40 Potestas“M”

 砂面にうつ伏せたパシフィスの上に、巨大なしゃちほこの体がのしかかる。

 みしり、と灰色の巨躯が軋む音がする。

 しかしパシフィスからはうめき声ひとつ聴こえず。

 ピラミッド・虚空こくうドリルはたしかに致命打を与えていたのだ。


「この間抜けも、いちおう役に立ったわね」


 一分いちぶの感情もなく呟いて、メガラニカは鯱の尾にあたる部分を――八本の巨大なタコ足を動かし。

 虎珠とらたまたちの身の丈ほどある吸盤がパシフィスの体に張りつくと、伏した灰色の巨体が急速に朽ち始めた。


「オォ……ォ……!」


 象頭が呻きとも悶えともつかない声を発する。

 みるみるうちに灰色が白に近づき、表面が崩れていく。

 一方、張りついた蛸足は末端から根元へ向かって何度も隆起を繰り返す。


 怪魚の体は膨張していた。

 メガラニカが、パシフィスを“吸収”しているのだ。


「止めないと――ッ!」


 刻冥が両腕のドリルを回して飛び込むも、何かに弾き返されてしまう。

 いつの間にかメガラニカの周囲に細い半透明触手が張り巡らされていた。

 網目状に編まれてドリルの切っ先を受け付けない蚊帳かやのようである。


 そして。

 みなぎり切ったメガラニカの鯱体しゃちたいから四肢が生えた!

 尾と同じ蛸足に似た強靭な腕と脚。表面を岩山のような牡蠣殻がプロテクターのように覆う。


驚・巨・魚ギョギョギョ


 “胸”の鯱がわらい、巨大半魚人が身を起こす。

 もう物言わぬ骸に成り果てたパシフィスを踏み砕き、立ち上がった全高は30メートル。


「改めて名乗りましょう。私は大螺仙ダイラセン・ギガラニカ!」


 言うと共に、両肘両膝の殻が巻貝ドリルに変形。

 禍々しく回転を始めた海棲ドリルが、レムリアに切っ先を向けた。


「食い止めるぞ!」

「「心得た」」

「……向こうの結界に穴を開ける。そこから接近して」


 刻冥が腕と翼のドリルを前方へ向け、ギガラニカが張り巡らした触手の蚊帳に接触。

 左右合わせて12本のドリルが空間を捻じ曲げ、半径数メートルの突破口を開いた。


 真っ先に突撃した濤鏡鬼、上半身を回転させて巨柱シールドドリルをギガラニカの向うずねに叩きつける。

 だが牡蠣殻を削り切る前に蹴り飛ばされた!


 続いた虎珠が噴進器スラスターから火柱を吐き出し加速して、鯱の眉間にドリルを突き立てる。

 衝撃を受けた金色の鱗が爆発! リアクティブ・鱗!


 空中で体勢を立て直す虎珠。

 その頭を踏み台にして、嵐剣丸が二段目の大跳躍。

 頭頂てっぺんの蛇髪女に肉迫すれば、迎撃の触手ドリルが四方八方から迫って全身を貫いた。


 穴だらけになった“青まゆげ薬局”の看板が落ちてゆく!


「「変わり身! からの、分身!」」


 10体の嵐剣丸が蛇髪女を取り囲み、棒ドリル手裏剣を一斉投擲!


「踏み込みが甘い!」


 ギガラニカの一喝で蛇髪が拡がり、飛んできた手裏剣を薙ぎ払う。

 重ねた触手ドリルによる追い討ちで、分身はまとめて霧散させられた。


 ラ=ズを蹴散らしたギガラニカは悠々と、一歩ずつレムリアに近づく。


 刻冥が指一本動かせないレムリアのもとへ駆けつけようとするが、レムリアは静かなヘレナ・ブラヴァツキーの声でそれを制した。


「嬢ちゃん。ギガラニカあいつが居る。嬢ちゃん刻冥はノクスだ。それなら、もう、。わかるよね?」

「……レムリア!」


「それじゃ、あとはよろしく――――」


 言い終える前に、ギガラニカのドリルが四柱同時にレムリアの全身を貫いた。

 大きな鐘が叫ぶようなすさまじい音と共に、引き裂かれた黒鉄の躯体が石灰の塊にかえってゆく。


 後頭部のドリルが切っ先まで灰になり。

 総身と命が完全に崩れ去る、その間際まで――レムリアは刻冥と虎珠を見つめていた。

 百数十の世紀にわたり想い続けた、“彼”の面影を見つめていた。



 ――――ねえ、ムー。

 あなたを見送った時のあたしも、あんな表情かおをしてたのかい?――――



「ヘレナさん!!」


 砂漠の一部になりゆくレムリアを見て、旭が叫ぶ。


「旭、い、いまは。いまはよ……」

「――!」


 虎珠の声がこわばっている。

 彼の内部うちがわに居る旭はそれに気付き、こぼれそうになる自分の涙を引っ込めて。


「あいつのツラは、二つある!」


 友の足を支え、背中を押した。


「――――!!」


 ヘレナの口癖を吐き出せば、不思議と力が湧いてくる。

 決して気のせいではない。


 虎珠の気配は明らかに変化したのだ。

 その気配オーラは、傍らに降り立つ刻冥によく似ていた。


「虎珠、旭。レムリアから授けられた通りにドリルを廻して。特訓だけじゃないよ……あの人と過ごした思い出も、いまの気持ちも、回転ドリルにこめるの。だから――」

「ドリルとは、生きること――?」

「刻冥。知ってんなら教えてくれ。レムリアが俺にくれたモン……魔破斗摩マハトマとは、なんだ。そしてドリルを回す俺は。!?」

「魔破斗摩とは、レムリアが大螺仙ムーへの想いを形にした回転螺導ドリルハーツ。私たちが受け継ぎ廻していくべきもの。なぜなら――刻冥わたしと虎珠は、ムーの遺志ミィ・フラグメントゥムなんだから!」


「俺自身がムーの欠片いちぶだと」


 黙ってうなずく刻冥に、虎珠は自分のドリルを掲げてみせ。


「ありがとよ、つっかえが取れたぜ。あとはだけって事だな――俺は、俺だ。このドリルは俺のドリル。ムーなんてヤツは知らねェ……俺は、師匠レムリアがくれたモンを廻す。それだけだ!」


 虎珠の啖呵に、刻冥は小さく「……それでいいと思う」と答えた。


 ギガラニカへ向き直った虎珠は、ゆっくりとドリルの回転数を上げ始める。


 渦巻くおもいで、ドリルが廻る。


 火がついたいかりを軸にして。


 ――ドリル奥義マハトマが、廻り始める!

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