21 地底を識る女
「……おい、旭」
――気をつけろよ、という言葉は省いて、虎珠は身構えた。
いつの間にか背後に立っていた得体の知れない女に対し、肩のドリルはいつでも廻せる状態だ。
「
「げ」
即答する旭に、虎珠の目が点になる。
虎珠が旭に何か言おうとする前に、女が口を開いた。
「こりゃ奇遇だね。彼を訪ねて来たはいいものの、この町は初めてでね。坊や、案内してくれないかい?」
「……お爺ちゃんは、亡くなりました」
目を伏せる旭に、女も表情を曇らせた。
少年に対し肉親の死を思い起こさせてしまった申し訳なさと、女自身が湛える寂しさが入り混じった表情である。
「無神経なこと訊いちまったね、ごめんよ――坊や」
「旭です」
「ん、
反芻するように言う女の視線は、親しみ、あるいは慈しみをもって旭に向けられている。
そして、視線は次いで隣の虎珠へと動き。
「そっちの坊やも、そう怖い顔しなくたって良いさ」
「虎珠だ。坊やじゃねえ」
「坊やは坊やさね」
からかうような口調の女だが、虎珠の頭に血が昇ることはなかった。
何よりも、女に対して抱く違和感が先に立つのだ。
「――――アンタ、俺が何なのか知ってるだろ」
問われてから、一瞬だけ女の飄々とした様子が消えた。
一拍、考えるような間を置いてから女は元のつかみどころの無い調子で答えた。
「知ってるさ。ラ=ズだろう?」
――とぼけやがって、と舌打ちまじりに呟いてから、虎珠は旭に向き直り。
「旭、こいつを
この女は間違いなく“何かを知っている”。
虎穴に入らずんば虎子を得ずという地上の言葉を虎珠は知らないが、ちょうどそのような腹積もりであった。
「そうだね。彰吾さんや夕季お姉さんにも相談しなきゃね。ねえ、お姉さんはどうしてお爺ちゃんを探してたの?」
「立ち話で済ませられる内容でもないんでね、川鋼寺とやらに着いたら順を追って話すさ。この土地の大人も居るようだしね」
「うん。じゃあ、ついてきてお姉さん。川鋼寺、すぐそこだから」
「ところでその“お姉さん”てのは、ちと居心地が悪いねぇ。
*
旭たちは川鋼寺に到着したが、留守のようであった。
時刻は19時。普段であれば寺には明かりが点いている頃である。
門の前でどうしようかと考え始めた所へ、灰にまみれた黒いSUV車が停まった。彰吾の車である。
「旭! 丸一日、どこへ行ってたのよ!?」
運転席から飛び出した彰吾が旭の両肩をガシと掴む。
続いて「ケガはない!?」と体中をまさぐり始めた。
「彰吾さん、ちょっと待って……うひゃ、くすぐったいって!」
「蜜択和尚、落ち着いてください。それ、私に代わって」
無表情で手をわきわきとさせる夕季を見て冷静さを取り戻した彰吾は、改めて旭に尋ねた。
「八幡城で何があったの?」
「えっとね、色々あったんだけど……」
「ジャラジャラをやった。俺と旭が電身してな。その後、勢いで地底世界へ行っちまって、さっき戻ってきたんだ」
一口に顛末を話した虎珠に、彰吾は首をかしげ。
「電身……それで、地底へ……? DRLにはそんな力もあるってコト? じゃあアンタ達は地底世界で一日過ごしてたの」
「え、一日? 僕たち、すぐに地上へ戻れたんだよ」
「
口を挟んだヘレナに一同の視線が集まる。
「――あなたは?」
訝りを顔に出さず問いながら、夕季は記憶を辿った。
このただ者ではない気配の女が、全国に潜伏する山防人の中の一人ではないかと考えたのだ。山防人は地下のネットワークで繋がっており、横のつながりは強固である。
しかし変装の可能性を考慮してもなお、やはりヘレナとは初対面であった。
「
ミィ・フラグメントゥムと聞いて、彰吾と夕季がただならぬ緊張を覚えた。
ミィ・フラグメントゥムに関する事項はトップシークレットだ。そして、穿地暁蔵の名をそこに並べるということは、DRLの存在をも知っていることを意味している。
「用心深いのは結構なことだが、安心しとくれ、私はアンタたちの味方をするつもりだよ。知ってることはこれから全部話してあげるさ」
虎珠に加えて彰吾と夕季の視線を浴びながら、ヘレナは両手を広げてひらひらと手の平を振ってみせた。
「お前、いったい
「分かんないかい? 鈍い坊やだねぇ――
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