12 暴れん坊螺卒

 仲間を倒され怒るチュパカブラたちが嵐剣丸を口吻ドリルで狙う。

 前方から伸び来る錐の刺突!

 嵐剣丸は身を屈め、掌底で地面を叩いた。

 土の下から畳が飛び出し盾となる! 忍法だ!


 背中越しに嵐剣丸と息を合わせ、夕季が取り出したのは、女子にしては飾り気の無い真四角の弁当箱だ。

 蓋を開ける。

 五つに仕切られた箱の中には、鮮やかな五色に染められた米粒のようなものがぎっしり詰められていた。


「せッ!」


 夕季は“五色米”を一掴みし、無造作に正面の敵めがけて投擲。

 米粒はチュパカブラにぶつかるや、色とりどりの炎となった!

 金属外殻を持つラ=ズたちが苦悶し、その場でのたうち回る。

 それでも炎はなかなか消えない。忍具だ!


「道を開けたわ。旭くん、行って!」


 立ち上がろうとするチュパカブラを棒手裏剣で地面に縫いとめながら、夕季が道を示す。

 鉤縄を巻き付けた敵を木に吊し上げる傍らで、嵐剣丸も頷いてみせる。


 二人の忍者に背中を押され、旭少年は全力で友のもとへと駆け出した。


 *


 同刻。

 虎珠は、パワードミヤマとにらみ合っていた。


 周囲にはいくつかこんもりとした灰の塊がある。

 さらさらと崩れていく灰の中にはいずれも、小石ほどの赤い結晶が埋もれていた。

 これらはすべて、虎珠が屠ったチュパカブラの残骸であった。


されたバグ族どもを、よく一人で全滅させたのだ。敵ながら天晴れ、と言っておくのだ。だが――そこまでよ。消耗した貴様など、敵ではないのだ!」


 虎珠の橙色の外殻は所々が欠け穴が開いている。

 深い引っ掻き傷に詰まった土が、少しずつ再生を始めた外殻に内側から押し出されてボロリと剥がれた。


「――ようやくタイマン張る覚悟ができたってか、おい?」


 それが、戦闘開始の合図だった。

 不敵に笑う虎珠に、パワードミヤマは激昂した。


「ほざいたな、こわっぱ!」


 猛然と突進してくる黒い甲冑を、虎珠は左ドリルで迎え撃つ。

 キチン質の曲面装甲が、接触したドリルの切っ先を逸らした。


 すぐさま、いびつに湾曲した二本のドリル角が頭ごと横なぎに振るわれる。

 虎珠がドリルアームでガードすれば、激しく回る両者のドリルはギャリギャリと火花を散らしり合う。

 やがて、噛みあったドリル刃とドリル刃が反発して互いに弾け、そして再び打ち合わせ。


 再び弾かれた体勢から返すドリルで虎珠が突きを繰り出す。パワードミヤマの黒い胸甲が墨のような削り屑をまき散らして抉られる。

 パワードミヤマが角を振り下ろす。虎珠の両肩が雷鳴のような音をあげ、深々と傷を刻まれる。


「ぐぐぐ……この、野郎――!」


 両肩に食い込むドリルを掴み、虎珠がうめき声と共にパワードミヤマを睨む。

 踏みしめた短い両足が、徐々に地面にめり込んでゆく。

 パワードミヤマの膂力は虎珠を上回っていた。

“奴”の胴体中央に埋め込まれたミィ・フラグメントゥムが、あやしくボゥと光った。


「むははははは! 虎珠、恐るるに足らず、なのだッ!」


 鋏が如き大角が開いて、また閉じる。

 角が挟むのは虎珠の胴体。そのまま体ごと高々と持ち上げた!

 スープレックスの体勢である!

 虎珠は短い手足を懸命に動かし空中ホールドからの脱出を試みるも、かなわず。

 食い込んだ大角ドリルが回転し胴を削り、虎珠の苦悶が山の木々に跳ね返っては消えた。


 いよいよパワードミヤマが上体を反らし、フィニッシュ・ホールドをめようとした時である。


「虎珠ぁーッ!」


 右手に輝くDRLを握り締め、少年が駆けてきた。

 体のあちこちは土や枯れ葉で汚れ、右の膝はすりむいている。

 きっと、何度も転んでは立ち上がり、必死にここまで走ってきたのだ。


「旭!」


 虎珠のカラダに火がともる。

 小さな少年の、心の火だ。

 小さな螺卒ラ=ズの、魂の火だ。

 二つの火だ。重なって、炎!


 燃える炎が虎珠の五体を駆け巡り、全高1メートルの身体に爆発的な力をみなぎらせる。


「オッ、オオオオオオオオー!?」


 驚きうろたえるパワードミヤマの声を下に聞きながら、胴に食い込んだ大角を力づくでこじ開ける。

 掴んだ角は、まだ回っている。握り締めた片手の握力をコントロールすると、虎珠の全身がパワードミヤマを軸にして大回転!

 その初速を利用して、虎珠はミヤマの体表にまとわりつきながら旋回。

 ルチャリブレの闘士さながらの空中体術を三頭身の体躯でやってのける!


「ッシャラァァァァァァ!」


 仕上げにつま先を敵の大角にひっかけ、全身のバネに遠心力を上乗せして投げ飛ばした!


 巨大な頭を丸ごと地面にめりこませたパワードミヤマは、そのままの体勢で四肢をばたつかせてもがき――じきに、ぴたりと動かなくなった。

 パワードミヤマの黒い甲冑がだらりと地面に落ち、暫くして白い灰になり始める。


 灰の山と化した“むくろ”が崩れ、下から顔を出したのは嵐剣丸だ。

 手には、パワードミヤマの胴に嵌っていたソフトボール大のミィ・フラグメントゥムが握られている。


「ヘッ、オイシイトドメをとっていきやがって。それとも、今回も助けてくれたってコトにしとくかい?」


 虎珠がからかい交じりに言うと、嵐剣丸は黙ってふるふると首を横に振った。


 *


『旭君と虎珠はちからを強くしているようだな』


 ウィンドウに、新しくフキダシに囲まれたメッセージが表示される。

 発言主の名前は“捻利部 界転”。アイコンは、スコップを担いだモグラのイラストである。

 現実リアルの佇まいとのギャップを相当に感じつつ、彰吾はノートパソコンのキーボードを打鍵した。

 

「虎珠本人が言うには“カラダが芯から燃えてるみたいだったぜ”だそうよ」

『熱くなる、か。機会があれば実際に温度上昇が見られるかどうか確認してみたい所だ。だが、それよりも重要なことがある』


 彰吾がメッセージを打ち込むと、1秒と経たず返信されてきた。

 界転は現在、大学内での会議に出席中。直接の通話は難しいがリアルタイムでの報告は受けたいという界転の申し出から、二人はSNSアプリのチャット機能を使って会話をしている。

 あの“ドリル博士”が会議中のテーブル下でスマートフォンをすさまじい速度で操作するさまを想像し、彰吾は内心で唖然としていた。


「と、言うと?」

綿貫つらぬき君の報告によればだ、そのラ=ズは“我々”と言ったのだろう? つまり――間違いない。ミィ・フラグメントゥムで力をつけたラ=ズ達が徒党を組んで行動を起こそうとしている』

「百鬼夜行が起きる、と?」

『これまでとは比べ物にならぬ規模になる可能性が高い。警戒を怠らぬように』

「了解。そちらも、ミィ・フラグメントゥムの――DRLの実用化作業を頼んだわよ」


 界転の返事は、OKと親指を立てるモグラのイラストスタンプであった。しかも、アニメーションするスタンプである。


 彰吾は5秒ほど考えてから「それでは、よろしく」と普通に返信してチャットを終えた。

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