38 大螺仙の領域
ドリル獣スフィンクスが大型トラックほどある前脚を叩きつける。
褐色の砂塵が巻き上がり、中から橙の小さな影が飛び出した。
旭と電身した虎珠だ。背中の
「
刻冥のドリル返しを受け
照りつける太陽光を反射して、美しい炎のような刃紋が輝きを帯びている。
ヒュゥ――ン、と、空気を切り裂く音がする。
その回転で刀匠の
スラスターの光が弾けた。スフィンクスの顔面めがけ突撃!
一瞬で鼻先に踏み込んできた虎珠に対し、ドリル獣スフィンクスは口を開き竜巻を放つ。
バレルロールで竜巻をかわして螺旋前進!
巨大な獣に小さな橙色の脅威が肉迫!
額のドリルを振り回しての迎撃にも、対応!
両腕のドリル、スフィンクスの喉を――貫通!
刀匠が鍛えたドリル刃は、戦闘機の機関砲をも受け付けぬドリル獣の外殻を音もなく斬り
喉元から後頭部へ突き抜け、側頭部、肩口、腹、背中、もう一度腹、側頭部。何度も巨体を貫通してから、虎珠はスフィンクスに背を向けて着地。
穴だらけの巨体がぎこちない動きで前脚を持ち上げる。
最期の一矢は叶わず。ドリル獣スフィンクスの首がごろりともげ落ちれば、主を失った胴体も力を
「レムリア、こっちは片付いたぞ!」
虎珠が叫ぶ先では、ピラミッドを背景に二体のダイラセンが対峙している。
鋼鉄の戦姫レムリアが自身の周りから空中を走る線路を幾筋も伸ばし、象頭の灰巨人パシフィスを包囲。
都市部の路線図めいて複雑にからみあった空中線路は
「
虚空から出現した列車たちが空中線路に載り、次々とパシフィスめがけ特攻をかける。
無人列車爆弾だ!
軌道はレールによって制御されているが、パシフィスの身体もまたレールによって縛られている。回避不能、特急波状攻撃である。
「お・の・れぇぇぇぇぇぇ!」
パシフィスは突撃してきた先頭車両を両指のドリルを射出して撃ち落しにかかるも、潜り抜けた列車は灰色の巨体に直撃し爆発。
「
パシフィスをその場に釘付けにしながらレムリア(ヘレナ)は振り向き、両眼から赤色のサーチレーザーを発振し“目標”を示した。
レーザーの先に見えるのは、砂上に
猛スピードで迫ってきた背ビレは、レムリアとパシフィスの付近へ到達。
砂面が弾け、全長20メートルの魚影が躍り出た。
そのシルエットを
吸盤がついた八本の脚はそれぞれが大木の幹のようだ。それでいて前方は牙をむく
鯱の額には海蛇の髪をもつ女の上半身がレリーフのように浮き上がっている。
――往時の海図には、幻島だけでなく多くの怪物の存在も記されていた。
幻島はラ=ズと融合して我々の知る地球“上”から消えた島である。
となれば、付近に棲んでいた
すなわち、いま目の前に現れた海魔の集合体こそ。
「――――メガラニカ! おおお、お前は、メガラニカじゃないか!」
歓喜を叫ぶパシフィスには応えず、メガラニカは横合いから激突。
鯱の牙が線路をかみ砕き、そのままパシフィスにぶつかって弾き飛ばした。
象頭の巨体が仰向けに倒れ、砂煙が巻き上がる。
「ハァーッハハハ! 蘇るなり身を挺してオレを助けてくれるとは! その想いに応えぬわけにはいかんなァァァ!」
「
心底から吐き出した冷淡な声を浴びせられながら、パシフィスは一向に気に留めていない。
線路とまとめて吹っ飛ばされた巨体を立て直しながら、双眸の光は一方的で独りよがりな好意をメガラニカに向けている。
鯱の額に浮き出る女の顔があからさまに嫌悪を浮かべる。
それでもメガラニカはパシフィスに並び、全身の鱗の隙間から触手を展開。さらに、鯱の口中から十数基の巻貝型ドリルを射出し周囲の地面に打ち込んだ。
「グハハハ! 愛の! 共同作業ォォォ!」
「……ああ、
パシフィスがその場で四股を踏むと、地震が発生。
巨体を中心にした砂紋が同心円状に拡がり、周囲の巻貝ドリルを共鳴させる。
弾けた巻貝の
パシフィスの地震によって地底から強制的に呼び寄せられたラ=ズが、メガラニカの巻貝を触媒として顕現したのである。
「ヤナガセ組はしくじったみたいだねぇ……
「すごい数!」
「
虎珠が手近なスフィンクスの足元へ飛び込んでゆくのを視界の端で見届け、レムリアは眼の前のダイラセン2体に注視。
破壊された線路を再構築し、今度は自身の周囲に張り巡らせた。
「この
「
パシフィスの周囲に地震が起き、砂粒が絶え間なく巻き上げられる。
メガラニカの全身から歌声とも叫び声ともつかぬ、聴く者を狂気へといざなう怪音波が発せられる。
三大螺仙は各々の力を具現化させ、空間を支配する。
そして、その境界を絶えず侵食し合うのだ。
「魔破!」
レムリアは展開した
複数のレールを跳び渡っての高速立体超特機動だ!
メガラニカが迎撃の触手を伸ばす。
触手の尖端ひとつひとつがドリルだ。直径120mmの砲弾に等しい威力が、自在な軌道で飛んでくる!
海魔の
無数の触手を紙一重でかわしながらレールを滑るレムリアの軌道が空中に円弧を重ね、美しい幾何学模様を描いてゆく。極めた魔破斗摩の動きが描き出すそれは“
一分足らずでメガラニカの弾幕を突破、パシフィスの対空突っ張りも繰り出したレールでいなして、肉迫!
背中の巨大ドリルが回転し、四肢に螺旋の力をみなぎらせる。
必殺の
「土に
爆炎が弾ける。
至近距離から叩きつけられた衝撃に、巨体がバランスを崩し膝をつく。
――レムリアが、膝をついている。
「あらあら。こんな大きな釣り針に引っかかるなんてね。油断はいけないわ」
コバンザメ型ミサイルを侍らせて、メガラニカはうずくまるレムリアを見下ろした。
「なるほど、そこが急所か!」
「20年前の古傷なのよ。ね、レムリア?」
レムリアはどうにか首を持ち上げてメガラニカを睨む。
爆破された左脇腹を押さえる指の隙間から、石灰化した外殻がざらさらと流れ落ちていた。
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