34
『シリル、声を出しちゃ駄目っ!!』
アシュレイが焦ったように念話をシリルに飛ばすが、遅かった。
シリルの声を聞いた魔獣は突然、グウォオ゛ォ゛オオ゛ォッ! と恐ろしい咆哮を上げた。
その咆哮で今まで寝ていたシンディーも飛び起きる。
魔獣はその姿……エイベルに変化していたのを徐々に本来の姿へと変えていく。
体の大きさは見上げるほど大きく、丸い白い眼と口の中が真っ赤な色をしている以外、全身は黒かった。
先程アシュレイが言っていてような体つきをしていたけど、腕と脚の筋肉が異様なほど発達していて変な見た目をしていた。
「な――っ!?」
叫びそうになるシンディーの口を咄嗟に押さえながら、シーッと唇に指を当てると目を白黒させながら瞬きをしていたんだけど、不意に円の外で咆哮を上げ続ける魔獣を見ると目を見開いた。
魔獣本来の姿を目にした私達は、本能的な恐怖に震える事になる。
今まで遭遇して来た魔獣とは全然違う。
勝てる気がしないし、ここから生きて帰れるという希望も湧かない。
ただ、純然たる『死』が私達を待っているのが分かる。
シリルも魔獣についての知識がある方だから、魔獣――シンの姿を見て驚愕していた。
何故、こんな所にシンがいるんだと。
でも……。
両腕を上げて長く咆哮していた魔獣が、突然その咆哮を止めるとシリルをゆっくりと見下ろした。
そう、シリルが声を出してしまったので、魔獣にシリルがいる場所を教えてしまっていたのだ。
ひっ、と悲鳴を上げるよりも早く、魔獣が動く。
ゆらりと体が揺れたと思ったら、上げていた右腕をそのまま振り下ろし、下からすくい上げるようにシリルを殴り付ける。
カシャンッ! というガラスが割れるような音がしたと思えば、私達の周りに隠密粉と同じような色をした薄い膜が粉々に空気中に舞う。
もろに魔獣に殴られたシリルは、まるで軽いボールのように円の外へ飛ばされた。
悲鳴を上げながらシリルの方へ目を向ければ、一瞬で十メートル先にまで殴り飛ばされ地面にうつ伏せで倒れていたんだけど、その直ぐ側へ目にも止まらぬ速さで移動した魔獣がいて、両腕を上げながら襲い掛かろうとしていた。
「――シリルっ!!」
咄嗟に、私は時を止めていた。
周りの動きが一斉に止まり、音も聞こえなくなる。
慌てて立ち上がり、倒れ伏すシリルの元へ向かう。
「し……シリル」
近くまで駆け付けた私は言葉をなくす。
倒れているシリルの顔――殴られた方が歪な形になっていて、耳と鼻と口から血が流れていた。
私は倒れているシリルの胴を腕を回して持ち上げてから、シンディーとアシュレイの元へ戻る。
その場で時を動かさないまま私は周りを見回し、手頃な丸太を見付けるとそれを持って魔獣の元――シリルが倒れていた場所に丸太を置く。
本当にこの『時』を止めている能力を使っている時だけは、人でもモノでも、何でも軽くなるから助かる。
丸太を置いてからシンディー達の元へ戻り、地面に落ちている布を各々のバックに詰め込み、悲鳴を上げている状態で動きを止めているシンディーとアシュレイにバックを背負わせる。
私もバックを背負ってから、シリルのバックを前の方で――前後ろで背負ってから、一旦時を動かす。
すると、魔獣が野太い雄叫びを上げながらシリルがいた場所に置いた丸太を、両拳で何度も叩き付けていた。
間一髪だった。
もしもあのまま時を止めていなければ、シリルは間違いなく死んでいた。
エルス教官に言われていた通り、無意識にでも時を止めれる訓練をしていて良かったと心から思った瞬間だった。
恐ろしい光景を目にしながら皆に声を掛けようとしたら、アシュレイが丸太を叩き続けている魔獣の方へ行こうとしたので慌てて腕を掴んで止める。
「アシュレイ!」
「離してっ! シリルを助けないと!!」
「大丈夫、大丈夫だから! 私が助けたから」
「……え」
私の言葉に驚いた顔で振り向いたアシュレイは、地面に横たわるシリルを見て、ホッとしたような泣きそうな顔になった。
でも、安心している暇はない。
「怪我をしているから、急いで治した方がいいのは分かってるんだけど、ここにいる方が危険だから、一旦ここを離れようと思う」
「……そうだね」
「怪我は私が直ぐに治すから任せて!」
「分かった、じゃあ移動するね」
そのままでは移動しずらいから、シンディーとアシュレイに抱き合ってもらい、バックの中に入っていた少し太めの縄で二人の体を巻き付けてから再び時を止める。
私は立ちあがると、右手にシンディーとアシュレイを繋いだ縄を持ち、左腕でシリルを抱え上げる。
魔獣の方をチラリと見れば、一心不乱に地面に拳をめり込ませていた。
ふぅーっと息を吐き出してから、私は川を下るようにして駆け出した。
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