42 応報

 白炎びゃくえんのラ=ズ、火焔虎珠皇ファイヤーこじゅおうがギガラニカを見上げる。

 その体格差、実に30倍。

 見据える先は遥か頭上、蛇髪の女。


 背中から伸びた4基のドリルが回転を始める。

 鋭く空気を切り裂く音と共に、切っ先が空間を刻み螺導紋サークルを描く。


「――理解わかる。わかるぜ。いま、俺の背中に新しい世界ドリルが4つ生まれた」


 螺導紋らどうもんとは、ドリルの回転により生み出されたひとつの世界である。

 各地に神話として伝わる乳海撹拌による創世、その再現だ。

 神話を再現し、自身の意のままになる固有宇宙くうかんを作り出す。

 それが大螺仙ダイラセンたちの行う空間支配の正体なのだ。


「……虎珠……もとい虎珠皇。もう大丈夫だよね」

「おう。時間稼ぎは終わりだ」


 刻冥が頷き、螺導紋の補強をやめる。

 今まで押しとどめていたギガラニカの触手ドリルと巻貝ミサイルが一斉に虎珠皇へ殺到した。


 虎珠皇も、同化した旭も冷静に敵を見据えたまま背中のドリルを廻す。

 回転速度がピークに達した時、虎珠皇の姿が消えた!


「む……上ね」


 ギガラニカは一瞬で上空30メートルにした虎珠皇を補足。

 触手ドリルの軌道を上へ向け、追加のミサイルとダメ押しのクラゲ型半透明浮遊機雷を展開。


 まっすぐに飛ぶ虎珠皇に触手の刺突が迫る。

 左右からの挟み撃ちに対し、虎珠皇は空中で直角に方向転換!

 その先に追撃のミサイル。これも直角に回避!


 虎珠皇の速度は既に肉眼での視認が困難な領域に達している。

 飛行の軌跡は、急角度の方向転換を何度も繰り返しながら空に白い光の直線を刻む。


 ――未確認飛行物体UFOである!

 ミステリーサークルから飛び立ち、不規則に折れ曲がる直線の軌道で飛行する存在。

 我々地上人類が異星人の仕業と目してきたUFOの正体は、ドリルを進化させたラ=ズであった!


 先に述べたように、ドリルの回転は瞬間的に小規模な宇宙せかいを生み出す。

 これは、我々が存在する三次元空間せかいにおいて、新たな空間せかいが存在する――してしまうという矛盾ありえないを意味する。

 当然、元の空間はすぐさまあるべき状態へ戻ろうとし、ドリルが創り出した小規模空間を起点に巨大な斥力が発生する。


 これがUFO(ラ=ズ)の“反転式空間掘削推進”――通称“ドリル逆噴射”の原理である!


「この、ムーのでき損ないが!」

「とことん俺をムカつかせてェようだな、クソババァ」


 虎珠皇が両腕を胸の前で交差。

 五指の鉤爪カギヅメギンと輝き。


魔破斗摩マハトマ電蛇爪デンジャークロー!」


 交差した腕を開くようにして振るえば、青空に波紋が拡がる。

 紫電をまとう扇状の衝撃波は空中の機雷クラゲをまとめて爆散させた。

 雷に匹敵するプラズマが叩きつけられ、ギガラニカの視界が白く――0.01秒隙ができる!


「魔破斗摩・極電拳ごくでんパンチ!」


 本体からだから切り離された両肩のドリルが基部の噴進機構スラスターを展開、紅い炎が噴き出す。

 師・レムリアにならい、ロケットドリルを敵へ向かって発射!

 一対の超音速がギガラニカの空間障壁バリアに牙を突き立てた!


 空間に張られていた見えないに亀裂が入り砕け散る。

 虎珠皇が戻ってきたロケットドリルを腕に装着する間に、その隣をマッハ3の速度ですり抜けてゆくものがあった。


 エジプト空軍機が発射したミサイルだ。

 ギガラニカの空間支配が揺らいだことで外側からの視認を許したのである。

 ミサイルはまっすぐギガラニカの巨体めがけてゆき、ちょうど虎珠皇の前方十数メートルの空中で銀紙を丸めるようにしてひしゃげた。

“表層”こそ無効化できたが、ギガラニカの周辺は未だ揺るぎない彼女の権能内テリトリー。近づく者には10000メートルの深海に匹敵する“圧力”が容赦なく襲いかかるのだ。


 ミサイルが潰れるのと同時に、触手ドリルが迎撃!

 空軍機のコクピットを精確に狙った一撃を、滑り込んだ刻冥が腕のドリルでカウンター!

 触手ドリルは軌道を逸らされ戦闘機の片翼をもぎ取った。


「……そっちは任せるから」


 そう言い残して、刻冥は墜落する戦闘機のもとへ飛ぶ。

 虎珠皇は目線だけで仲間を見送り、改めて両腕と背中のドリルを廻し。


 ――白銀の閃光が砂漠の空に、一筋ドリル


 超速度スピードのUFO軌道で突撃する虎珠皇は、ギガラニカに肉迫しても圧力の影響なし!

 ダイラセン・ギガラニカと同等の空間創造支配能力をもつドリルが、相手の空間を自身の新空間で相殺しながらからだ!


 火焔虎珠皇のドリルは何人なんぴとにも止められない!

 一瞬にして触手ドリルと巻貝ミサイル、クラゲの機雷をかいくぐり、司令塔たる蛇髪女の頭部を粉砕!


 しかし。

 知らずのうちに身についた残心の所作で屠ったばかりの対手へ振り向けば、砕いたはずのギガラニカ・ヘッドが元通りに生え変わっていた。

 棘皮動物ヒトデじみた自己再生能力である!


「フフフ、それだけかし――」


 生え変わった頭部が言い終えるより早く、再び粉砕!


「ぶっ潰しても元通りかよ。ちょうど良いぜ。テメーのツラを何度でもブン殴れるってことだろ!」


 

 


 虎珠皇は空中を何度も何度も往復し、何度でも何度でもギガラニカの頭部をドリルした!

 ギガラニカの再生能力はメガラニカ固有のそれにパシフィスの強靭な質量力が合成されたものであり、身体のどの部分をどれだけ破壊されようと一瞬で元に戻る“無限肉体”だ。


 ――そのはずだ。そのはずなのだ。それなのに――


「おい、さっさと再生しろよ」


 虎珠皇が空中で静止して

 焦りを隠せなくないギガラニカの再生速度は、いつの間にか肉眼で確認できるレベルになっていた。


「へっ、初めて会った時から頼りになるヤツだぜ――嵐剣丸!」

「夕季お姉さん、内側そっちはお願いします!」


 *


「期待には必ず応えてみせる。だって、お姉さんは忍者だからね」


 電身した嵐剣丸の中で夕季が呟いて、目前の光景をにらむ。

 天井、壁、床、いたる所で肉色のひだがうごめき、進む先には暗闇だけが続いている。


 嵐剣丸は、ギガラニカ体内への侵入に成功していた。最初の襲撃時に分身に紛れて、である。

 身の丈30メートルのダイラセンは、動く砦や城のようなもの。忍者が入り込めない理由はない。


「「そろそろ中枢か」」


 嵐剣丸は言いながら苦無くないで手近な肉壁を斬りつけた。

 ナマコを裏返したような壁面がぱっくり割れ、青紫色の体液がにじむ。

 だが傷口はすぐにふさがってゆく――その際に周囲の襞がぼんやりと光を帯びたのを、忍びは見逃さない。


「「対巨大人型螺卒侵落戦術、通称“一寸法師の術”。絵巻物ひでんしょ通りにものだ」」


 嵐剣丸が見ているのはギガラニカの経絡エネルギーの流れである。

 ラ=ズに限らず、再生能力とは新陳代謝とほぼイコール。言い換えれば“気“を流すことであり、支流から辿れば大元おおもとへ至ることができる。

 これは山防人が現代にまで伝えてきた対螺卒戦術ノウハウの一部に過ぎない。

 そう。“一寸法師”や“桃太郎”はなのだ。今日こんにちだれもが知るおとぎ話や伝承の中には、過去の山防人たちとラ=ズとの戦史や戦闘教義が暗号として埋め込まれているものも少なくない。


 先ほどの淡い光はギガラニカの中枢から来たエネルギーの流れ。

 しかも、いまは外側で虎珠皇が破壊した頭部を再生するために肉壁全体に何度も光が走っている。

 もはや正解の道が示された迷路のようなものだ。

 はたして、嵐剣丸はおよそ5メートル四方の空間に辿り着いた。


「「――――めい」」


 空間へやの中央にモノに呼びかける。

 返事はない。

 俯いた裸身の美女――草戸そうど めいは、ギガラニカに取り込まれたまま意識を失っていた。

 壁面から伸びる触手の束が肢体に絡みつき、嬲るように蠕動ぜんどうしている。

 胸元に貼り付いたイソギンチャクの間に、ボゥと輝く物体が見えた。

 リビドであったとき夕季から奪った苦無くない型DRLだ。


「「リビドよ。もう聴こえてはいないだろうが、残り、返してもらうぞ……!」」


 嵐剣丸が腰を落として構えると、呼応するように周囲の肉襞が一斉に開いた。

 襞の一つ一つは、まぶたであった。

 イカの眼球に似たソフトボール大の目玉が、おびただしい数の視線で侵入者を捉える。


「「来るか、妖怪・目目連モクモクレン!」」


 四方上下の目玉群が黒目の中心から高圧縮された水流を発射!

 コンクリートの塊をも切断する鋭利な水のビーム、餌食になれば蜂の巣は必至だ。

 対する嵐剣丸は全身の独楽コマのように高速回転させた!

 水ビームを弾きつつ、中枢空間を外周から中心へ向かって渦を巻いて移動。

 移動しながら放つのは反撃の手裏剣だ。

 十字、八方、まんじ、棒、ドリル。様々な形状の手裏剣が、嵐剣丸を狙う目玉の数だけ投げられて――全発皆中ワンショット・ワンキル

 潰れた目玉が撒き散らす体液をも身体の回転で弾きながら、中心部のめいに接近!


「「――忍法・脱衣だつえの術!」」


 嵐剣丸がすれ違った瞬間、明にまとわりついていた触手がすべて排除され美しい裸身が露わになった!


 脱衣の術。

 すれ違いざまに女子の衣服をはぎ取る術として一部で有名な忍術だが、元来は具足で身を固めた武者を無力化するために編み出された秘技である!


 嵐剣丸は全高1メートルの小さな体で軽々と明を抱きかかえ、煙玉を足下に叩きつけた。


 煙が晴れる。

 忍者の姿は、

 もぬけの殻になったギガラニカの中枢空間で、すべての目玉を潰された壁面が一斉に白い灰となって崩れ始めた。

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