18
「失礼します。第四学年『上位教官』エルス・ランナルです」
大きなチョコレイト型のドアの前に立つと、エルス教官がドアをノックしてから部屋の中へと声を掛ける。
すると、暫くしてから中から声が掛かり、エルス教官がへらへらした顔を引き締めてからドアを開ける。
促されて部屋の中へ入れば、そこは地球にいた時に一度入った事がある校長室に少し似ていた。
ただ、広さが倍以上あるのと、片側の壁一面に設置されているガラス張りの書棚には、本の他に様々な形のトロフィーが飾られており、部屋の端には大きな旗が二本交差して立てかけてあいるのが目に入る。
そして、大きくて高級そうな書斎机で書類仕事をしている人が筆を置き、顔を上げる。
七十代ぐらいの白い髭が印象的なご老人だった。
「数年振りに後から能力が分かった子共――それも二人が来ると言うからどんなのかと思えば……女か。教官はお前か、エルス」
「はっ! 私が受け持つクラスに入る事になりました」
「そうか。それで、役所からの書類は持っているか?」
「はい」
エルス教官はきびきびとした動きで懐に入れていた封筒をご老人――学園長に渡すと、私達に学園長の前に立たせてから姿勢を正すように注意してから自己紹介をするように言われた。
私とシンディーはお互い顔を見合わせてから、エルス教官に習って背筋を伸ばす。
「私はエレクシア孤児院から来ました、シンディーです。治癒の能力を持っています」
「同じく、エレクシア孤児院から来たルイです。私は瞬間移動が使えます」
「……治癒に瞬間移動か。瞬間移動の能力者は、学園でも久しく見ないな」
書類を見ながら呟く学園長に、エルス教官は頷きながら私達を見る。
「はい。ルイと同じ能力者が学園に在籍していたのは……確か七年前だったかと。軍の中でも、その能力を持つ者はあまり多くはないと記憶しております。更に、シンディーの治癒の能力値もかなり高いと書類には書かれておりました。学園でも治癒能力者は数多くおりますが、ここ最近は能力値の高い者が減少傾向にあります」
「……ふむ」
「二人が学園に在籍している間、能力を極限まで磨けば……卒業後、軍に入隊しても直ぐに戦場で活躍出来るかと思われます」
「確かに」
髭を扱いていた学園長は、一つ頷くと机の引き出しの中から大きな判子を取り出し、役所から渡された書類の上に判を押す。
ダン、ダン、と書類に判が押されるのを直立不動で見ていたんだけど、学園長にこれ以上は用は無いと手を振られ、学園長室をエルス教官と一緒にここから出る事が出来た。
失礼しました、とドアが閉まるまで頭を下げ続けていたんだけど、ドアが全て閉じてから私とシンディーは息を深く吐き出した。
「緊張した?」
「はい」
「とっても……」
着慣れない制服を着ているのもあるし、学園長の覇気……と言えばいいんだろうか。
老人とは言えない鍛えられた体や鋭い眼光、そして側に立っていただけなのに緊張で変な汗が出て来ていた。
顔を上げて掌の汗をズボンにこっそり拭っていると、じゃあ次に行くよと言われて、私達は慌てて教官の後を追いかけて行く。
学園長の部屋にいた時はキリッとしていた顔でいたのに、今はまた元に戻ってへらへらしてる。
そんな教官の後を歩いていたんだけど、次はどこに行くのかとシンディーが聞いてくれた。
「あぁ、ごめんごめん。また言い忘れてた。今は学生寮に向かっているんだよ。そこで今後の事なども一緒に話し合おうと思ってね」
移動で疲れているだろう? と聞かれた私達は苦笑いをするしかなかった。
ほとんど寝ていたから疲れていないし、頭痛や体の怠さなどもシンディーに治してもらったから何ともなかったんだけど、先程の学園長との対峙で気疲れしているから、部屋でゆっくりしたい。
そのまま歩き続けていると、教官がある部屋の前で止まる。
ドアの上に掛けられているプレートには『移動室』と書かれていた。
教官がドアのノブを握りながら「学生寮」と言うと、ドアの表面に一瞬魔法陣みたいなものが浮かび上がり、リィーンと鈴の音が廊下に響き渡る。
音が静まると、教官はそのままノブを回してドアを押す。
「ここも先程の道とはちょっと違うけど、同じような魔法陣が施されているドアなんだ。行き先を告げればその場所へと繋がる。だから、ここから先は――」
教官が足を踏み込んだ先は、今私達がいる廊下とは違い、学生らしき人達が大勢いる所だった。
「これから君達二人が数年間、ここにいる生徒と共に過ごす寮になる」
教官の言葉を聞きながら辺りを見回せば、学生寮と言うからアパートみたいなものを想像していたんだけど……全く違った。
まず、大きさが違う。
私達がいる所がどこなのか、はっきりとは分からないけど、大きなホテルのロビーに似ていると思った。
そこで、学生達が各々自由に過ごしているみたいだった。
ただ、私達が通ったドアが開いたと同時にこちらへ一斉に視線が飛んで来たのには、ちょっとビビった。
ドアを潜り、中に入った私達が周りの生徒達からの視線を浴びてタジタジになっていると、教官に笑われた。
「彼らは君達の事が気になって仕方が無いんだよ」
「……え、どうしてですか?」
不思議に思ってそう問えば、教官はドアをコンコンと叩きながら教えてくれた。
「実はこのドア、使われる事が滅多に無い。このドアが開く時は、君達みたいな“後から学園に入って来る子”が来た時だけ」
「生徒はこのドアを使っちゃダメなんですか?」
「そう。緊急時以外は、学生は自分の足で歩くべし――と言うのが校則なんだ」
「へぇ~」
「ここは学年問わず、自由に使える空間になっているんだ。椅子に座って本を読んでもいいし、お茶をしてもいい。もちろん、勉強もね。君達も自由時間は好きに使ってもいいんだからね」
「分かりました」
「はい」
「じゃあ、これから部屋へ案内するよ」
付いて来てと言うエルス教官の後を歩いていると、ホールにいる学生達の視線が気になった。
何気なく顔を向けると。
『ねぇ、あれが……』
『どうせ、また魔力値だけが高い落ちこぼれなんじゃないの?』
『どんな能力を持ってるんだろう』
『エルス教官って事は……第四学年の特別クラスか』
『あそこって……』
『あぁ、問題児や使えない奴が多いって噂だろ』
『だいたい、そういう所って同じような人間が集まるよね』
『そうそう、エルス教官も可哀想よねぇ』
『クスクス、まだあの子達が使えるかどうかも分からないのに……』
そんな言葉がちらほらと聞こえてきて、私は顔を顰める。
ちらっと声がした方へ顔を向ければ、嘲りの表情でこちらを見ながらクスクスと笑っている。
もしかしたら、この学園で新しい友達が出来るかもしれないと思っていたけど……ここにいる人達とは仲良く出来そうもない。
前を歩くエルス教官の背中を見ながら足を動かしていると、隣で歩いていたシンディーが不思議そうな顔をして声を掛けて来る。
「急にどうしたの? なんか難しい顔をしてるけど」
「……うぅん、何でもない」
「そう?」
そうこうしているうちに、私達は大きなホールから抜けて幅広の階段を上っていた。
他の人の視線から逃れられ、そこで漸く深く息を吸う事が出来た。
知らない人が大勢いる場所で注目を集め、ちょっとだけ緊張していたみたい。
心配そうに見て来るシンディーに大丈夫だと笑い掛けながら、気合を入れ直す。
この世界に来てから、攫われたり奴隷として売られそうになったり、クルコックスに襲われて死にそうな目に遭った。
それに、元の世界にいたなら信じられないような能力まで手に入れて、私は少しでも強くなれた……と思う。
だから、こんな他人の噂を気にしてクヨクヨする必要は無いよね。
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