27

 アシュレイはシシリー先生と、部屋の隅で向かい合うようにして立っていた。

 こんな所にアシュレイがいるなんて珍しいなと思っていると、ふと、アシュレイの掌に銀色の細いブレスレットが握られているのに気付く。

 どうやら、シシリー先生からブレスレットを受け取っていたみたいだ。

 え、この二人……デキてるの? と思いながら扉を開けた状態で突っ立っていると、慌てたようにシシリー先生に頭を下たアシュレイがこちらへと走って来たと思えば、そのままの勢いで廊下に出て走り去ってしまった。

 声を掛ける暇もない。



 やっぱり私……嫌われてる?



 アシュレイが走り去った方向を見ながら地味に凹んでいると、シシリー先生にどうしたんだと声を掛けられた。

 慌てて保健室の方に顔を向け直し、頭を下げる。

「あ、すみません。腕を怪我したので直してもらおうかと思って来ました」

「……今日はもう治療が出来る生徒達を返したから、私が治すよ。そこへ座って」

「はい、失礼します」

 部屋の中に入り、直ぐ近くに置かれていたパイプ椅子に腰かけて、痛い方の腕の服を捲ってシシリー先生に見せる。

 シシリー先生も治癒の能力持ちなのか、徐々に腫れて来た手首に掌を翳すと直ぐに治療してくれた。

 治す速さは、ほとんどシンディーと同じくらいかもしれない。

 完治した手首を回しながら、直してくれた事に対して感謝の言葉を述べつつ頭を下げた時、唐突にシシリー先生が質問して来た。



「君、エルス教官をどう思ってる?」



 突然何を聞いて来るんだと思いながらも、おずおずと口を開く。

「え? えっと、そうですね……見た目に反して訓練ではとても厳しい方です。ですが、分からない事は嫌な顔をせずに丁寧に教えてくれます。親切だし、優しい方だと思います」

「……そう。と言う事は、君は『教官』としてエルスを慕っていると言う事かな?」

「まぁ、そう……なんですかね?」

 別に好きとか嫌いとか無いなぁ。

 どちらかと言えば……普通?

 ハッキリ言えなくて、疑問形になっちゃうよ。

 そんな私を見下ろしながら、シシリー先生は何か考え事をしていたみたいだけど、急に「分かった、もういいよ」と言って、手を振って保健室から出て行くように命じる。

 一体何だったんだと思いながらも、直してくれた事に対して頭を下げてから保健室を後にした。





 今日の夕食は何かなーと思いながら廊下を歩いていると、進行方向の廊下の先からキャスとアレックス、それにイーグニスがこちらに向かって手を振りながら歩いて来た。

「ルイ―っ! 探してたんだよぉ」

「キャス、何かあったの?」

「違う違う、夕食を一緒に皆と食べようって話してたから、ルイを探してたんだぁ」

「明日は野戦訓練当日じゃん? その確認も兼ねて、一緒に食べながら話し合おうって思っててさ」

 それで連絡がまだ取れなかったのが私とイーグニスの二人だけだったんだけど、イーグニスはさっきと合流したから、まだ見つかっていなかった私を三人で一緒に探していたそうだ。

 アレックスの言葉に分かったと頷きながら、他の皆はと聞けば、もう大広間に行っていると言われた。



 どうやら、集まる場所は学生が多く集まるホール――大食堂らしい。



 流石に、自分達の部屋に八人も入るのは狭すぎる。

 キャスがお腹が空いたから早くご飯を食べに行こうと言うので、私達は四人仲良く話し合いながら広間へと歩いて行ったのであった。





 そう言えば、そこにはアシュレイも来るのかと聞けば、今回は野戦訓練の打ち合わせも兼ねているから一緒に来ると言われた。

 先程の事を思い出し、ちょっとだけ気まずく思ったけど、そうこうしているうちに大食堂に着く。

 小さな子供から大人っぽい見た目の幅広い年代の学生達で賑わう広間は、食事時だからのか、かなり大勢いる。

 学校で全校集会した時に集まる人数くらいは、軽くいそうだ。

 食事はバイキング形式になっていて、トレイにお皿とフォークを置いてから好きな食べ物をお皿に乗せていく。

 エルス教官との訓練後はごはんを沢山食べないと、後程悲惨な目に遭うというのを何度も体験した。

 お腹が空いて寝れないなんて、初めて経験したよ。

 しかし……。



 お皿に山盛りに乗せたおかずの数々を見下ろしながら、今までの私なら人目を気にしてちょこっとしか乗せられなかったよなと思う。



 でも、人目を気にしていたらいつまで経っても体力が付かないし、強くもなれない。

 それに、食事は体を作る大事な基礎だとエルス教官から怒られて(笑ってるのに目が笑ってなくて怖かった)から、ガツガツ食べるようになった。

 ちょっとだけでも、人間って変われるものだなと思った。

 キャスとイーグニスが先導してくれる後を、アレックスと今日の訓練はあーだったこーだったと話しながら歩く。

 暫く生徒達がご飯を食べているテーブルとテーブルの隙間を縫うように進んで行くと、少し開けたところに数人だけで座れるようなテーブルが置かれていて、その一区画にシンディー達がいた。

 私達に気付いたシンディーが、こっちだよーと手招きしてくれた。

 シンディーが隣の席を引いてくれたので、そこに腰掛ける。

 皆が揃ったところで一斉に食事を開始する。

 暫くは、無言で食べていたんだけど、食べ終わる頃になるとエイベルがしょんぼりしながら口を開く。

「はぁ~。明日から美味しいご飯が食べれなくなると思うと、憂鬱だなぁ」

 その言葉に皆がどんよりとした空気を出す。

 明日から野戦訓練期間中、学園から支給される栄養補助食品といった携帯食や野草しか食べられなくなる。



 しかも、訓練期間中はお風呂にも一切入れないと聞いて、元の世界や学園でも毎日シャワーを浴びていた私にとって、かなり厳しいものになりそうである。



 それから、明日からの持ち物の確認、そして光樹の森ではどのような事を気を付けるべきなのか話し合っていた。

 それと、キャストとエイベル、それからアシュレイが魔獣の生態についてかなり詳しいので、魔獣と出会った時の対処法なども真剣に聞いていた。

 ある程度情報交換もし終わって、それじゃあ部屋に戻るかと言う話になった時、イーグニスがそう言えばと皆を見る。



「この前教官達が話していたのを偶然耳にしたんだけど……この学園の生徒の中で、『離反者』がいるって言うんだ」



 離反者と聞いた事のない言葉にシンディーを見れば、分からないと首を振られた。

 どういう事かと聞けば、学園の生徒が他国の人間と通じて国を裏切ろうとしている――と言うものらしい。

 数年に一度のペースで、生徒が離反する事件が起きるみたいだ。

 今よりも待遇を良くする、軍の中での地位も約束するという甘い言葉に惑わされる生徒は少なくないんだて。

 まぁ、大抵の場合は失敗して、国の監視が付いて一生雁字搦めな生活を余儀なくされるらしいけど。



 他国に手引きする人間がこの国にいるって事は……私が自分の能力にした『情報を書き換える』能力を持っている人が、他にもいるのかもしれない。



 イーグニスの話に皆がざわついていると、突然アシュレイが立ち上がった。

「私、もう部屋に戻るから」

 そう言うと、声を掛ける暇もなく歩き去ってしまう。




 皆が突然の行動に驚いていアシュレイの後ろ姿を見ている最中、イーグニスだけが険しい顔で見詰ていた。

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