47 男の胸中

「ご両親にぜんぶ話して、その上で決めなさい」

「……うん」


 旭を家まで送った帰り、彰吾はM小学校の門前あたりで車輛ビークル形態の濤鏡鬼とうきょうきから降りた。


「さすがね。DRLで繋がってる相棒がどこに居ても判るってワケ?」

「何やってんだ、お前ら」


 振り向いたアスファルトの路面には直径1メートルの大穴が開き、傍らに橙色の螺卒ラ=ズ虎珠とらたまが立っている。

 夜闇にぼんやりと浮かび上がるスカイブルーの眼つきは険しい。

 その目つきに、彰吾は虎珠と初めて会った頃のことを思い出した。


「旭を家に帰してきたわ。アタシたちだけの都合で、なし崩しに連れていくのはフェアじゃないもの」

「“お父さん”や“お母さん”に引き留められるのがフェアなのか? どうして旭をわざわざ迷わせるんだ。ビビッてんなら入れてやるのが“仲間ダチ”ってヤツなんじゃねえのか」

「アタシと旭は仲間でもあるけど大人と子供でもあるのよ。親元から離した子供に危険なことをさせるなんて無責任なの」


“無責任”と口にしてから、彰吾は自嘲気味に鼻を鳴らし首を横に振った。


「いいえ、違うわね。ええ、これは私のエゴ。旭が大事なの。曉蔵ぎょうぞうさんが大切にしていたあの子にこれ以上つらい思いを。だから、虎珠アンタを旭の所へ行かせるわけにはいかない」

「――正気かテメー」


「大人はね、子供よりもバカで欲張りなのよ」


 *


 古城山の林にドリルの音が響く。

 数は3。

 濤鏡鬼の巨柱シールドドリルと、虎珠の両腕ドリルが絶えず打ち合わされている。


 シールドドリルが大上段から打ち下ろされる。

 虎珠は円錐形の戦闘用ドリルをクロスさせて受け止めるが、濤鏡鬼の膂力にされて短い足が地面にめり込む。


 円柱がついに虎珠を土中へと押し込んだ。

 ドリルの下にはひしゃげた虎珠が――いない! 大穴が在るのみ!


「後ろよ、濤鏡鬼!」


 彰吾の合図で、濤鏡鬼は右腕ドリルを後方へ向けて横なぎにする。

 地中から背後へと回り込んだ虎珠の奇襲は失敗、逆にしたたかなドリルの一撃を受けて小さな体がボールのように弾き飛ばされた。


 虎珠は空中で身体を捻り、飛ばされた先にあった木の幹へ着地。

 そのまま幹を蹴って跳躍、軌道は濤鏡鬼の頭上を越えて別の木の幹へ。

 もう一度幹を蹴って跳躍。

 跳躍、跳躍、跳躍――樹上を八艘跳びする虎珠の網目のごとき軌道が、濤鏡鬼と彰吾の視線をすり抜ける。


「ヴルルルルル!」


 苛立ちをエンジン音に換えながら濤鏡鬼が巨柱シールドドリルを縦に構える。

 バッターボックスに立つ強打者の構えである。


 “飛来”した虎珠の軌道を見極め、濤鏡鬼がドリルを横薙ぎに振るう!

 空振り!

 後ろを向いてもう一度振るう!

 空振り!

 手加減なしの馬鹿力フルパワーでスイングされたドリルが突風を巻き起こし、あおりを喰った樹木が大きく揺さぶられた。


「次は行くぜ! 打てるモンなら打ってみやがれ!」


 濤鏡鬼の正面にある大木に位置した虎珠が、煽り文句と共に直線軌道で突撃してくる。


「ヴオオオオオオオオオ!」


 渾身の力を込めて巨柱が振るわれる!

 発生した衝撃波が、ついに前方の木々を薙ぎ倒した!

 巨柱シールドドリルの真芯が虎珠をとらえて――虎珠が突き出す両腕ドリルと


「秘技・ドリル返し!」


 濤鏡鬼のドリル回転+スイングのエネルギーが虎珠のドリルに伝わって爆発的なエネルギーへと変換された!

 虎珠の左ドリルが切っ先に小さな螺導紋サークルを発生させ、橙色の体が真上へと打ち上げられる。

 濤鏡鬼の頭上へ位置した虎珠は残る右ドリルにも螺導紋サークルを発生、ドリル逆噴射推進でそのまま急降下!


 ゴォン、と金属がぶつかる重い音がした。

 虎珠の両脚蹴りが濤鏡鬼の顔面にした音だ。


 橙色の小さな体が土の上に着地すると同時に、白い巨体は前のめりになって土に倒れた。


「次はアタシね」


 彰吾は手にしていた数珠を引きちぎった。

 解かれた玉を足元にバラバラと落とし、大きな掌に残ったDRLを握り込む。水晶並みの硬度を持ったDRLが手の中でバキ、と砕けた。

 握った手を口元へやり、粉々になったDRLをためらいなく呑み下す。


 一拍置いて、彰吾の山脈のような肉体がさらに隆起した。

 身に着けていた革のジャケットを脱ぎ捨てると、張り詰めた筋肉がうっすらと光を帯びている。

 DRLの体内吸収に伴う肉体の鉱質メタル化である。


 を完了した彰吾が、合掌の代わりに両拳を胸の前で打ち合わせる。

 鉄塊同士がぶつかる鈍い音。それがゴングだ。


 彰吾は跳ねるような踏み込みで一気に間合いをつめて右拳を放つ。

 虎珠は腕に装着したドリルでパンチをいなし、返すドリルで脇腹を狙う。

 山脈のような肉体が意外なほど素早く翻ってドリルをかわし、体重を乗せた浴びせ蹴り! 交差させたドリルで受け止めれば、衝撃で虎珠の踏ん張った足が地面に20センチほどの溝をつけた。


「どいつもこいつもバカ力がよ!」

「力だけじゃないわヨ!」


 虎珠の側頭部を狙ってミドルキック。

 ドリルで払いのけてると続けざまにローキックだ。

 彰吾はフェイントも織り交ぜながら、上下左右に蹴りを繰り出す。

 対する虎珠は矢継ぎ早に押し寄せる脚をドリルで打ち払うが、不意を突かれまともに受け止めてしまった一撃が腕をきしませた。


 その隙に、地面を滑る足刀が虎珠の短い足を刈る!

 強引に体勢を崩され転倒したところへストンピングの追い討ち。

 とっさに転がってかわし、全身のバネをつかって跳躍――反撃の飛び込みドリル!


 彰吾はダッキングでドリルの根元へ潜り込み、虎珠の腕部外殻そうこうに指を引っかけた。

 そして虎珠の視界は反転。次いで地面へ強かに叩きつけられた。小手投げである!


「こう見えてアタシ、武闘派なの。アンタらラ=ズとタイマン張って負けるつもりは無いワ」

「ハッタリは効かねえぞ。手前テメーの手足だってボロボロだろうが」


 回転する虎珠のドリルと幾度もぶつかった彰吾の四肢は所々が欠けこぼれていた。

 DRL体内吸収によるメタル化で流血こそしていないが、相応の痛覚は存在する。彰吾が仁王立ちを決めているのは彼の気力によるものである。


 大男の両眼が見開かれ、唇の間から食いしばった白い歯がのぞいた。


 跳躍じみた踏み込みと共に、先の濤鏡鬼に匹敵する“圧”をのせた右拳が放たれた。

 虎珠は彰吾の闘気に呼応して自らも跳び上がり――勢いよく


 すさまじい衝撃が虎珠の頭部を襲った。

 2.5頭身の虎珠にとって、頭部へかかる力は重心を大きく変えるものだ。

 よって、強烈なパンチを受ければ――空中で回転スピン

 すなわち、闘争福音に曰く『』である!


「――魔破斗摩マハトマ因果螺伝拳クロスカウンター!」


 高速スピンの回転力を乗せた虎珠の左拳が、がら空きになった彰吾の左頬にクリーンヒット!

 両者は磁石が反発するように互いに弾け飛び、地面へ倒れた。


 どちらからともなく呻き声があがり、二人は同時に立ち上がり。


 ――彰吾が何かを吐き出した。

 足元に転がったのは、折れた四本の歯だ。

 彼は虎珠の大きな瞳をジッと見つめたまま、無言でニヤリと微笑んで前のめりに倒れた。


 彰吾が倒れる寸前に動かした唇を読み、虎珠も同じように笑った。


「へッ……、じゃねーよ。“気合”を入れて欲しかったンなら、最初から、言えってんだ……!」


 気を失った彰吾の後頭部に言葉を投げてから,虎珠は旭の家がある方角へよろよろと数歩だけ歩き、その場に倒れ込んだ。


 *


 彰吾と車輛ビークル形態の濤鏡鬼は、互いの巨体を支え合いながら国道156号線の路肩をゆっくりと歩いている。


「それで、決着けりはついたんですね?」

「ええ。ワガママ言ったわね、夕季ゆき


 耳に当てたスマートフォンごしに、夕季のため息が聴こえてきた。


「――うん、本当に。私だってモヤモヤしてたんだよ。今回はあげたんだから。覚えててよね」

「アンタにっぱなしは気持ち悪いから早めに返すワ」


 通話を切りあらためて川鋼寺いえを目指そうとした時、足元から突き上げるような地震が起きた。


 次いで、耳をつんざくクラクションの音が響く。

 今の地震でハンドル操作を誤ったらしい大型トラックが目の前に突っ込んできた。


「ヴォン!」


 濤鏡鬼が螺卒(ラ=ズ)形態をとり彰吾の前に立つ。


 もう一度、大きな地震。


 トラックはよろめいた濤鏡鬼を跳ね飛ばし。



 彰吾の全身に、無慈悲なほどの大質量がぶつかった。

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