46 流星たち

『大西洋の中心に突如、巨大な“建造物”が出現』


『某国は軍事衛星による観測を試みるも全貌を捉えることができず、何らかのジャミング機能を有する人工物兵器と推定』


『航空機、艦船、潜水艦、あらゆる手段で接触をはかるがこれも失敗。なお、目標に接近した巡洋艦は船体を沈没した』


『謎の“海上要塞”が出現してから24時間後、米国とアフリカの大西洋沿岸部で巨大な地震が発生』


『マグニチュード8を超える大規模な地震が連続して発生。一向に止むことのない異常な烈震は徐々に被害範囲を拡大している』


『震源地はある地点を中心として放射状に拡がっていることが判明。国連はその地点を――大西洋の中心に陣取った謎の存在を“アトランティス”と呼称することにした』


 *


 「以上が、現時点までに得られた情報です」と、夕季は手にしていたタブレット端末を応接間のテーブルに置いた。

 川鋼寺せんこうじに集まった面々――堀 彰吾、綿貫つらぬき 夕季と嵐剣丸、穿地うがち 旭と虎珠、捻利部ねじりべノクスは、一様に沈痛な面持ちでうつむいている。


「ヨーロッパの退魔士協会エヴィルイレイザーズは引き続き各国の姉妹組織に情報提供を続けるとのことです」

「ギリギリまでその場に留まって、ね――」


 彰吾が天井を仰ぐ。腰かけたソファがミシ、と小さな音をたてた。


 復活をとげた大螺仙ダイラセンアトランティスは、かつて自身が陣を構えた場所に再び立っている。

 その目的は一万二千年前に試みてムーに阻まれた“全大陸との融合”。否、盟約にて同一化した捻利部ねじりべ 界転かいてんがもたらした更なる――“地上地底の万物との合一”である。


「僕たち、どうすればいいのかな」

「ぶちのめすだけだろ」


 不安を隠しきれずうつむく旭の膝頭に、傍らに座る虎珠が手を置いた。左の膝がラ=ズ特有の熱で温まる。

 次いで、右の膝にも熱感。

 ノクスは、旭を赤い瞳でまっすぐ見つめていた。


「続報よ。大西洋沿岸全域で“百鬼夜行”が同時多発。映像も来ています」


 端末に映し出されたのは、度重なる大地震で無惨に荒れ果てた異国の風景。

 原型を留めぬ瓦礫の山々からバグ族のラ=ズが出現。

 カマキリの卵が孵化するかのように一体、また一体と無数に這い出してくる。


「……ラ=ズだけじゃない……地底と地上との境界が……完全に取り払われてる」


 ノクスが指した瓦礫が弾け、全長3メートルの巨大な地棲昆虫オケラがシャベル状の両前脚を持ち上げた。

 更に、工場の配管がそのまま動き出したような金属ミミズも我が物顔で地上をのたうつ。


 ラ=ズだけでなく、地底世界のみに生息する鉱生物までもが地上にび寄せられているのだ。


「これも大陸を動かす、なんでしょうね」


 端末の画面に目をやりながらも彰吾は思案顔を崩さない。

 この男は人智を超えた事態に直面してもなお、打開への道筋を模索している――“兄貴分”に信頼を寄せる夕季は頷きつつ、端末に表示された新たな通知アイコンをタップした。


 旭にはさっぱりわからない、英語ではない言語が数十行にわたって並んでいる。

 夕季はその報告文書に目を走らせ、眼鏡のブリッジに指を添えた。


「朗報、って言っていいのかわからないけど。悪い報せではありません。百鬼夜行とは異なる形で――どこからか出現したラ=ズ達が、現地の人間に力を貸しているらしいわ」

「……虎珠や私とだね……つまり、ミィ・フラグメントゥム由来のラ=ズ。ムーはアトランティスが地上全土に侵攻することも予期して……カウンターとして、私達じぶんを欠片にしたから……」


 同じく文書に目を通したノクスが夕季の言葉を次ぐ。

 ラ=ズの研究者であり、 ムーの欠片ミィ・フラグメントゥム“刻冥”でもあるノクスは、アトランティスの復活と共に各地のミィ・フラグメントゥムが一斉に目覚めたことをさとった。

 だが、それだけではなく。


「きっと……人知れず戦ってきたミィ・フラグメントゥムのラ=ズたちがたくさんいる……世界中に……!」


「なるほどネ。アタシたち以外にも、戦ってくれる人たちが居るってコト――」


 彰吾は息をひとつ吐き。

 もう一度ソファをミシ、と鳴らした。


 *


 その日、寺で泊まることにした旭は夜になっても寝付くことができず、寝巻のまま境内まで出てきてしまった。


 空を見上げる。

 星々が瞬く夜空をぼんやりと眺めていると、飛んで行く流星がいくつか見えた。

 旭は少しも驚かない。あの流星の正体を知っているからだ。


 昇る流星たちは、世界のどこかにいる“仲間”たち――ミィ・フラグメントゥムのラ=ズ、そして、彼らと電身した人間たちである。

 あの星の光は。顔も知らない仲間たちが、共通の敵アトランティスを目指し馳せてゆく光なのだ。


 昼間、そのように説明してくれたノクスの面持ちが今でも頭に浮かんでくる。


 少なくとも笑顔ではなかった。

 悲しみでも怒りでもない。

 これから自分もあの星のひとつになるのだという決意――それともまた違うのだろうと、旭は思った。


「ノクスは……刻冥は迷ってるのかな」

「そうかもね」


 独り言に返事をされて驚きながら振り向くと、彰吾が立っていた。


「いま濤鏡鬼とはなして来たの。アイツ“兄貴のく所、どこまでもついていく”ですって。なつかれたモンよネ、悪い気はしないけど」

「虎珠は“いますぐ乗り込もうぜ”って言ってた」


 数拍、逡巡の間をおいて。

 旭は彰吾の顔を見上げて問いかけた。


「怖くないの?」


 ただ一言の問い。

 彰吾おとなは答える前に「旭は、怖いのね?」と返した。


「僕、友達と殴り合いのケンカだってしたことがなかったんだ。だけど、今はをやってる」


 眉まで剃り落とした彰吾の瞼がぴくりと動く。

 目の前の少年は、感受性が豊かで、祖父譲りの聡明さをもつ少年は、大きな瞳と唇を震わせながら“殺し合い”と口にしたのだ。

 彼は当たり前の事実を、あるいは無意識に目を逸らしてきた現実を、ついに実感したのである。


「今まではずっと夢中で戦ってた。レムリア――ヘレナさんが目の前で真っ白な灰になって……のを見て、はじめて気が付いたんだ」

「そうね。アタシたちがやってるのは命のやりとりヨ」

「だから怖いって思った。それでも、僕は虎珠と一緒に戦うって決めたから、負けちゃいけないって思った。って、思ってたんだ」


 少年は自身で話しながら、自身の胸中を見つめ直し。

 ひとしきり吐き出してから「だけど」と口にした。


「戦ってるのは、僕たちだけじゃなかったんだね」


「そうよ。旭以外にも、同じように戦える人たちがいる。一人ひとりが、旭や虎珠と同じように戦って、成長して、強くなって、ね。」


 彰吾を見上げる旭が、わななく唇で音を立てながら息を吸う。

 輪袈裟わげさの代わりに作務衣の襟をひと撫でして、彰吾はつとめて優しくした声音で言った。


「さっき“怖いか”って訊いたわよね。アタシは怖いわ。何より怖いのはね――こと」


 少年の肩がビクリと震える。

 涙をこらえる小さな少年に、大人の男の言葉は包みこむがごとく覆いかぶさった。



「旭。もう、戦うのめなさい」

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