少年とドリル 編

01 穿地 旭

 ざく。



 ざく、ざく、ざく。



 静かな林に、スコップを土に差し込む音が聴こえる。


 少年・穿地うがち あさひが、黙々と地面を掘る音である。



 旭の祖父・曉蔵がこの世を去ってから一年。

 一周忌の法要の翌日、少年は山の中腹にある木の根元を掘り起こしていた。


“発掘作業”を始めてから、かれこれ二時間。

 まだ体も発達しきっていない少年が休みなくスコップを動かし続けられているのは、ひとえにこの“場所”が彼にとって特別だからだ。



 ――家の裏山にタイムカプセルを埋めてある。11歳の誕生日がきたら掘り起こしなさい――



 小学校に上がったばかりの頃かわした約束が、そのまま祖父からの遺言になっていた。


 疲れを知らず掘り続けている穴の大きさは直径一メートル。

 深さは少年の肩までが埋まるほどだ。



「あッ!」



 まだ変声期をむかえていない旭の声が、木々に響いた。

 スコップの先が固いものに当たり、それが石ころではなく金属の箱であることがわかり、少年はいっそう手を早めて“それ”を掘り起こした。



 出てきたのは、アルミに似た質感の、真四角の箱。

 弁当箱のように上下に開くものであるが、四隅がボルトで固定されている。


 旭は、遊びに行く時いつも着ているジャケットの、三番目のポケットからスパナを取り出した。

 彼はジャケットのポケットにこういった工具や虫眼鏡、小型ライトなどの道具をぎっしり詰め込んでいるのだ。


 数年間、土中に埋まっていた金属の箱であったが、幸いにもボルトは容易に取り外すことができた。



「わぁ……何これ!」



 箱に収められていたものを見て、旭は初め“砂時計”だと思った。

 しかしよく見れば、ルビーを削り出したかのような赤色透明の円錐が一対、先端でつながっている。

 そして、円錐にはらせん状の溝が切られていた。


 少年は、この不思議なオブジェクトにしばらく魅入った。

 なぜだか分からないが、いつまでもこうして眺めていられるように思える。


「すごいや……何だろ、何だろコレ。そうだ、蜜択みったく和尚なら知ってるかも!」


 真っ先に思い浮かんだのは、顔馴染みの僧侶だ。

 旭は、砂時計か鼓のような形をした手のひらサイズのそれを上着のポケットにしまい、穴から出ようとした。

 ちょうどそのとき、地面が下から突き上げられたかのように揺れた。


 旭はとっさに穴の中に身を屈め。


 すぐに収まった地震に少々怯えながら、顔を出す。



 ――少年は、地震よりも直接的に恐ろしく、非日常的なものを目にした。



「ロボットだ……!」


 彼はそれを一目見て、漫画やアニメで時々目にするそれを思い浮かべた。


 地震と共に現れたのは硬い質感の巨人であった。

 身の丈三メートルはあろう巨体は、逆三角形の白い大きな胴体から短い二本の脚とアンバランスな長さ太さをした左右の腕をそなえ。

 胴体に埋まった頭には一本角。顔には二つの目だけがあり、しきりに辺りを見回している。


 旭は、このロボットが混乱しているのではないかと思った。

 キョロキョロと周囲の木々を見ていた両眼が、左右でたらめに動き始めたからだ。



 ――ふんが――――――!



 予感的中。

 取り乱したロボットが、巨大な円柱と一体化した右腕をでたらめに振り回し始めた!


 腕は周囲の木々をやすやすとなぎ倒す。


(どうしよう……こんなときはどうすれば……!?)


 旭は穴から頭だけを出して考えを巡らせたが、突然のロボット災害に対応する術は思い浮かばず。


 暴れる巨人をはらはらと見ていると、やがてへし折れた大木が倒れて巨人の脳天に直撃した。


 転じて、静寂。



 ゆっくりと巨人の頭から転がり落ちる大木。


 先ほどとは打って変わって慎重に周囲を見回す巨人。



 そして、巨人の三白眼が小さな少年を。

 旭の姿を、とらえた。


「ぼ、僕がやったんじゃないよ!?」


 言いながら、旭は慌てて穴から飛び出し、巨人に背を向けて駆け出した。


 言葉を交わさずとも、あの乱暴な巨人がすごく怒っていることは理解できたからだ。

 なんとなく、話とか通じないタイプなんだろうな、と思えたからだ。


 ――ふんが――――――!


 実際、そうだった!


「だから僕じゃないって!」


 謎の巨大ロボットがのしのしと地面を揺らし、一歩ごとに柱のような右腕を振り回しながら迫ってくる。


 旭にとって、この裏山は勝手知ったる庭のような場所である。

 巨人が通りにくい木々の合間をぬって駆け抜ける。


 だが、体躯の差はそのまま歩幅の差であり、旭はじわじわと追い詰められていった。


 遂に、巨人の右腕ひと振りが届くと距離に至り。

 山道を全力疾走していた少年の足がもつれ、転倒し。



 巨腕金棒を振り上げる白巨人に、旭は立ち上がることができず土に尻をつけたまま後ずさり。



 ――ふんが――――――っ!?!?



「え……?」


 巨人の腕は振り下ろされなかった。


 地面の下から何かが飛び出し、そのままの勢いでアッパーカットを見舞ったのだ。

 大木を脳天に受けても平気だった巨人は、その一撃で仰向けに倒れた。



 旭は、これは夢なのかと思ったが、今しがた転んで擦りむいた膝は確かに痛むのだ。


 暴れ狂う巨大ロボットからダウンを奪った者もまた、ロボットだった。

 旭と巨人との間に音もなく着地した体躯は、全高一メートルほど。

 一体目のロボットはおろか、小学生の旭よりも小柄だ。


 旭から背を向けているが、姿形はじゅうぶん特徴的であった。


 まず胴体と同じくらい大きな頭には猫の耳のような突起がある。

 橙色のボディの所々には黒い縞模様ストライプがあしらわれており、頭の意匠と相まってどことなく虎を思わせた。

 特に目を引くのは、左肩と右腕にそなわる身の丈に及ぶ円錐状の物体だ。

 表面に螺旋状の溝が切られたそれは、ドリルであった。


 しばしば人型ロボットや海底軍艦などに装備されるこの類の円錐ドリルは、一般的に戦闘用ドリルと呼ばれている。



「立てよ、おい」


 目の前の小さなロボットは、右腕の戦闘用ドリルを前へ向けて言った。

 若い男のような――精悍な青年のような声だった。


 その言葉は旭に言ったのではなく、今しがた自らが殴り倒した巨人に向けたものらしい。


 巨人はゆっくり立ち上がり、小さなロボットを睨み付ける。


「へっ――!」


 不敵な笑いと同時に、左肩のドリルがひとりでに外れて腕へと装着される。

 ほとんど足首だけしかない短い足が僅かに曲げられ、小さなロボットが両腕の戦闘用ドリルを構えて前傾姿勢をとった。


 臨戦状態ファイティングポーズである!



「おっパジめようぜ――――第二ラウンドだ、“濤鏡鬼とうきょうき”!」

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