09 ミィ・フラグメントゥム
晴天のもと、一対の巨体はがっぷりと組み合っている。
彰吾の助力を受けた濤鏡鬼は、同じギガス族のゴングに対し
濤鏡鬼が発するエンジン音とゴングの蒸気機関車と獣が混じりあったような息づかいが、強烈なサラウンドとなって辺りに響く。
一進一退の押し合いの中、彰吾は濤鏡鬼に合図を出して敵を開けた場所――大学構内のテニスコートに誘導した。
普段ならばサークル活動の若い男女が
今日に限っては、地下螺卒ドリル相撲G大学場所の土俵である。
「見ての通り、こっちは手一杯だからね、嵐剣丸!」
「もしかして彰吾さん、忍者型ラ=ズと知り合いなの!?」
嵐剣丸は無言でこくりと頷く。
彰吾と旭、その両方に対しての頷きらしかった。
にらみ合いの体勢から先に動いたのは嵐剣丸だ。
ジャラジャラめがけ十字手裏剣を三連射、同時に自らも踏み込む。
「どっちだーァ!?」
ジャラジャラが必死に目を凝らすのは、手裏剣と共に突っ込んできた嵐剣丸の姿が突然二体に分かれたからである。
巧妙に緩急をつけた歩法が
嵐剣丸の実体を見切る間もなくラ=ズの外殻を貫通し得る手裏剣が迫り、ジャラジャラは回避行動を余儀なくされた。
飛来した手裏剣を右腕で叩き落し、左腕は左右いずれかからの襲撃に備える――が、次の瞬間、嵐剣丸は忽然と姿を消した!
そして、蛇形のラ=ズは背後に鋭い殺気を感じ取り咄嗟に振り返る。
アギトの奥で光る眼に映るのは、自らの影から飛び出してくる紫色のラ=ズだ!
先の手裏剣と分身突撃は囮――本命はドリルによる高速土遁からの奇襲であった。
「なろォォォ!」
ジャラジャラの怒声と共に両腕の蛇頭が嵐剣丸に
嵐剣丸は両前腕の棒状ドリルを回転。そのまま肘側に伸ばして牙をガード。
次いでドリルを手首方向へ伸ばし、がら空きになったジャラジャラの喉元めがけ突きを放った。
ドリル刺突が自身に到達する寸前、ジャラジャラは顔面から含み針を発射。
嵐剣丸は即座に突き手を引き戻し、ドリルで針を切り払う。
どうにか隙をつくりバックステップで後退したジャラジャラに、間髪いれず虎珠が急襲!
「倍返しだオラァ!」
虎珠が右腕に装着した戦闘用ドリルが唸り、ジャラジャラの側頭部――大蛇の上顎にあたる部位に突き立つ!
バリバリと金属が削り裂かれるすごい音がして、ジャラジャラは悲鳴をあげ力任せに左腕を振り回した!
苦し紛れの反撃をかわした虎珠は、嵐剣丸と共にジャラジャラと間合いをとり並び立ち。
「さあ、どうするよヘビ野郎」
「クソッ、こいつは……三対一かよーォ……ゴング、ずらかるぜーェ!」
言って、ジャラジャラは地面に長い両腕をつき地中へ逃れる。
「グフーム」
濤鏡鬼と押し合いを続けていたゴングも、肯とも不満ともつかない唸り声をひとつ吐き出してから、巨体をコマのように回転させて地中へと潜っていった。
敵が撤退した先の地面を、嵐剣丸の目が追う。感情の窺えない、丸い光のような目であるが、彰吾は嵐剣丸の意図を察した。
「あんまり深追いしちゃダメよ」
嵐剣丸はこくりと頷いてから、煙玉を地面に叩きつけ。
煙幕が晴れると、忍者型ラ=ズ嵐剣丸の姿は消え失せていた。
*
「どうにか撃退できたようだな。手強い相手だったようだが」
ジャラジャラ達が去ってからすぐ、界転は旭達の所へ戻ってきた。
手には双眼鏡が握られている。戦闘の一部始終を観察していたのだろう。
「どうだね、そこの君――虎珠くん、か。先ほどの相手は手強かったかね、ああ、それとも、そうだな、思った以上に強かったかね?」
界転の質問に対し、虎珠は大きな瞳に険しい色を浮かべた。
自分が感じたことの正体を、この人間の老人は解っていると思ったのだ。
「……もしかしてあの野郎、本当はあそこまで速くも鋭くも無いってのか?」
「然りだ。今しがた襲撃してきた二体のラ=ズは、いずれも身体を強化された状態にあった――“ミィ・フラグメントゥム”によってな」
「ミィ・フラグメントゥムって、DRLの材料になる結晶よね」
「そうだ。ミィ・フラグメントゥムは地底と地上との間にある次元の隔たりに穴を開ける特性を持つ。DRLはこれに指向性を持たせた物だ。人間の意志でラ=ズと
「人間の意志、ね。ラ=ズの方がミィ・フラグメントゥムを使った場合は?」
「端的に言えば、人間は乗っ取られる。彼らは通常であれば意思を持たぬ物体にしか憑依できない。ツクモガミ現象のようにな。ところがミィ・フラグメントゥムを用いれば、意思を持つ生物と強引に融合することができるようになる」
「もしかして、さっきのNASAおじさんは……!」
「ジャラジャラなるラ=ズに体を乗っ取られ、力を増す為の媒介にされているのだろうな」
「――なるほど。ミィ・フラグメントゥムは、ああいう手合いには渡しちゃなんないシロモノだってことね」
「僕と虎珠はDRLのお陰で友達になれたのに、あのジャラジャラたちはそうじゃないんだね……」
「DRLのおかげ、か。そうだな、健全な着眼点だ。人間にとってみれば
界転の言い回しは小学生の旭にとって難解に聞こえた。
しかし、こうした“学者”が真剣に地底と地上との行く末を考えている事実に少年は心強さを覚える。
「じゃあ、がんばってミィ・フラグメントゥムを集めなきゃ! DRLにすれば、僕らみたいにラ=ズと仲良くできるんだよね」
「そうとも限らねえよ」
短い腕を組み、虎珠が水を差した。
困惑顔で首をかしげる旭。後ろの方では、話についていけない濤鏡鬼が
「ラ=ズには色んなヤツが居る。人間と仲良くしたいヤツも居れば、人間を食い物にしようとするヤツも居る。でもってよ、そいつは人間も同じじゃねぇのか?」
「アンタ、見てないようで見てるわね。NASAの連中のこと、気付いてたの?」
「なんとなくだがな。ま、今の界転の話で合点がいったぜ。さしずめあの野郎、DRLを独り占めしようとしてたんだろ?」
違うか? と問う虎珠に、界転は感心した風に頷きながらドリル状のアゴ髭を撫でた。
「かの国にとって、宇宙も地底も自らが支配すべき“フロンティア”なのだろうさ。傲慢だな。まったくもって、な」
「そんな……どうしてそんな風になるのか分からないよ」
「そうね。分からないわよネ――きっとね、子供より大人達の方がずっと欲張りでワガママで、馬鹿なのヨ」
すっかり意気消沈してしまった旭を、大人達は黙って見守る。
多感な少年に誤魔化しや気休めはすまいと考えてのことではあるが、彼らは少年の内にもやもやとする理屈の外にあるものの大きさをはかりかねてもいた。
「――――まあ、好きにはさせねぇさ。この俺がな!」
虎珠は沈黙を破り、うつむく旭にしっかりと目を合わせて言い切り。
旭の目に
「……うん。頑張ろうね、虎珠」
*
客人達を見送ってから、界転は床に大穴の空いた研究室に戻った。
何事もなかったかのように、専用にあつらえた椅子にかけ。
「肝心な所に気付いていなかったようだな、彼らは。ああ、気付いていなかった」
周囲からは奇異に見られる自問自答の口癖も、今は誰はばかることもなし。
「あの虎珠というラ=ズ。うむ、鋭いのか鈍いのか。灯台もと暗しと言うにはいささか間が抜けすぎている。いかにも、驚きだな」
ドリル状のアゴ髭をなでる老人が、いまどんな表情をしているのか。それを見る者はいない。
「――自らの
捻利部 界転の
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