37 我古来闘者

“赤の影面”とは、飛騨の影一族が代々の頭領に継承してきた家宝である。

綿貫つらぬき夕季ゆきも、生まれたその日に先代頭領の父から受け取ることになっていた。


夕季の父・綿貫つらぬき暮時くれときが屋敷の隠し部屋に赤の影面を取りに行った時、異変は起きた。

錠前付きのはこに保管された家宝に、姿形のないがとりついたのだ。

ちょうど赤ん坊ほどの大きさをした“何か”に変じた家宝は、サナギのように見えた。


視えざるものを視る術を修めた夕季の父は、家宝に染みり息づく付喪神(ラ=ズ)の魂があまりにもであることに気付く。

じっさい、山防人の研究者たちはこのサナギを、発生して間もないラ=ズが何らかの偶然により地上へと浮き上がったものだと結論した。


――娘が生まれた日に、同じく生まれたばかりのラ=ズが“赤の影面”に憑依した。


ただならぬ運命めいたものを直観した暮時くれときは、そのラ=ズを娘のとして迎えることにした。


「お前は今日より我が子なり――――嵐剣丸」


 寝息をたてる夕季の隣で同じく静かに胎動するラ=ズのサナギ。

 父は、そのどちらにも等しく慈愛の眼差しを注いだのである。



 嵐剣丸のドリルを一片呑み込んだ夕季が早九字を切ると、すぐに変化が生じた。

 装束の下の素肌が金属質に硬化し、少女と大人の同居したおもても瞬く間ににび色の光沢をはなち。


「まさか、本当にDRLこれを使わずに電身を……?」


 耳まで裂けた口を歪ませてリビドが固唾をのむ。

 対する夕季は文字通り鉄面皮メタルフェイスのまま、凛とした声を響かせた。


「人間と螺卒とのパス強くすることで電身は成る。幼い頃から共に育った私と嵐剣丸は阿吽関係シンクロ率400%。そして――?  影一族の忍びは、異物くすりを体内に取り込み肉体を一時的に強化する訓練を受けている!」


 傍らで嵐剣丸が頷く。

 完全に金属メタル化した夕季が肩に手を置くと、そのまま嵐剣丸の身体にずるりと吸い込まれた。


「――させなくてよ!」


 血相を変えたリビドが触手ドリルを伸ばす。

 鋭く回転する尖端が、弾丸のごとき速度で嵐剣丸の胸部へ到達し、貫いた。


 驚愕に、目が見開かれる。


 リビドの目が見開かれる。


「遅い」


 背後から夕季の声がする。

 リビドは即座に嵐剣丸の姿をした“抜け殻”から触手を引き抜き、振り向いて。


 空蝉から抜け出たその姿を見た!


「「――――電身・嵐剣丸」」


 若い男と女の声がユニゾンして響く。


 夕季と電身ひとつになりをとげた嵐剣丸は姿が変わっていた。

 以前は背中から生えていたサブレッグは大腿部へ移動し一体化。

 右腕のから伸びるドリルは大型化し円錐形となっている。

 対する左腕の錐型ドリルは少し短くなった。左肩には大小数本の予備ドリルを装備マウントしている。

 外殻ボディは紫色を基調としている。

 額には飛騨一族の秘宝・赤の影面を思わせる紅の縁取りがあらわれ、首元からたなびく牡丹色のリボンと共に鮮烈さを感じさせる。


「「リビド。お前には、返してもらうものがいくつもある」」


 日本刀の刃を思わせる気配に、リビドはたまらず幾条もの触手ドリルを一斉に繰り出した。


「「合計25本、一対一でお相手つかまつる」」


 嵐剣丸のすがたがピントを外したようにブレる。

 直後、嵐剣丸は迫る触手と同じ数に分身した!


 ひと所に向かっていた触手たちは即座に方向転換し、めいめいが嵐剣丸の分身を刺し貫く。

 標的に質量てごたえなし!


「残像か!」


 然りと答える代わりに、分身軍団が左肩の錐ドリルピンバイスを投擲。

 螺旋の針が驟雨しゅううのごとくリビドに降り注ぐ。


 残像が放ったドリル手裏剣も、幻影に違いない。

 にもかかわらず、大小のドリル刃はリビドの触手を引き裂き甲殻に突き立った!


「ッッッッ――!?」


 リビドのかおから余裕が消えた。

 一流のくノ一たる草戸そうど めいの記憶・知識と、自身のラ=ズとしての見識とを併せれば、嵐剣丸の分身が何者であるのかは察しがつく。


 ゆえに、その恐ろしさにも理解が及ぶのだ。


「「まずは人質ノクスを返してもらう。しばらく、そこで縫い留められていろ」」


 分身たちが放つ幻影のドリル手裏剣が再び降り注ぐ。

 リビドは足を止め防御に徹するしかなかった。


――嵐剣丸の分身は“意思を持つ残像”であった。


 人間と電身したラ=ズは、全高1メートルほどの小さな身体にすさまじい密度のプラズマエネルギーを保有する。

 嵐剣丸は、そのプラズマを自身の残留思念という形で固定しているのだ。

 自分とまったく同じ働きをする地縛霊を限定的にいくつも生み出している、とも言い換えられるだろう。


 そして、残留思念とは濃密な精神の力である。

 そのような存在に攻撃された対象あいては、強い暗示にかかる。

 精神が“傷つけられた”と強制的に認識させられたことで、肉体の方にも影響が及ぶのである。

 暗示が現実の肉体にもたらす作用については、近年、プラシーボ効果・ノシーボ効果として医学薬学的にも注目され研究が進んでいる。


「おのれ……おのれ綿貫つらぬき夕季ゆきィィィィィ!」


「「認識を改めよ。だ」」


 リビドを分身で足止めした嵐剣丸ほんたいは跳躍。

 蹴散らされたイカ型ラ=ズの石灰なれのはてが積もるステージに着地するが、真正面に捉えたノクスは狂気の歌を一心不乱に歌い続けている。


 並みの者ならば4小節も聴けば前後不覚になるであろう洗脳音波だ。

 嵐剣丸ふたりが至近距離で平静を保っていられるのは、20年にわたる修行の賜物である。


「「或る人曰く、力には技、技には魔法、魔法には力。しかるに、アイドルには――」」


 嵐剣丸が両手で印契いんげいを次々と結ぶ。九つの密印を一秒足らずで結び終えると、スポットライトによって色濃く足元に落ちる影に右掌を置き。


「「――なり!」」


 足下の影がカルメ焼きのように盛り上がった!

 たちまち全身影色マックロ無貌カオナシのカエルの姿となった影は、嵐剣丸を背に乗せてノクスと対峙。

 影蛙の喉が大きく膨らむ!


「「忍法カエルテクノ!」」


 影蛙の喉の膨らみがグラフィック・イコライザーのごとく大小様々な四角柱のトゲを出しては引っ込める。

 鳴り響く電子音!

 整然としながら無秩序。矛盾の多重奏が、ノクスのアイドルソングをかき消してゆく。

 すると、残りわずかになったホタルイカ型ラ=ズ達はにわかにうろたえ、地中へ逃れる者が出始めた。


「ああ……あ……ッ!」


 ノクスの虚ろだった瞳に動揺の色が差し込んだ。

 洗脳音波の影響が相殺されているのだ。


――テクノはアイドルソングに克ち、アイドルソングはヘヴィメタルに克ち、ヘヴィメタルはテクノに克つ。

 この三竦さんすくみの関係は、裏音楽業界に携わる者達の間でまことしやかに語り継がれてきたものである。


「「邪念無明・皆悉霧散!」」


 電身・嵐剣丸の喝を合図にカエルテクノは終演。

 イカ達は一匹残らず退場し、ノクスも糸が切れた操り人形めいてその場に倒れた。



「ノクスどうなってる!?」


 ステージに駆けつけた彰吾の声に、嵐剣丸は頷きで返した。

 ノクスが気絶していたのは数秒。今はゆっくり眼を開け、立ち上がろうとしているところだ。

 胸を撫で下ろす彰吾に、嵐剣丸は用心を促した。


「「気を抜いてはならない。まだ、リビドが健在だ」」


 上階の観覧席を指さす。リビドを足止めしていた分身の姿がいつの間にか消えている。

 無音になったホールに、の怒声が響いた。


「20年かけた! あの方の残滓を受け継ぎ、地上に潜伏し、嗅ぎまわる人間ニンゲンを取り込んで――ようやくここまできた!」


 スポットライトが消える。

 ドームの天井が、客席が、ステージが、地下柳ケ瀬の街並みが、消える。

 リビドが繕っていた体裁まぼろしはことごとく消えうせ、があらわれる。


 黒い岩石の足場が二つ。四方を流れるマグマの激流に隔てられて、リビドと嵐剣丸たちは相対していた。


「今ここに、メガラニカ様の転生は、達成されるッ!」


 リビドは耳まで裂けた口に苦無くない型DRLをくわえ両手を胸の前で組むと、マグマの中へ身を投げた。


じゅマグマ自殺ですって!?」

「「否、奴の気配は消えていない!」」


 マグマの激流をさかのぼる巨大なが一瞬見えた。

 膨れ上がった気配がどんどん遠ざかってゆくのが嵐剣丸には知覚できた。


「……DRLによる電身の応用。リビドは自分の身体にメガラニカを憑依させた。もう、リビドじゃない……復活した大螺仙ダイラセンメガラニカ」

「ノクス、大丈夫なのアンタ」


 心配する彰吾に視線だけをやって、ノクスはいつも通り抑揚に乏しい声音で話を続ける。


「メガラニカはパシフィスと合流して、今のを再現するつもり。次、復活するのは間違いなくアトランティス。ぜったいに、させない……追いかける」

「追いかける、って――ノクス、ちょっと一人で盛り上がり過ぎよ。やっぱりまだ、どこかおかしくない?」


 彰吾の声かけにノクスは応えない。


 ひたすら、メガラニカが遡上したマグマの先を睨み。


 捻利部ねじりべノクスは、小さな声で、はっきりと口にした。



「――電、身」



 彰吾が、嵐剣丸夕季が、濤鏡鬼が息を呑む。


 少女の小柄な身体は、更に小さな全高1メートル――――螺卒(ラ=ズ)の身体へと変化モーフィング


 姿をあらわした闇色のラ=ズ“刻冥こくめい”が、大きな紅色の瞳にマグマの激流を映していた。

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