26 激突螺卒

よ」


 ヘレナが門前に立つ。足をわずかに広げ、肩の力を抜いた自然な立ち姿だ。

 しかし、彼女を中心にして異質な気配がみるみるうちに膨れ上がってゆく。


 ――一瞬、ウェーブのかかった長い黒髪が風もないのにフワ、と浮き上がり。


 旧家の軒下から真っ白い何かが飛び出した!


「出たわね! 一反木綿かしら!?」


 空中に浮遊するラ=ズそれに対し、彰吾は見たままの印象を口に出した。

 ヘレナが発した“気”にあてられて飛び出したラ=ズは、どうやらひと巻きの和紙と融合したらしい。幅は70センチほど、長さにして5メートルはある薄い長方形をしたカラダでひらひらと空中に漂っている。

 尾にあたる片端には、ソフトボール大の赤いミィ・フラグメントゥムが巻き込まれていた。


「こんな街中狭いところじゃ濤鏡鬼とうきょうきを呼ぶわけにもいかないわね。アタシは避難誘導に回る! あなたも避難しなさい、ノクス!」


 ノクスが頷いたのを確認し、彰吾が周囲に避難を促す声を上げる。

 突然あらわれたバケモノに困惑していた人々は一人、また一人とその場から離れていった。


 しばらく空中を漂っていた一反木綿のラ=ズは、逃げてゆかず自分に視線を向け続けている人間――旭とヘレナに気がついた。

 ラ=ズは長方形からだをひるがえし、先端あたまを二人の方へ向ける。襲いかかる体勢だ。


「出番だよ、坊や!」


 ヘレナの声を合図に、一反木綿が突っ込んでくる!


「坊やはやめろっての――!」


 玉砂利を敷き詰めて舗装された地面が弾け、飛び出してきたのは橙色の3頭身。虎珠だ!

 旭とヘレナを狙う一反木綿の目の前に割って入り、腕に装着したドリルを回転させたまま薙ぎ払う!


 突撃を阻止された一反木綿は軌道を逸らし上空へ。

 着地した虎珠は上方の敵から目を逸らさぬまま、ちょうど背後にいる旭に呼びかけた。


「“電身”すっぞ、旭!」

「うん!」


 旭のDRLが白い光を発し、プラズマ化した身体が虎珠に吸い込まれる。

 わずか0.1秒で電身完了! 虎珠の背部に出現した噴進機構スラスターが青白い炎を吐き出す!


 一反木綿が急降下、転じて地面すれすれの低空飛行で再突撃。

 横をかすめた精肉店のノボリが立て続けに二本、スパリと切断された。


 旭と電身した虎珠が垂直に跳躍、バーニア噴射で転進して足元を通り過ぎた敵を追う!


 横に並んだ二体のラ=ズが、幾度もぶつかっては離れながら空に白と橙の軌跡を刻む。


 数合の激突の後、両者は上空でぴたりと動きを止め対峙した。


 一反木綿のラ=ズが自らのカラダをねじり始め――全身を巨大なドリルと化し高速回転だ!


回転数チカラ比べか――上等だッ!」

「正面からぶつかるんだね!」


 対する虎珠と旭も両腕のドリルに力を込める。

 張り詰めるような甲高い音をあげて廻る一対のドリル刃が、螺旋状の炎をまとった!



 ――――真正面から激突!



 ぶつかり合うドリルとドリル。


 数秒のり合いを経て、一反木綿の全身ドリルに異変が生じた。


 白いドリルが炎をまとったのだ。

 パワーアップではない、引火だ!


 ラ=ズは、回り続けながら断末魔の叫びをあげた!


「へっ、もうちょっと考えて融合しろよな!」


 虎珠の背部スラスターが大きな火柱を噴き、空中で更に踏み込む。

 両ドリルで敵を貫き、その勢いで地表へ着地。

 空に留まる一反木綿のラ=ズは白い灰になり、そのまま風にさらわれていった。


「虎珠、ミィ・フラグメントゥムが落ちてくよ」

「いけね、取りにいかねぇと――」


 虎珠が振り返ると同時に、前方の地面が弾けて何者かが飛び出した。

 紫色の影だ。

 そのまま空中まで跳びあがり、ミィ・フラグメントゥムをキャッチした。


横取りするの!?」


 突如あらわれたラ=ズに、旭が声をあげる。

 ミィ・フラグメントゥムを持つのは、数本のドリルを外套マントのようにまとう全高一メートルほどの紫色――ラ=ズの刻冥であった。


「久しぶりだね、刻冥」


 声をかけてきたヘレナに、刻冥は大きな紫色の眼を向けた。

 かつて共に戦った仲だという両者は、その場から互いに一歩も動かず“間合い”を保ったままである。


 無言のままでいる刻冥が、何人も寄せ付けぬ気配を発しているのだ。


ミィ・フラグメントゥムそいつを返しやがれ!」


 地底世界での一件を根に持つ虎珠は即座にドリルを回転オン、スラスターに点火して一気に踏み込んだ!


「迂闊だよ、坊や――ッ!」


 咄嗟にヘレナが叫ぶも、虎珠は既に刻冥へ肉迫。

 迫る二本のドリルに対し、刻冥は――外套のドリルを風に揺れる木の枝のごとくわずかに動かすのみ。



 ――――ギギィ、と、金属が何かに引っかかる大きな音がした。



 続いて、虎珠が放物線を描いてから地面に落ちた。

 刻冥から数メートル離れた場所まで弾き飛ばされた虎珠の全身には、いつの間にか大小無数の傷が刻まれていた。


 ダメージの影響で“電身”が解けて放り出された旭を抱きとめてから、ヘレナは悠然とした立ち姿を崩さない刻冥に目を向けた。


「“ドリル返し”――間違いなく刻冥だね。何がしたいんだい、アンタ」


 ヘレナの問いに、刻冥は応えず。

 身にまとった外套のドリルが音もなく回転すると、小さな紫色の影は空間に染み込むようにして姿を消した。


「待ち、やが――れ――――」


 やっとの思いで声を絞り出したところで、虎珠は気絶。

 刃が無惨にこぼれた両腕のドリルが、力なく地面に横たわった。

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