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「ここが、君達の部屋だよ」



 階段で四階まで上った私達は――第四学年の特別クラスだけが使える、学生寮の一室に案内されていた。

 部屋の中に足を踏み入れる。

 学生寮と言うから、凄い狭いイメージをしていたんだけど、思ったよりも広く、明るくて綺麗な室内だ。

 勉強する机にベッド、本棚や服を入れるクローゼットが左右対称に設置されていて、窓辺には大きなソファーが置かれている。

 話を聞けば、特別クラスの学生寮は普通の学生寮と棟が違うんだって。

 普通の学生寮では四~五人で一部屋を使い、掃除や片付けなどは自分でしなければならない。

 その点、特別クラスの学生寮は基本二人部屋(人数が少なければ一人で入れる)で、掃除や片付けなどは全て清掃員が代わりにやってくれる。

 まぁ、室内に入って欲しくない子も中にはいるみたいで、そういう場合は自分で行うとの事。

 建物も特別クラスの学生寮の方が新しく、室内にトイレやお風呂も完備されていて至れり尽くせりなのに反して、普通の学生寮だとお風呂やトイレは共同で、しかもお風呂は決まった時間にしか使えない。

 他にも色々とあるらしく、特別クラスの学生と普通の学生ではかなり待遇に差が出るみたいだ。

 さっき学生が沢山いたホール(時間によって夕食を食べる大食堂にもなる)の両側に扉があり、私達が上がって来た階段がある右の扉が特別クラスの棟が建っていて、反対側には普通の学生達が住む棟が建っているんだって。

 更に、普通の学生でも、その中で優れている者は特別クラスまでとはいかないものの、ある程良い待遇を受けるしいらしい。



 強い者は厚遇を受けるのが当たり前――と言うのが、軍に入る前の学生時代からこうして顕著に表れる。



 だから、学生は『上』を目指す。

 上に上がれば上がるほど、待遇が良くなるのを知っているから。



 学園で能力を磨き、体術や剣術などの戦術――それに基礎学問や諸外国の情勢を学び、誰よりも強くなる。



 そう思う者達で溢れている――と教官が教えてくれた。

 まぁ、中には落ちぶれてしまう者もいるらしいが。

 エルス教官は私達をソファーに座らせると、ここでの暮らしの説明をしてくれた。

「朝は六時起床、七時に配膳係が各部屋へ朝食を運ぶから、それまでに着替えや身嗜みを整え終える事。授業が始まるのは、九時半。ここから歩いて十五分の所にある。場所が分からないと思うから、明日だけは誰か一人迎えに行かせるよ」

「お願いします」

「教官、部屋の中には時計が置いてないみたいですが……どうやって起床時間に起きればいいんですか?」

「それは、へッドボードに時を知らせる魔法陣が敷かれているんだ。だから、『起床』『移動時間』『自習時間』『就寝時間』になると音が出る」



 その話を聞いた私は、ホテルにあるベッドのヘッドボードに内蔵されている時計のアラームが鳴るイメージだった。



「朝食を食べてから授業があるまで少し時間がるみたいですが、その間何かしなければいけない事とかありますか?」

「その時間は各自勉強をしていたり、体操したり瞑想したり……まぁ、好きに過ごしていい」

 エルス教官の言葉に、私はこういう学校ってもっと厳しい印象だったんだけど、思っていたより緩いんじゃないかと思ってしまった。

 しかし、話をよく聞けば、それは特別クラスだけの特典なんだって。

 普通の学生は六時よりもっと早く起きなければならないし、制服に着替えたら外に出て日朝点呼をして、その後は急いで寮に戻って部屋の中を掃除する。ベッドの上を整えたり脱いだ服を畳んだりしてから身嗜みを整え、決められた時間内に食堂で朝食を食べる。

 自由時間も少なく、特別クラスがいる学生寮よりも校舎が離れている為、早い時間に寮を出なければならないらしい。

 ハッキリ言おう。



 元の世界でグータラ生活に慣れている私にとって、そんな規則正しくも厳しい生活は無理だ。



 六時起床でもかなり早いと思ったのに、それよりも早く起きて外で日朝点呼とか……考えられない。

 隣を見ると、シンディーも微妙な顔をしている。

 エルス教官はそんな私達を見てるのか見ていないのか分からないが、そのままクローゼットの方へ歩いて行くと、扉を開ける。

 中には部屋で着る室内着の他に、制服が数着ハンガーなどに掛けられていて、正装時の手袋や帽子、それにコートも既に用意されていた。編み上げブーツも数足ある。

 クローゼットの中にある物は好きに使っていいみたいで、使い終わったら洗面台の横に置かれている籠の中に入れておけば清掃員が回収してくれるんだって。

 エルス教官は一旦クローゼットの扉を閉めると、私達を見て笑う。

「今日一日はここでゆっくり過ごして疲れを取り、明日からは早速授業に出てもらう。君達の能力がどのくらいなのか、見せてもらうよ」

「はい」

「分かりました」

「そうそう、夕食だけど、部屋で食べる事も出来るし、大広間で他の学生達と手べる事も出来る。ただ、今日はここで食べた方が気が楽だと思うから、食事をこっちに運ぶように伝えておくから」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、また明日」

 部屋から出ていくエルス教官に、二人でソファーから立ち上がって頭を下げる。



 パタンッと音がしてから顔を上げて――お互い、深い息を吐きながらソファーへ再び沈み込む。



「つ――っかれたぁ~」

 深く腰掛けながらそう呟く。

 ここ数日で色んな事が一度に起き、状況も一遍した。

 役所に行ってから、こんな直ぐに――それも思ったよりも簡単に学園に入れるとは思っていなかった。

「私達……ついにここまで来たね」

「うん」

「ここでちゃんと……やっていけるかな?」

「やらなきゃだめなんだよ。聞いたでしょ? ここで結果を出せなきゃ特別クラスにいられないし、待遇も悪くなるしね」

「……それは、嫌かも」

「私だって嫌だよ」

 シンディーは腕を伸ばしてから立ち上がると、制服を着たままだと窮屈だからと言って、その場で脱ぎ出す。

 ベッドの上に脱いだ制服をポイポイと放り投げ、クローゼットの扉を開けると室内着を取り出し、それを身に付けながら私を見て首を傾げる。

「脱がないの?」

「いや、うん……脱ぐよ」

 よっこらせ、と言いながら立ち上がり、もそもそと制服を脱ぎ始めた。

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