13 開幕! 自由研究

 蝉の声が満ちる川鋼寺に、今日も少年と小さなラ=ズが訪れた。


「彰吾さん! こんにちはー!」

「あら旭。そうか、今日から夏休みなのよね」

「うん。それでね、今年も相談したいんだ」

「自由研究の内容ね。いいわよ、上がんなさい。虎珠はそこのマットで足の裏拭いてきて」


「あー、俺は車庫で濤鏡鬼と話してっから。ガッコーのシュクダイとかよくわかんねぇしよ」

「そ。外は暑いでしょ、アンタらラ=ズは平気そうだけど」


 今夏、G県M市は近年まれにみる猛暑に襲われている。

 連日37℃を超す中、自転車でやってきた旭が汗だくなのに対し虎珠は平生通りであった。


「おう。“川”のほとりなんか、こんなのとは比べ物にならねえしな」

「地底世界の川ってマグマの事よね。バーベキューがはかどりそうじゃない」


 虎珠は日々、旭と行動を共にするうちにすっかり彰吾とも顔なじみになっている。

 板についた世間話を交わしつつ、車とバイクと濤鏡鬼が並ぶガレージへ向かう虎珠を見送り、旭は川鋼寺の事務所――応接間を兼ねている――に通された。

 屋外の熱気と完全に隔てられた室内に入ると、空調エアコンの心地よい涼しさが肌を癒す。


「あ、夕季お姉さんも居たんだ!」

「奇遇ね。私もさっき来たばかりよ」


 たおやかな仕草でグラスに注いだ麦茶を旭の前に置きながら、夕季は涼やかに微笑む。

 ちなみに、奇遇などではない。

 前もって彼の通う学校を偵察し、身辺の情報収集をした上で普段の行動パターンを予測した上で先回りしたのだ。


(そして、こうしてお茶を出しながらさりげなく隣に座る――同級生の女子にはない女性の曲線を強調する動きと、ほのかな香水の匂いでお姉さん感を意識させて開放的な夏の訪れも相まって高鳴る鼓動――フフフフフ、旭くんには少し早すぎるかしら?)


 眼鏡のレンズ越し、夕季が旭に向ける視線はよこしま極まりない。

 だが、彼女の卓越した隠形術は禍々しい気配を完全に遮断していた。立件がしにくい。


「旭、だいぶ焼けたわねぇ」

「へへへー、今年はプールの授業が一回も中止にならなかったんだー」


 少年は得意げに、Tシャツの袖から伸びる小麦色の腕をかざす。


「この分だと夏休みが終わる頃には全身真っ黒ね」

「そうかも! あ、でもね、手のひらと水着の所だけは白いんだよ、ほら!」


 そう言って、旭はシャツの裾をたくし上げ、ズボンのウェストを少しずらして見せた。

 上下でくっきりと濃淡が分かれた少年の下腹部に、夕季の視線は釘付けにされ。


(ッッッッッッはァァァァァァァァ~~~~~~↑↑↑↑!!!1!!!!!)


 それでも鉄面皮ポーカーフェイスを続ける色白の顔に、つつ、と赤がつたう。鼻血である。


「わ、夕季お姉さん大丈夫!?」

「心配しないで。ただの生理だから」

、でしょ」


 表情だけは平静を装う夕季に、彰吾は呆れ顔で箱ティッシュを手渡した。


 *


郡上八幡ぐじょうはちまん城へ行ってみない?」

「お城の研究ってこと?」

「そ。夕季案(庭に麻を植えて毎日跳び越える)より良いでしょ。M市ここからなら、ちょっとしたドライブ程度の距離だし」


 郡上八幡城は戦国時代に建てられ、昭和初期に改修された後は一般にも公開されている。

 小学生が社会科の自由研究として題材にするには格好と思えた。


 彰吾は「それに」と付け加え。


「あそこは今、山防人の調査班がミィ・フラグメントゥムの採集調査に入ってるの。一石二鳥ってワケ」

「ミィ・フラグメントゥムがあるの!?」


「十中八九ね。城の管理法人との調整がとれ次第、改修工事に見せかけた発掘作業が始まる予定」


 彰吾に代わり、夕季は眼鏡のブリッジに指を添えレンズを正しながら口を開いた。


「これまでの出土記録やDRLの稼働データを基に、研究班はミィ・フラグメントゥムが持つ一つの性質を突き止めた――ミィ・フラグメントゥムは人の想いが堆積する場所に現れる、と」

「人の想いが、堆積?」

「人間のもつ思念は道具や建物、あるいは土地に染みこむようにして残留するものなの。歴史的な城や遺跡というのは、造られた時だけじゃなくて今に至るまで数えきれないほどの人々が関わっている。こうした場所を集中して調べていけば、きっとミィ・フラグメントゥムは効率よく見つけ出せるわ」


「――アラ、そこまで話しちゃって良かったの? サン」

「旭くんはですから。情報共有は当然でしょう」


 表情を変えずに答える夕季である。

 それでも、彼女が旭を身内と呼ぶ声音には、どことなく温かさが込められていた。


「八幡城、行ってみたい! 僕にもミィ・フラグメントゥムを見つけるお手伝いできるかな」

「自由研究のことも忘れちゃダメよ。あとね、忘れちゃダメついでに――旭、堆積する想いってのはね、キレイなものだけとも限らないからね」


 きょとんとした顔で見上げてくる旭。彰吾は自分にかけた輪袈裟を指で撫でた。


「怒り、悲しみ、怨み。悪意だとか、負の感情が積もった場所だってあるし、正反対の気持ちがごちゃ混ぜになってることもある。八幡城だってそうよ。今は観光地になって街の人々の思い出が集まってるけれど、昔は戦場にもなってたし、工事をするときに人柱になった人だって居たの」

「人柱――」

「その顔だと、言葉の意味は知ってるわね。せっかく行くんだから、色々な想いが集まっていることを知って、感じる努力をしなさいな」


 表情をひきしめて頷く旭の頭に大きな手を置いてから、彰吾は車のキーを取りに行った。


 *


 同刻、八幡城。


 臨時閉館で人払いをされた場内に、十数人の作業員が倒れている。

 いずれも、山防人の構成員。彰吾や夕季と同じく、非日常の存在と対峙する術を訓練を積んだ者達である。

 あるいはうめき声をあげ、あるいは気を失う山防人たちの中心に、ただ一人黒いスーツに身を固めた痩せぎすの男が立っている。



「さーァ、祭りを始めるぜーェ!」



 サングラスの奥で、金色の蛇眼が怪しく輝いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る