11 She know be――

 アメリカの農村で暮らす読者の方は日常的に目にしているかと思うが、キャトルミューティレーションという現象がある。

 一般的には空の向こうから来た宇宙人の仕業と考えられているが、実際は真逆――地底金属生命体ラ=ズによって為されたものだ。


 地上の物体に憑依融合するラ=ズは、偶然にも生物の死骸と融合してしまうことがある。

 融合後のラ=ズは憑依した物体が持つ性質・機能をある程度引き継ぐが、死骸と融合した場合は何を引き継ぐのか? 答えは、生物が“生前に有していた本質の一部”である。


 ――すなわち“他の生物を食べること”だ。


 動物の内臓、あるいは血液を、本来なら鉱石などの物質を吸収する器官であるドリルを用いて“摂取”する。

 これがキャトルミューティレーション、あるいは各地に伝説として残る吸血鬼やリビングデッドの正体である。


 茂みから転がり出てきた熊の腹部、真円にくり抜かれた直径15cmほどの傷口を見た夕季は、これがラ=ズの仕業であることを確信した。


 2,3歩よろよろとしてから、熊はその場でこと切れた。傷口からは殆ど出血が見られない。

 死んだ熊の周囲で、地面が3か所盛り上がる。

 はたして、現れたのは三体のラ=ズであった。


「――物音を、立てないように」


 息を呑む旭の口を押さえながら、夕季は周囲に響かない声音で警告した。

 浮ついた気分は完全に引っ込めて、自らの精神を鋭利な刃物のごとく研ぎ澄ましていた。

 眼鏡のブリッジに指を添え、出現したラ=ズを見る。


 ――全高1メートルのバグ族。

 発達した後肢で跳躍するように移動している。シルエットからして、融合したのはウサギであろうか。全身の質感は艶のない金属質で、赤い眼が爛々とする大きな頭部は触角が太いカミキリムシのようだ。

 鋭く短い二本牙の間から細長いドリルを伸ばし、死んだ熊の身体に突き刺している。体液を吸うのだろう。


仕留しとめたか」


 熊が転がり出てきた茂みから、更にもう一体。

 今度はクワガタムシの胴体から短い四肢を生やした格好のラ=ズだ。

 上へ伸びる二本の角が、ぐねぐねと曲がったドリルである。

 全身がくすんだ黒色であるが、例外として胴体の真ん中に歪な形をした“赤い結晶”が埋め込まれている。


 後から出てきたラ=ズの声を聞き、先のチュパカブラ型ラ=ズは捕食行動を中断してかしずくような姿勢をとった。


(あれはミィ・フラグメントゥム――! あの二本角、吸血ラ=ズたちを従えているようだけど……)


 夕季は息を殺して様子を窺い、対処策を考える。

 様々に浮かぶ選択肢の中には当然、ラ=ズと互角に戦える虎珠の存在があり。

 傍らの虎珠を見れば――――彼の姿は無かった。


「何やってんだ“ミヤマ”」


(はァ――――――!?)


 心の中で絶叫する夕季。ズレた眼鏡に映るのは、クワガタラ=ズの目の前に立ち、“ミヤマ”と呼んで睨みつける虎珠の姿である。


「げぇっ、虎珠!? お前、くたばったのではなかったのか!?」

「ちっと地底したに顔出してなかっただけだろ。ぅか、いつから舎弟てしたが使えるほど“えらく”なったんだ手前テメー

「ふ、ふふふふふ、ふ! 俺様を以前の俺様だと思うなよ? 虎珠も、濤鏡鬼も、とっくに過去のラ=ズなのだ! これからは、この……新生パワードミヤマ様の、時代なのだ! あの方に授かった“力”で! これより天下をとるのだ!」

「吠えたな。じゃあ、最後までよ!」


 虎珠が両肩のドリルを腕に装着し回転させると、パワードミヤマは「ひぃ」と一瞬ひるんだ様子を見せるもすぐに二本角ドリル具えのかぶりを振った。


「ええい、者ども、出会え出会えぇぇぇい!」


 パワードミヤマの合図で周囲の土が更に盛り上がり、チュパカブラ型ラ=ズが次々と姿を現す。


 間もなく戦闘が始まる。

 夕季は体を抱いた旭の様子を確認。

 少年は、ペンダントにしてさげていたDRLを両手で握り締め、虎珠の背中を凝視していた。


 小さな手の中、DRLがボゥと淡い光を放つ。


 その時、パワードミヤマが何かに感づき、姿を隠す夕季と旭の方を向いた。


「何ヤツなのだ!?」


 パワードミヤマが頭のツノをがちがちと打ち合わせて号令すると、夕季と旭が立つ周囲の地面が弾け数匹のチュパカブラが飛び出してきた。

 そのままの勢いでチュパカブラ達が口吻ドリルを二人に伸ばす!


 ――白い光が辺りを覆った!



 そして。



 夕季と旭が居た筈の場所には、チュパカブラ達によって四方八方から串刺しにされた象型マスコット人形看板ムトーチャンが転がっていた。



 *



「――ひとまずけたわね」


 一息つく夕季を、地面にへたり込んだ旭は呆然と見上げている。


「夕季、さん?」

「なに」

「忍者だったの……?」


 夕季はチュパカブラ達の包囲から一瞬にして、旭を抱いて脱出してみせた。

 旭が彼女を忍者と呼ぶのは、その早業を体験したからだけではない。

 むしろ、夕季がいつの間にか身にまとっていた装束を見たからだ。


 濃い紫に染められた闇に染み込む袴は裾を脚絆靴ブーツでまとめて絞り、大腿のシルエットを風船のように膨らませている。

 対照的に、胴の甲冑は上半身の豊かな曲線をそのままくっきりと再現し、肩口からは目の細かい網状の防刃インナーが覆う。両腕の手甲は金属製だが、光を反射しないよう表面を梨地に加工されている。

 全身を隙間なく守る装束は、彼女のしなやかな肢体を無機質な道具ぶきへと変えている。その中で、髪束を結わえる牡丹色の巨大なリボンだけが、背中全体を蝶の羽のように彩っていた。


 平時にかけていた細い銀フレームの眼鏡から、ツルとブリッジを弾性チタンで成型されレンズにも反射を抑える加工を為されたフレームレス眼鏡にかけかえながら、夕季は少年に頷く。


「忍者。まぁ、そんな所ね。だから後のことは安心して。敵が追い付いてくる前に、キミを安全な所まで避難させるわ」

「え、避難……?」


 出会った時よりもいっそう隙のない鉄面皮ポーカーフェイスで夕季は告げ、旭はまた呆然として彼女の言葉を繰り返し。


「大丈夫。キミは絶対に傷つけさせないから」

「だ……駄目だよ。僕、DRLで虎珠を応援しなきゃ」


 DRLのペンダントトップを握ったまま首を横に振る旭。

 夕季は表情を変えず、少年の腕をとろうとして。


「あなたはまだ子供。危険に身を晒すのは私たち大人の役目だから――」



 ぱん、と小さく乾いた音がした。


 旭が力と勇気を振り絞り、夕季の手を払いのけた音だった。


「ぼ、僕はっ! 僕は子供だけど! 虎珠は僕の友達なんだ! 友達を助けるのは、友達の役目だから――僕の役目だから、行かなくちゃ駄目なんだッッッ!」


 ラ=ズのように大きな瞳に、少年が涙をためている。

 きっと、普段の彼は物分かりの良い子供であろう。

 大人の言う事を素直に聞いて、まっすぐに育っている子供なのだ。


 そんな彼にとって、もしかしたら今この時が、初めて大人に歯向かった瞬間なのかもしれない。

 彼がそこまで勇気を振り絞っているのは、何の為。誰の為かと言えば。


(あぁ、いい子だな――本当に、いい子)


 鉄面皮の下で、夕季は感慨を呼気にのせた。

 彼女が何か言おうとした時、にわかに周囲の地面が盛り上がり追っ手のチュパカブラ達が姿を現した。


 先ほどの“変わり身”を警戒してか、今度はじりじりと距離をつめてくる。

 綿貫つらぬき 夕季ゆきは旭に小さく頷いて、彼と背中合わせになり身構えた。


「――分かった。行って、旭くん。露払いはがする」


 八方を取り囲むチュパカブラ。夕季が完全に旭と逆方向を向いたことで、警戒態勢にわずかな隙が生じた。


 敵はそこを逃さず。夕季の背後――旭をめがけ三体のチュパカブラが飛び掛かり。


 そのうち一体のチュパカブラが空中で身をひるがえし、両隣の仲間を瞬く間に口吻ドリルで刺し貫いた!


 旭の傍に降り立ったチュパカブラが自らの外皮を剥がす。

 “変装”を解いて現れたのは嵐剣丸だ。

 旭が驚き名を呼ぶと、相変わらず無言でこくりと頷いた。


「我らは常に山とあり。虫獣を統べ、草木に身をやつし、岩に潜り地を泳ぎ、風にまぎれて野を馳せる」


 夕季と嵐剣丸は、旭を間にはさみ互いに背を向けて立つ。

 一部の隙も見当たらぬ、たった二人の方円陣であった。



「我らは“飛騨の影一族”――――天下ちじょうを護る山の影なり!」



 夕季が逆手に構える苦無クナイ型DRLが、むねに忍ばす闘志に応え燐光を放った。


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