15 爆熱! 筋肉一本勝負

 熊蜂めいたエンジン音も騒々しく、ドリル暴走族が仁王立ちの濤鏡鬼に殺到する。


「手加減無用よ濤鏡鬼。ま、やれって言ってもできないでしょうけど」

「ヴルルン!」


 白い巨人は右腕と一体化した柱――シールドドリルを荒々しく回転させ、横薙ぎに振り抜いた。


 力任せの一旋に、敵の第一波は耐えられず吹き飛ばされ。

 踏み込んだ濤鏡鬼が返すドリルでもうひと薙ぎ、第二波も出鼻をくじかれ宙に舞い。

 トドメとばかりに振り下ろした巨大シールドドリルが、残ったドリル暴走族を夏のアスファルトに押し付け削り潰した。


 一瞬にして壊滅したゴングの手勢。

 その中に一体、難を逃れて濤鏡鬼の脇をすり抜けた者があった。

 忠義にあついのか、それとも昆虫的な本能によってか、バイク型に変形した一体のドリル暴走族は旭たちの車を追うべく走り出し。


「どこ行こうってのよ?」


 山脈のような肉体の男に、片腕で掴まれ持ち上げられた。

 人型では頭部にあたる部分を鷲掴みにされてもがくバグ族のラ=ズだが、彰吾の怪力はむしろ力を強め頭殻をメキメキと軋ませる。


「向こうへお戻りッ!」


 彰吾の右腕から背中にかけて筋肉が隆起し、全高1メートルのラ=ズをソフトボールのように遠投!

 そのままドリル暴走族の後ろに控えていたゴングの元へ飛んでゆき――腕のハンマーで叩き落とされた。


「やっぱり、小さいやつらは、だめだ!」


 手下を一瞬にして全滅させられたゴングには、うろたえた様子もなければ怒りもないようだ。

 むしろ、足下で灰になりかけているバグ族たちを邪魔だと言わんばかりに蹴散らして濤鏡鬼と対峙した。


「ヴルン!」

「グフーム!」


 二体の巨人が同時に地を蹴り真正面からぶつかり合った。

 ゴォン、と重い金属音が響き、反動で両者の間合いが離れる。


 そしてゴングは、自分の左腕に濤鏡鬼の左鉤爪クローが食い込んでいることに気づいた。

 激突と同時に掴まれたのだ。

 クローは濤鏡鬼の腕から分離して、根本を鎖で繋がれた状態である。


「こんなモノで、オレサマを、つかまえたツモリか!?」

「まさか! これはチェーンデスマッチって言うの、覚えときなさい!」


 彰吾が言い終えるのを待たず、濤鏡鬼が左腕を引く。

 チェーンで繋がったゴングを引き寄せ、シールドドリルをフルスイング!

 猪に似たゴングの胴頭に巨柱が叩きつけられ、濃緑色の外殻が破片をまき散らした。


 不意を突かれてたたらを踏んだゴングの単眼がギラリと光る。

 今度はゴングがチェーンを引き、濤鏡鬼との間合いを更に詰めて腕のハンマーを打ち下ろす!


 柱ドリルとハンマーとの壮絶な打ち合いが始まった。


 両者とも、自らの外殻からだが砕け、抉られようと意に介さず。

 どちらもひたすら目の前の相手を狂ったように殴打して、互いの巨体ボディから緑と白の欠片を飛沫のように弾けさせる。


「グフーム!」

「ヴルルルルン!」


 チェーンが巻き取られる。

 両者の間合い、更に更に縮まり――額と額が衝突!

 腕を振るえぬ超近間ゼロきょりにて、白と緑の巨人による打撃戦は頭突き合戦へと移行!


 ガン、ゴン、ギン、と金属がぶつかり合う音が幾重にも重なり、砕け散ったアスファルトをビリビリと震わせる。

 間近で巨体の激突に立ち会い続けている彰吾は、轟音に絶えずさらされ続けたことで既に聴覚が麻痺していた。


 ゴォン、とひときわ大きな音が国道を挟む山々に反響する。

 ゴングが全身を濤鏡鬼に押し付け、し掛かりの体勢に入ったのである。


「濤鏡鬼、キバりなさいッ!」


 じんじんとする耳の奥でくぐもった自分の声を聴きながら、彰吾は数珠を模したDRLを合掌に懸け濤鏡鬼に念を込める。

 濤鏡鬼は彰吾の念を受けて脚部のホイールを懸命に回転させた。が、桁外れの膂力に圧倒される。

 空回りする車輪が路面にめり込み、亀裂の入ったアスファルトを蹴立てて土煙を上げた。


 ゴングの後頭部せなかにある排気口から真っ白い蒸気が噴き出して、四肢を持つ山と呼ぶべき巨体がいっそう力を増す。


「ゴッホホ! オレサマ、力、つよい! いちばん、つよいんだ!」


 勝利を確信したゴングが蒸気を噴き出し胴頭から生えた牙ドリルを猛らせる。

 密着した濤鏡鬼の胴が二本の牙に削られ、総身も力任せに圧し潰されんとする。


 彰吾は見た。

 濤鏡鬼のカオを、マナコを、凝視した。

 

 そして、観た!

 の闘志は全く萎えていない――――、と!


上等ジョートーよね、濤鏡鬼。見せてやりましょ。アンタと! アタシの! 爆加バカ力!」


 山脈のような身体に筋肉を隆起こらせて、合掌した筋肉僧侶は読経を始めた。

 辺りを満たすエンジン音と金属がこすれ合う騒音にも負けず、ドスの利いた読経は響き。



 ――――響き、響き、響き、爆加力ニトロ!!



「ヴォォォォォォォォォ!!」



 濤鏡鬼の体表に陽炎がゆらめく。

 見れば関節部が赤熱して――火を吹いた。

 真夏の巨人は自らを火そのものと化し、両眼からストロボじみた光を放ち。


 圧倒的な膂力で圧し掛かっていたゴングに対し、それを上回る力で押し返す!


「グオオオ! どうして、オレサマが!? わからない、わからない!」

「わからなくて結構!」


 彰吾がDRLへ更に念を込め、濤鏡鬼はゴングを突き飛ばした。

 両者が離れたことでチェーンがビンと張りつめる。

 鬼の体から噴き出す炎は勢いを増し、みなぎるパワーが左腕と両脚のホイールに伝達!

 そのままゴングを振り回し始めた!


 4メートルに達する巨体が宙を舞う。

 文字通りの巨人大回転ジャイアント・スイングが巻き起こすのは暴風。

 濤鏡鬼を中心にして、一柱の竜巻が天を衝かんと昇ってゆく!


「ヴォォォォォォーーーーン!」


 巨鬼の雄叫びと共に竜巻が弾け、ゴングの巨体が空中へと放り上げられた。

 先の高速回転で消耗し目を回されたゴングは空中での姿勢制御もままならず、そのまま落下。


 舗装道路に放射状の亀裂を作ってめり込むゴングが揺れたままの視界で目にしたのは、巨体を跳躍させて右腕のシールドドリルを振りかぶる濤鏡鬼の姿である。



 爆発じみた轟音がした。



 ゴングの胴頭に、真っ正面から打ち下ろされたシールドドリルが埋まっている。

 容赦なく回転する掘削刃が、ゴングの悶絶とも金属の破砕ともつかないすごい音を出し続けている。


 粉砕されゆく濃緑色の巨体には、みるみるうちに幾条もの亀裂が伸び――やがて、頭頂の赤いミィ・フラグメントゥムにまで達した。


 プツリと、大きな四肢にみなぎっていた力が抜けた。


 そうして事切れたゴングの大きな体は、地面に吸い込まれるようにして跡形もなくなったのである。


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