20 奴らはみんな生きている
「地底世界って、本当に!? ここがそうなの!?」
「ああ。残念ながらゆっくり案内してる場合でも無えがな」
地底と聞いて高揚しかける旭の関心を察し、虎珠はあえて水を差すような声音で言った。
「う、うん……ジャラジャラもこっちに来てるのかな」
「だと思うぜ。手負いの
直観である。
電身を授けた謎の声、自らにみなぎる力の感覚が虎珠にミィ・フラグメントゥム――“次元連動装置”DRLの本質をさとらせていた。
いまの虎珠には、DRLが多重次元を制御し得ることが実感をもって理解できている。
ジャラジャラも地底世界に来ている――旭に答えた通りの確信を持って、虎珠は岩肌の地平を見回す。木々が生い茂る地上の山を見た後では、地底の風景はことさら荒涼としているように感じられた。
すぐに岩陰にうずくまる“それ”らしき影を見つけ、虎珠はいつでも肩のドリルを廻せるよう心づもりをしながら近づいた。
「……ジャラジャラだ」
旭が呟くように言った。
ジャラジャラは、既にこと切れていた。毒々しい極彩色の
胴体の真ん中に、ぽっかりと穴が空いていた。ミィ・フラグメントゥムの球があった部分である。
「お前がやったのか」
虎珠が大きな目に険しい眼光を宿して言った。
視線の先には、骸となり朽ちゆくジャラジャラの傍に立つ一体のラ=ズだ。
全高1メートル、頭部が極端に大きい3頭身の人型。虎珠と同じノマル族であろう。
流線形の頭殻は暗い紫色をしており、額に大きなルビー色の珠が輝いている。その両脇から四本のドリル角が後方へ向かって伸びており、竜を模した兜飾りを思わせる。
細面のマスクの奥で光る額と同じルビー色の瞳には、少女のような可憐さと超然とした冷たさが同居している。
ただ右腕だけがドリルの隙間からのぞき、ジャラジャラの胴に嵌っていたミィ・フラグメントゥムを掴んでいる。
「そいつをどうするつもりだ」
紫色のラ=ズは答えない。
焦れた虎珠が一歩前へ踏み出すと、外套のドリルが一斉に回転を始め――紫のラ=ズは空間に染み込むようにして姿を消した。
「待ちやがれ、“
虎珠が叫び、紫のラ=ズが居た場所に飛び掛かった。
しかし伸ばした手が何かに触れることはなく、ただ足元でジャラジャラの骸が崩れるだけであった。
「虎珠、あのラ=ズと知り合い?」
「知らねえよあんなヤツ」
「え、いま名前呼んでたよね。“刻冥”って」
旭に問われ、虎珠はようやく首をかしげた。
「あ? そうだったか……? とにかくあの
「あれ女の子だったんだ……」
「そのくらい見たらわかるだろ」
「へぇ、ラ=ズにも男とか女とかあったんだね」
「当たり前だろ。ンなことより、とっとと
なぜ自分はいま、知りもしないラ=ズの名を叫んだのか。
“電身”の智慧を授けたあの声は何者なのか――――自分は、何者なのか。
もやもやとした不安のような、焦燥のような何かがうずまいてくるのを誤魔化すように、虎珠は腕にドリルを装着した。
「帰り方わかるの!?」
「ああ、わかるよ! なんでだか知らねえけどな!」
旭の問いかけを突っぱねるように、虎珠は半ばヤケになってドリルを廻す。
その時、足元から突き上げるような地震が起きた。地底世界では珍しくない、震度3から4程度の揺れである。
虎珠が小さく舌打ちをして、前方の地面を睨みつける。
ひときわ大きく地表が揺さぶられて、岩肌が弾け。
地面の下から大きな二つの影が飛び出した。
「なにアレ!?」
旭が悲鳴に似た声をあげる。
目の前に現れたのは、それぞれが大型バスと同程度の
一方は円筒形の節が繋がった赤茶色のパイプのような姿。頭部と思しき楕円形の先端がうごめいている。
もう一方は錆色をした昆虫の姿。バッタに似た六本脚に薄い翅をもち、前脚の先はシャベルのようになっている。
その二体が、金属が軋む音をまき散らしながらもつれるようにして争っていた。
「ミミズとオケラだよ!」
「大きくない!?」
「だいたい、あんなモンだろ!」
虎珠にとっては“当たり前の光景”だが、旭にとっては奇怪きわまる怪獣バトルである。
解説を頼みたい旭であったが、何やら妙に苛立った様子の虎珠にこれ以上いつもの調子で話しかけることはためらわれた。
「あとで教えてね、虎珠!」
「あとでな!」
虎珠がドリルの回転数を上げる。迸る力の奔流が、足元に螺旋模様の溝を刻んでゆく。
地底ミミズと地底オケラが、争うのをやめて虎珠の方を向いた。
2大クリーチャーは地響きを立てて迫ってくる。
虎珠の
ミミズとオケラの頭上へ達して、急降下!
「オラアアアアアア!」
絶叫と共に真下へ加速!
0.3秒でドリルの切っ先がミミズの先端とオケラの眉間に接触!
その光景を例えるなら、ハンドミキサーを刺し込まれた豆腐だ!
四散するミミズとオケラの肉片を回転力で更にまき散らし、そのまま地面へ急速潜行!
地中に入った虎珠は更に加速。
速度がある領域まで達したところで自らの力とは別の“何か”が身体を下へと引っ張ってくるのを感じ、虎珠はほくそ笑み。
ふたたび天地が裏返る感覚と共に、虎珠と旭は急速に“浮上”していった――
*
ドリルにアスファルトを突き破る手ごたえがあり、地表へ飛び出してすぐ二人は電身を解いた。
頭上を見上げれば、地底世界特有の赤々とした
「地底世界にゃそう長く居なかったつもりだが、思ったより時間が経ってるみてーだ」
「ここ、M市の“旧駅”だね。ほら、古い電車」
旭が指さしたのは、廃線から20年が経つ路面電車の車両だ。
M市の旧駅は現在は駅としての役目を終え、往時の面影を保存した観光スポットとして町の一角に残されている。
二人は、ともかく川鋼寺へ向かうつもりであった。
ここがM市で、いまが夜であることは分かったが、郡上八幡城での戦いから実際にどれだけの時間が経過しているのかは判然としないし、彰吾や夕季がどうしているのかも確認する必要がある。
駅を出ようと振り返った二人は、その時ようやく自分たちの背後に一人の女が立っていることに気が付いた。
「ちょいと、坊やたち」
ウェーブのかかった黒髪が夜の薄闇に艶を流す、東欧系の美女である。旭に言わせるなら「外国人のお姉さん」だ。
ブラウンレザーに真鍮の鋲があしらわれたコルセット、黒いスカートにも同じような革と金属の装飾。
普段着にするにはいささか酔狂なスチームパンク風の浮世離れした
虎珠が注視し警戒したのは、足元であった。
しばらく地上世界に滞在していて、通常の人間は動くときに何らかの
例外は、
身構える虎珠を、地底世界のラ=ズを目の前に。
女はまったくの自然体で口を開いた。
「ギョーゾー・ウガチという人を知らないかい?」
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