50 天地分け目の大決戦

 大西洋の中心、白い新大陸に屹立する金銀二色の“巨塔”を中心に、いくつもの影が火花を散らしている。


 影のひとつひとつ、一人ひとりは殆どが大きな頭に短い手足の2.5頭身。螺卒ラ=ズだ。

 彼らすべてが身体のどこかに赤色の結晶を持つ。

 白昼でもなお輝きを放つそれは“ムーの欠片ミィ・フラグメントゥム”――大螺仙ダイラセンアトランティスを取り囲んで立ち回る者達は皆、大螺仙ダイラセンムーの力を受け継ぐドリル戦士なのだ。


Take thisくらえ!」


 一呼吸の間に6発の銃声が吼え、普通乗用車サイズの真鍮色をしたしゃちほこが頭部に6つの風穴を開けられ灰化した。

 スイングアウトしたシリンダーへ新たなドリル弾を込める“飛雷ビリー”の背後に、新たな鯱が二匹牙を剥く。


「ホヮチャァァァァ!」


 怪鳥音ぜっきょうと共に振るわれたドリルヌンチャクが鯱を叩き落す。

 “閃進シャンヂィン”は飛雷ビリーと背中合わせになり、鼻頭を親指で拭ってみせた。

 休む間もなく、次の鯱が白い大地から飛び出してくる。


 二人は、無尽蔵にいて出る取り巻きの主――アトランティスの足元に立つダイラセン・メガラニカを遠目に睨んだ。


 *


 メガラニカとはちょうど反対方向に立つ巨体――ダイラセン・パシフィスが無言で四股しこを踏む。


 白い大地が揺れて弾ける。

 全高5メートル、全身を五寸釘のような金属の太い体毛で覆われた巨大モグラがくぐもった唸り声をあげる。


 対峙した騎士“牙鋭ガウェイ”がドリルシールドから剣を抜き、並び立つ剣銃士“打流侘ダルタ”もサーベル型ドリルでラサンブレの姿勢をとった。


 その横をギガス族並み3メートルの巨体が駆け抜ける。

 荒ぶる咆哮と共に突っ込んでゆく合身戦士“獣魁漸ジュウカイザー”だが、彼は一人で過ぎた。


 周囲に潜んでいた鯱がピラニアのごとく殺到し、獣魁漸ジュウカイザーの四肢を構成していた戦獣トモダチを食い千切る。


 両脚のクロサイとシロサイ、両腕のガゼルとバッファローが本体から脱落し石灰と化し崩れてゆく。

 中心部を形成していた戦士は怯まない。胸のライオンヘッドが吼え、野生の怒りに火を点けて前進!

 身の丈を超すドリル戦斧『ヒャクジュウクラッシャー』をモグラの脳天へ叩き込み両断した!


 続けて目前のパシフィスへ踏み込もうとした獣魁漸――だが、横合いからプラズマ竜巻が直撃!


 猛る野獣はあっけなく消し飛ばされた。

 竜巻を放ったのはパシフィスから数百メートル離れた地点に立つダイラセン・レムリア――生前の彼女がついぞ使わなかった螺旋長槍ドリルランサーが、鈍色の螺旋刃に無慈悲なプラズマをたたえている。


 再生・レムリアが牙鋭ガウェイ打流侘ダルタらを次なる標的に捉え、全長50メートルの長大なドリルの切っ先を向ける。


 電光イナズマが輝いた。


 そして、レムリアのランサーは中ほどからへし折れていた!


 青い天から白い地へと突き刺ささる一筋の光が、神速のドリルでレムリアの追撃を阻止したのだ。


「アンタは素手喧嘩ステゴロがモットーだろうが」


 叩き折ったドリルランサーの残骸を踏み砕き、火焔虎珠皇ファイヤーこじゅおうは燃え盛る瞳で師のを見上げる。


 戦っていたミィ・フラグメントゥムのラ=ズたちが虎珠皇の出現に驚く間もなく、彼らの背後の空間に孔が開いた。

 宙空くうかんを景気よくブチ割って、エンジン音とクラクションを響かせるドリルデコトラも乱入エントリーだ!


 大西洋せんじょう全体に鳴り響く彰吾デコトラのクラクションを耳にして、出会ったばかりのラ=ズたちは一様に頷いた。

 彼らは全身の聴覚でクラクションのけたたましい音を感ずると共に、脳裏に響くメッセージのだ。


 DRL――ミィ・フラグメントゥムを体内に取り込んだ彰吾が送信したつたえたのは、アトランティス打倒の秘策である。


「分かったわね“”! 手はず通り頼むわヨ!」


 *


「来たか。いや、こういう時は、と迎えるべきだったかな。孫を迎える祖父とはそういうもの

「……あなたは」


 大西洋新大陸に殴り込んだ彰吾とは別のホールから現れた刻冥は、アトランティスから50メートルほど離れた空中に静止している。

 甲殻類エビに似た表情のない頭部から感情のこもらない声を発するアトランティス。

 同じ高度に位置した刻冥――捻利部ねじりべノクスの紅い瞳に、血を分けた祖父のなれの果てが映っている。


「もう祖父などではない、かね? それは誤謬あやまりだ。捻利部界転わたし以前むかしからこうなのだからね、刻冥ノクス

「……私の手で引導を渡す……と言いたかったの。ノクスわたしは!」


 左右に4つのドリルが連なる翼を開き、刻冥は両手甲のドリルを回転させた。

 アトランティスはおもむろに両腕をもちあげる。巨大さゆえに緩慢に見える動きだが、確実な速度で刻冥へと迫る。


 刻冥は、下方へと身を転じてアトランティスの攻撃をかわした。


「お前のドリルはえている! 異空間みえないドリルが使えるのはお前だけじゃないッ!」


 刻冥の頭上を不可視の殺意がかすめる――アトランティスの両腕から発した“裏ドリル”であった。

 三次元空間とは異なる亜空間に存在するドリルは、三次元存在には知覚できない。


 刻冥の翼から、連なるドリルたちが切り離された。

 回転するドリルたちが空間にあなを穿ち姿を消す。

 彼女がアトランティスの裏ドリルを知覚できる証左――亜空穿行ドリルである。


 、8つのドリルがアトランティスを狙う。

 対するアトランティスは両腕のドリルを廻し。

 肘の内側にあるすり鉢状の穴が陽炎のように歪むと、再び不可視のドリルが発生した。


“視える”刻冥の眼には、アトランティスの左右五指が回転しながら伸びるさまが映る。

 指のドリルは鋭くしなやかな触手、あるいは鞭を思わせる動きで、刻冥が放った遠隔操作リモートドリルをことごとく撃ち落とした。


螺導紋サークル――」


 アトランティスが無機質に呟く。

 瞬間、一本足の根元から唐草模様をもっとでたらめにしたような混沌たる光のサークルが拡がった。

 ダイラセンが空間を支配する際に発動する。だが、アトランティスのそれは地表に拡がるだけにとどまらない。


 螺導紋の上に、新たな螺導紋が次々と重なって――

 3Dプリンターめいて堆積した螺導紋が、アトランティス自身を柱とした光の城塞を形作る!


「高密度空間支配……これが、アトランティスの力――!」


 “城”の中ほどに捕らえられた刻冥に、殺意を剥きだした罠が襲いかかる。

 螺導紋で形成された壁と床からがドリル状の力場を持った槍が飛び出し、天井はその場に留まろうとする者を圧し潰そうとしてくる。

 刻冥は怯まずそれらをかわし、螺導城の内部を進みはじめる。


「用意した甲斐があるというものだ。せいぜいを楽しんでくれたまえ」


 自らの掌中をはしる小さき者を、アトランティスは傲慢に見下ろしていた。

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