29 驚愕の高校

 校門の前に立っていたノクスは、旭を見るなり駆け寄って腕に手を回してきた。


「ちょ、ノクス、待って待って!」

「……?」


 ちょうど同じタイミングで校門を出たクラスメートが、美少女中学生にくっつかれる旭に好奇の目を向ける。


「ヒュー! アツイアツイー!」

「旭ケッコンかー! ケッコンするのかーっ!」


 旭はすぐにノクスの腕を振りほどくが、時すでに遅し。

 気心の知れた男子たちは旭を口々にはやし立て、女子は二人の方を見てから数人でヒソヒソと話して盛り上がっている。

 そしてノクスは周囲の反応にまったく無頓着であり、慌てる旭に小首を傾げていた。


「帰るんでしょ? そうだよねっ! さ、行こ、早く!」


 自分でも耳が赤くなるのを感じ、旭はいつもより少し早足で学校を後にした。


 *


「中学なのに僕より早く終わったの?」


 制服姿のノクスを見て、旭は何気なく尋ねた。


「……私、帰宅部だから」

「帰宅部って、部活動やってないってことだよね」

「ううん。“帰宅技術研究会”って部活……こう見えても私、エース」

「そんな部活動あるんだね」

「あるよ……パルクールやフリーランニングに近い、競技」


 とりとめもない話をしながら、旭とノクスはゆっくりと歩く。

 傍から見れば、二人は仲の良い姉弟きょうだいのように見えた。


「……旭。明日、M高校に行こう」

「高校? あ、学校祭やるんだよね。前に一度だけ行ったことあるよ」

「創立120周年で今年は大規模」

「うん、行こう! じゃあ、帰ったら虎珠に――」

「……駄目。二人で行くの」


 普段は人形のように表情を崩さないノクスの眉がわずかに吊り上がっている。

 彼女の意図がわからない旭がきょとんと首を傾げていると、不意に背後から声をかけられた。


「あら、旭くん」


 いつの間にか数メートル後ろに里美が居た。

 学校で目にする白衣姿ではなく、薄手のニットにロングスカートのいでたち。帰宅するのであろう、手にはバッグを持っている。


「……誰」

「里美先生だよ。新しい保健室の先生」

「二人でデートかしら? うらやましいわ」

「……今日は違う」


 ノクスの視線と声音には明らかに敵意がこもっている。

 それを里美はクスリと微笑んで受け流し。


「うふふ、そんな怖い顔しないで? 旭くんはとらないから」


 言われて、ノクスは旭にいきなりだきついた。

 目線だけは里美から外すことなく、長い睫毛まつげをかすかに震わせながらキッと睨む。


「さっ、さようなら、先生!」


 理由はわからないながら剣呑な空気をさとった旭は、抱きしめてくるノクスをくっつけたまま強引に歩調を早めて家路を急いだ。


 *


 翌日、ヘレナにされた虎珠に恨めしそうに送り出され、旭は近隣の公立高校に向かった。


「旭……おはよう。時間通りだね」


 私服姿のノクスは、旭が到着するなり藤色のミニスカートの裾をひるがえし校内に入っていく。旭もそれに小走りで続いた。


 二人は各教室を巡り、生徒が準備した出し物を見て回る。

 最初はノクスと二人きりで緊張していた旭も、2,3の教室を回る頃にはにぎやかな雰囲気に溶け込むようになってきた。

 一方でノクスは、出し物を楽しむというよりも会場になっている教室、廊下、校舎そのものを見ているようであった。


「すごーい! ドライバーでカチャカチャやると青く光るんだ。面白いね、ノクス――」


 旭が振り返ると、ノクスは近くの学生に何かを尋ねていて。

 答えを聞いた彼女は、少し残念そうにうつむいた。


 *


 休憩スペースになっている中庭のベンチに腰を下ろすと、ノクスは自分から口を開いた。


「……さっき訊いたんだけど、“旧校舎”は立ち入り禁止なんだって。近々、取り壊すって」


 ノクスはそう言ってから小さくため息をついた。

 視線の先には、黄色と黒の虎縞ロープを張り巡らされた古いコンクリートの建物が、学校祭の賑わいから取り残されたようにシンと佇んでいる。


「旭は知ってた? お爺様と曉蔵……さん、M高校の卒業生なの」

「お爺ちゃんがそうなのは知ってたけど捻利部教授も、だったんだね。もしかしてノクスはこの校舎が見たかったの?」

「――うん……見たかった。穿地曉蔵あのひとが過ごしていた場所が、どんな所だったのかって……知りたかったから」


 少女の横顔は本当に寂しそうで。

 ノクスがなぜそこまで祖父に拘るのかはわからないが、とにかく今の彼女は泣きそうな目をしている――少年には、たしかにそう見えて。


「あのさ、こんど家へ来ない?」

「……旭くんの、家」

「うん。お爺ちゃんの部屋は片付けちゃったけど、アルバムとかあるし、僕が貰ったものとかも、あるからさ。それで、えっと――元気出してよ、ノクス」


 一瞬、ノクスの赤い瞳が丸くなり。

 それからうんと細められて――人形のような美少女の笑顔に、旭はしばらく見入っていた。


 ノクスか旭、どちらかが何かを言おうとしたとき、とつぜん足元から突き上げるような地震が起きた。

 揺れが収まるとすぐにノクスは校庭へ向かって駆け出し、旭も理由を訊く暇もないまま続く。



 そこに在ったのは直径数メートルある地面の大穴と、であった。



「ゴング!?」


 全高3メートルの巨体を見て、旭は思わず名を叫んだ。

 彰吾と濤鏡鬼に倒されたギガス族・ゴングが目の前に立っている。


 ここに居ること自体があり得ないゴングだが、重ねて違和感がある。

 頭と体をひとまとめにした猪頭体ボディはまっていた紅い単眼も、頭頂部のミィ・フラグメントゥム結晶もない。

 体殻の濃緑色は灰色に色褪せ、まるで頭骸骨どくろのようだった。


「――グフフフフ、グハハハハハハハハハ!」


 どくろが嗤い、跳躍。旧校舎の屋上に着地。すぐにゴングは


 ――猪のような頭体からだが変化。鼻先が伸び、両腕が扇のようになる。

 コンクリートの屋根に食い込ませた足指が根を伸ばすように侵食をはじめ、旧校舎をあっという間に四肢を持つ“巨体”に変えた。


 立ち上がる。

 全高20メートル、“象頭の巨人”は両腕を誇示するように広げた。

 天を掴まんと開いた巨大な掌の先では、五指のドリルが唸るような音で回っている。


「巨大ロボットになっちゃった――まさかミィ・フラグメントゥム!?」

「……ちがう。あれは、ムーの力ミィ・フラグメントゥムじゃない――!」



「そうとも! ムーとは違ァう! これは、オレの、力だ!」


 旭達のはるか頭上から、灰色の巨人がえた。

 空気を力任せに叩くようなこえだ。

 ノクスは空を仰ぎ、声の主を睨んだ。



「オレはァァァ! “パシフィス”! 大螺仙ダイラセンパシフィスだァァァ!」

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