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 突然、私達がいた場所から少し離れた所に現れた人物に、皆で戦闘態勢を取る。

 長い白衣――と言う事は、学園の関係者だ。

 一瞬、シシリー先生かと思ったけど違った。

 だけど、先程の言葉を聞く限り、私達を助けに来た人じゃない事だけは分かる。



 ふと、白衣を着た青年を見て首を傾げる。



 この人、この前もそう言えば廊下で会ったよね。

 そう、保健室の廊下で出会って挨拶をした白衣を着た青年。

 私が思った事を、彼も思っていたようだ。

「君とはまた会ったね」

「えっと……貴方は、あの時の……」

「本当、君とはよく会うよねー。しかもイーグニスと話し合った後に出会っていたから、最初は『監視者』かと思ったよ」

「……監視者?」

「まぁ、そうじゃなかったけど」

 私は何気なく、青年の能力を視(み)た。



『影操り』

『魔法士』



 と顔の横に書かれている。

 能力持ちであり、魔法士でも……ある?

 そんな人がいるのかと思った瞬間、イーグニスの横で治癒をしようとしていたシンディーが驚いた声を上げる。



 慌ててそちらを見ると、イーグニスの周りを黒い手の形をした影が蠢いていた。



 手の形をした影は、変則的な動きをしながら地面から伸び上がると、イーグニスの体を何重にも重なって包み込み――その体が真っ黒な繭みたいになると、地面の中へと溶け込んだ。

「――なっ!?」

 血の跡だけが残る地面を見下ろしながら驚いていると、あそこ! とキャスが白衣を着た青年の方へ指を指す。

 全員で目を向ければ、ぐったりしたイーグニスの体を白衣を着た青年が片手で支えていた。

「イーグニスを……こちらへ返して下さい」

 私がそう聞けば、青年は申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。

「それは出来ないな」

「イーグニスをどうするつもりですか」

「そりゃあ、彼には色々とこちらが有利となるような情報をこれから聞き出す予定だよ。君達に彼を渡したら、それが出来なくなってしまうじゃないか」



 肩を竦めながらそう言う青年は、懐からイーグニスが持っていたブレスレットと同じ物を二つ取り出した。



「君達とはここでお別れだ。……そうそう、私のここでの名前はゼクス。だけど、本当の名はセクター。セクター・シェリクスだ」

「……セクター……シェリクス」

「あぁ、そうそう、君達がもしも生きていたらでいいんだけどさ、エルスによろしく伝えてくれ」

「エルス教官?」

「君達個人には恨みは無いが……エルスの教え子になった自分達の不運を恨むんだね」



 そう言うやいなや、青年――セクターは持っていたブレスレットを魔獣に向けて放り投げる。



 ブレスレットが魔獣の体に触れた瞬間、その部分に魔法陣が浮かび上がり、そのままブレスレットが魔獣の体の中へ沈み込んでいく。

「それじゃあ、頑張って生き残ってね」

 セクターはブレスレットが魔獣の体の中へ入るのを見届けると、自分とイーグニスの体へ影を巻き付けて、あっという間に地面の中へと溶け込んで消えてしまう。



 その場に残されたのは、私達と魔獣だけという何とも嫌な組み合わせだった。






「ねぇ、皆さん」

「……何でしょう」

 私が呼びかけると、代表でシリルが返答する。

「あのさ、あの魔獣……少しずつ大きくなっているような気がするのは……私の気のせいでしょうか?」

「いや、僕もそう見えるよ」



 そう、ブレスレットを体内に吸収した魔獣の体が、一回りも二回りも大きくなっているのだ。



 気のせいじゃなかったと顔が引き攣る。

 魔獣が呻り出し、時間が無いと思った私は一度時を止める。



 考える時間が、欲しかった。



『これからどうすればいい?』

『時を止めたまま、皆を連れて何処かへ逃げる?』

『でも、アシュレイはこの魔獣は嗅覚が優れてるって言ってたから、歩いた足取りを追って直ぐに追い付かれるかもしれない』

『それとも、魔獣をどこか遠くに連れて行くか』



 今まで生きた中で、ここまで必死に頭を使った事なんて無かったと思う。

 まぁ……死ぬか生きるかって言う究極の選択をする場面なんて、ある訳じゃなかったし。

 うーんうーんと悩んでいたんだけど、何気なく魔獣に目を向けると、足腰に絡まる植物が目に入る。

 シリルが先ほどの能力を使った時、爆発的に植物が伸びたのを思い出す。



『あの植物の成長スピードを使えないかな?』

『元の世界にあった車……までは精巧に作れなくても、皆が乗っても壊れない物を作ってもらって、植物で運んでもらう』

『カーナビ系はアシュレイとアレックスに任せる』

『もしも魔獣に追い付かれそうになったら、キャスに武器を大量に出してもらって、それをエイベルに思いっ切り投げてもらう』



 ――よし、これで行こう。



 まず、皆に考えた事を伝える前に、魔獣を何処か遠くへ運ばなきゃ。

 そう思った私は、魔獣の元へ駆けて行き、絡まる植物ごと地面から引っこ抜く。

 魔獣が風船みたいに軽い。

 何度経験しても不思議な気分が拭えないけど、両手で不気味なオーラを醸し出す魔獣を持ち、川沿いを暫く走る。

 ただの砂地だったのが、だんだん石が混ざって来た地面になり、それが更に大きな石が転がるようになるまで川の下流を走っていると――川の嵩もだいぶ増え、流れも速くなっていた。

 息を弾ませながら、ここまで来れば大丈夫でしょうと、魔獣を流れの速い川の中央へ、ポーイッ! と投げ入れる。

 時が止まっているから、川の中に沈まないで浮いている状態だけど。

 一瞬だけ、時を動かしてみる。

 すると、轟々と流れる川に魔獣の体が飲み込まれ、そのまま下流へと流れて行った。

「よしっ!」

 直ぐに時を止め直し、元来た道へ駆け戻った。





「み、皆……ちょっと提案があるんだけど」



 もう近くに魔獣もいない事だし、隠密粉の円の外で弾む息を整えつつ、時を動かす。

 息を切らしながらそう言えば、急な私の変化(時を止めていたから皆にはそう見えている)に驚いていた。

 しかも、魔獣もどこかへ消えていると騒ぐ。

 私は、魔獣がどれほどの速さでここへ戻って来るのか分からないから、魔獣はここよりもかなり離れた川の中に沈めて来たと伝えてから、今後の事を手短に説明しようとして――。



 不意に聞こえて来た音に口を閉ざす



 川の下流から聞こえて来る微かな音に視線を向ける。

 音が聞こえてくる方へ目を凝らし、それ《・・》を見た私は目を見開く。

「……うそ」

 先ほどより更に大きくなった魔獣達が、周りの木や石を薙ぎ倒しながらこちらへ向かって来ていた!

「ははは、これって……もうダメじゃね?」

「最初でさえ歯が立たなかったのに、あんなんじゃ勝てっこないよ」

「僕……死ぬのかなぁ」

「あれじゃ、僕の植物で足止めなんて出来そうにないや」

「…………」

「思ったより能力を使い過ぎて……私、もう治癒の能力使えないかも」

 それぞれが、疲弊した顔で地面に座り込む。



 私は一人その場に立ちながら、諦め切った表情で魔獣を見詰める皆を見て……諦めちゃダメだよ、と呟く。



 そう、諦めちゃダメだ。

 諦めたら、そこで全てが終わってしまう。

「……でも」

「まだ力が残ってる人がいるなら、今は出来る事を何でもやろう? 大丈夫、本当に危険なほど近付いて来たら、私が皆を瞬間移動でここから離れた所に移動させるからさ」

「ルイ……」

「だから、もう少しだけ頑張ろう? ね?」

 一人一人の手を取って立ち上がらせる。

 それから、魔獣の方へと体を向ける。

 巨大な体に変化した魔獣は、まるでゴリラのような走り方で走り続け――直ぐそこまでと、迫っていた。

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