳躍しようと身を屈め――そのまま動けなくなった。
「忍法影縫い」
ラ=ズたちの足下、落ちる影に数本の手裏剣が突き立っている。
直接打ち込まれてもいない手裏剣に、ラ=ズは何故動きを止められたのか。
答えは地中にある!
「嵐剣丸。次、行くよ」
動きを止めた――もう動くことはなくなったラ=ズたちの足下がモコリと盛り上がり、地中から嵐剣丸が顔を出した。
彼の腕から伸びるドリルは、うずくまる
これが夕季の用いた“影縫い”の正体だ。
手裏剣によって敵を牽制すると同時に、地中に潜んだ嵐剣丸に地表の奇襲ポイントを知らせたのである。
ラ=ズは視覚に頼れない地中で活動する際、身体全体で感じる振動を頼りにするという。
山防人の有力者”飛騨の影一族”はラ=ズの特性を活かした連携戦術を編み出し、それを“忍法”と称して伝承しているのだ。
「旭くんと虎珠が首謀者と決着をつけるまで、百鬼夜行の連中は私たちが足止めを――いいえ、全滅させておくよ、嵐剣丸」
街に跋扈する敵の気配はまだ数十ある。
圧倒的な多勢に無勢。
それでも夕季は「やる」と言い。
嵐剣丸も、彼女の意志に頷いた。
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