44 終末再臨
「――――
意識を取り戻した
ギガラニカの体内から救出した際には一糸まとわぬ姿であったが、いまは牡丹色の布――広げれば一畳分になる夕季のリボンで胸元から膝の上までを包まれている。
「
夕季は口元を動かす。声は聞こえない。
明は唇を読んでみたが、どうやら本当に言葉に詰まっているようで。「相変わらず
*
「
順番に目配せする明の視線が、旭が首に提げ、夕季が腰帯にさし、彰吾が手に握るDRLへと移る。
「重要なのはその目的だった。穿地曉蔵……曉蔵さんが定期的に足を運んでいた
「……20年前に力を削いだ
言葉を継いだノクスに明はうなずき、不覚をとったことを認めた。
「メガラニカの眷属リビドは私に強制憑依して身体と精神を乗っ取った。あとは知っての通りよ。メガラニカの復活、ひいてはアトランティス覚醒の手伝いをさせられていたの」
「
「ええ……何度も何度も抵抗したわ。だけど、私の力は及ばなくて」
「アンタが及ばないってことは相当キツいのね、強制憑依って。よく頑張ったじゃないの……ホント、遅れてゴメンね」
深く穏やかな彰吾の声は、心底から明を案じていたことを窺わせる。
それだけではない。
一度は明を抜け忍として処分する覚悟を決めた夕季の身をも案じていた、兄貴分の安堵が声音にこもっていた。
「私の話はここまで。次は、あなたよね――刻冥(こくめい)」
水を向けられたノクスに一同は注目。
ノクス本人が口を開くより先に、旭が声をあげた。
「刻冥も同じなの? 刻冥もノクスに乗り移って……」
「いいえ……私はノクス。私は刻冥……二人でひとつ」
「もっとわかりやすく言えよ。ノクスを乗っ取ったわけじゃないなら、俺と旭みたいに電身してるのか?」
「どこから説明すればいいのかわからないから、最初から話すね……私と、刻冥が出会った時のことから。私は、パパとママが死んだ飛行機事故で一緒に死んだの。その時に……
「どういうこった」
「曉蔵と共にメガラニカを封印してから、
「リビドの破壊工作ね。私の記憶を引き継いで曉蔵さんの調査を進めれば刻冥の存在にたどり着く。私を乗っ取ったリビドは、ムーに
言って、明は美しい
操られていたとはいえ、血に塗れた己の所業を悔いているようだった。
そして、悔いている者はもう一人あり。
「ノクスは巻き込まれて独りぼっちになってしまった。私のせいなんだ……ううん、もう気にしてない……最初にぜんぶ話してくれたし……刻冥がずっといっしょに居てくれたから……独りぼっちじゃ、なかったし」
独白のようなノクスの話を黙って聞いていた彰吾が、不意に「なるほどね」とつぶやいた。
「その妙な独り言って、別々の人格が一度に話しているのね?」
「うん……気をつけてないと変な風になっちゃうから……できるだけ喋らないように……してた」
「ん、だいたい分かったワ。刻冥。捻利部家に接触した理由、もう一つあるんでしょ?」
「……うん。もう一つの理由は――
「あいつ、って……」
固唾を呑む旭の瞳に、ノクスの赤い瞳が映っている。
「お爺様が変わり者で有名だってことはパパから聞いていた。20年前に刻冥が曉蔵と界転に出会えたのは、二人が地底世界の研究者だったから。だけど、メガラニカを封印する戦いの後、界転は曉蔵と距離を置くようになった。刻冥と一つになった私は日本でお爺様と暮らすようになって、あの独り言をいうクセが私と同じだって――お爺様の中には、私と同じように
「ねえ、ノクス。まさか、
「勿体ぶるなよ刻冥。ドリル博士ン中にアトランティスが居る。そうだな?」
数秒の沈黙。
肯定を意味する沈黙は、ノクスの葛藤を意味する沈黙でもある。
「……だけど確信はなかったし、たった一人の肉親になってしまったお爺様を信じたいって気持ちもあったから……私たちはノクスが刻冥であることを秘密にして、独自にミィ・フラグメントゥムを集めることにしたの。真実がどうであれ、力をつけなくちゃ何もできないから」
「――――そして、真実は見えた。お互いにな」
声に向き直れば、白衣の捻利部界転が腕を後ろ手に組んで立っていた。
「ドリル博士――!」
「いつの間に立っていた!?」
「周りに車もヘリもラクダも居ない。どうやってここまで!?」
「ワープゲートだ」
言い切ると同時に胸まで伸びたドリル髭が揺れ、全員が黙った。
「そこの君、ご苦労だった。私がノクスの正体に確証を得られたのは、リビド君の働きあってこそだ」
抑揚のない、形だけのねぎらいの言葉。
明に睨みつけられても意に介さず、界転は眼鏡のブリッジに中指をあてた。
四角いレンズが光りを反射して白く光り、彼の眼差しは窺えない。
「もっとも、私の方もうすうす感づいてはいたがね。それもまたお互い様ということだな。私の牽制には気づいていたかね? 山防人と行動をともにしながら正体を隠すのはさぞ骨が折れたろう」
話しかけた孫娘との距離は十数メートル。
互いに一歩も踏み出さず“間合い”を保っている。
「……お爺様、聞かせて。私のこと……捻利部ノクスのことをどう思っているのか、聞かせて」
「ふむ、そうだな。私が答えればよかろう。うむ、ノクスは大事な孫だよ」
界転は、砂漠の真ん中でかわされるにはあまりにも不似合いな、日常的にすぎる口調で言い放つ。
何の含みもない素朴な一言。
ゆえに、この男の胸の内をありありと表して。
「――――つまりアンタは平気な顔で大事な家族を拘束して、身体中を調べ上げるのね」
「認識の相違だな彰吾君。むしろ、そんなことを他人には任せたくないと考えるのが一般的ではないのかね?」
ばん、と空気を叩く音がした。
いきなり巻き上がった砂塵の中から橙色の影が飛び出して、一直線に界転のもとへ突っ込む。
金属音と共に発生した衝撃波が砂塵を吹き飛ばす。
晴れた視界には交差する二つの影だ。
右のドリルを唸らせて突撃した虎珠と、回転するラ=ズのドリルを片腕で受け止める界転である。
破れた白衣の袖の下からは、銀色の地肌が覗いていた。
「なるほど、
ドリル博士が片腕を振るう。
すさまじい力で払いのけられた虎珠は、旭達のもとまで吹っ飛んだところでどうにか体勢を立て直した。
「私にとって最大の関心は、いまも昔もドリルのみだ。“地底世界のラ=ズとはなにか”。それを確かめること以外は――ああ、そうだ。何であれ、ついで程度のものに過ぎん」
ドリル博士が白衣の懐に手を入れる。
取り出したのは、両端が円錐形のドリル状になった黄金の
「――DRL!?」
思わず声をあげた夕季に、界転は満足げにうなずいた。
壮年の怪人が、はじめて見せた表情らしきものであった。
「
ドリル髭が揺れ、口端がわずかに吊り上がる。
ノクスだけが、この男がいま高揚していると判った。
「地球上の生物は死ねば微生物に分解され土へ還る。では地底世界の住人であるラ=ズが地上で灰になった場合はどうなると思うかね? 私の研究では、ラ=ズの魂魄とでも言うべき“存在の証”が地底世界へ還ることがわかっている。それはダイラセンとて同じだ。つまり、だ。大陸をも呑み込んだ強大なドリルは、いましがた三柱まとめて地底へ還り、新たなドリルへと生え変わる時を待っているのだよ!」
ドリル博士が口端をつり上げたまま歯を剥いた。極まった歓喜に呼応するかのように、右手に握った独鈷が光を放つ。
「なんか知んないけど、マズいことやろうとしてるわね! みんな、止めるわよッ!」
四体のラ=ズに加え、夕季と彰吾もが一斉に捻利部界転に飛び掛かる。
だが、彼らは一人として界転のもとへたどり着くことができず。
見えないレールに乗せられて、もと居た場所へ弾き飛ばされてしまった。
「その対応は正解だ。正解だが、一歩遅かったな。私の空間支配は既に完了している。せっかくだから講義を最後まで聴いてゆきたまえ。知っての通り、DRLは三次元空間同士の壁に孔を開け、任意にトンネルを作る役割を果たす。今から実践するのはその応用、いや、元来の用途だ。別世界へ通ずるトンネルを掘るのだ――すなわち、
烈震。
ピラミッドは崩れ、砂漠のあちこちでは間欠泉のごとく砂が打ち上げられる。
崩れる砂と巻き上がる砂が一つ所へ流れ込む。流砂の行方は、捻利部界転の足元だ。
恍惚とした表情で天を仰ぐ界転が、両腕を大きく広げたまま流砂に呑み込まれた。
流砂は巨大なアリジゴクめいて、みるみるうちに直径を拡げ。
100メートルの円形に達したとき、中心から巨大な
あまりにも巨大な、一本脚の
左右の半身をそれぞれ金と銀に輝かせる
全高百メートルを超す
「その名は。我が名は。余の名は――――
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