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どうやら、あの老婆によって情報を書き換えられてしまうと、それ以降、紙に新たに血を垂らしたとしても、元の情報ではなく、書き換えられた情報がそのまま載るらしい。
それなら、あの貴族のお嬢様は一生貴族に戻れない事になる。
泣き叫ぶお嬢様を可哀想だとは思うが、誰もそんな気の使った言葉を掛ける人は無い。
だって、次は自分の身がどうなるか分からないんだから。
まぁ、親が助けに来てくれたら別だろうけど、あの太った男――役人が絡んでいるなら難しいかもしれない。
そうしている内に、あの瞬間移動をする老婆が牢の中にいる女性一人一人の前に順番に現れ、指に傷を付けて紙に押し付けていく。
そして、それをもう一人の老婆が紙の内容を操作してから男に渡す、と言う事を繰り返していた。
もちろん、私や私と小声で話していた女の子の前にも現れたが、一瞬の内に終わってしまった。
元はどんな内容が書かれていたのかは知らないけど、能力を持たない十六歳の孤児として登録されたみたいだった。
男はあるていど老婆に書き換えられた紙を集めさせると、手に持った十五枚ほどの資料をニヤケながら眺めつつ、四人ほど――孤児として登録された人物の名を呼び、牢の中から出るように言う。
「アンバー、シンディー、クルエド……それにルイ、お前達は既に行く場所が決まっている。移動するからそこから出て来い」
名前を呼ばれた時に肩がビクッと肩が跳ねたところを見ると、私の隣に座って話していた女の子も孤児として登録されたらしい。
しかし、呼ばれたからと言って素直に立ち上がるはずもなく、俯いて黙っていると、太った男の後ろで今まで黙って控えていた体格のいい男達が、牢の中に入って来ると名前を呼ばれた人物を牢の中から引き摺り出す。
もちろん、私も一緒に。
無理やり歩かされながらも後ろを振り向けば――出された牢の入り口部分が閉められ、鍵が掛けられているところだった。
そして、今名前を呼ばれなかった人達がホッとしたような表情でこちらを見ていたのが、後に時間が経っても忘れられない光景として脳裏に焼き付くことになる。
建物の外に出ると、雨が降っていた。
まるで、今の泣きたい気分を代弁してくれているかのようだ。
役人の太った男は雨を見て嫌そうな顔をしながら、用意をしていたらしい荷馬車に私達を乗せるよう男達に指図する。
どこに連れて行くのかと一人の女の人が聞いていたが、「お前達にとっては地獄のような所だろうよ」と言われ、何か言う前に強引に荷馬車の荷台の上に乗せられてしまった。
ガラガラと舗装のされていない状態の悪い道を、荷馬車を引く馬が走り続ける。
数時間前も同じような荷馬車で揺られていたけど、その時と違うのは、連れ去る人物が老人じゃなくなった事と、私と同じように捕らわれた人が一緒にいる事だろうか。
布が掛けられ、中が見えないようにされた荷台の中には、私達四人と、この後行く場所でまた老婆の能力が必要と言う事で、老婆達も一緒に乗っていた。
その荷台の周りを、私達が逃げないように数人の盗賊達が囲むようにして馬に乗って移動していた。
太った男は残りの女性の処遇を決め兼ねてるらしく、建物に残っていてここにはいない。
「これから、どうなるんだろう」
「さあね。まぁ今よりは確実に良くない状況に置かれるのは間違いないね」
嫌そうな顔で、先ほど色々と教えてくれた女の子はそう言う。
泣きたくなった。
何でこんな事に……家に帰りたい。
暫く、膝を抱えながら泣くことしか出来なかった。
荷馬車での移動はかなり長かった。
普段、車や電車やバスといった快適な乗り物しか乗った事が無い私にとって、走る衝撃がもろに体に響く造りの悪い荷馬車で長時間揺られているのは、本当に辛い。
途中までメソメソ泣いていたが、泣く気力もなくなってきたくらいだ。
痛むお尻を擦っていると、漸く荷馬車が止まった。
目的地に着いたのかと緊張したけど、日も落ちて来てこれ以上進むのは危険だから、今日はここで野営をすると言う言葉が聞こえて来る。
中にいた私達はホッと息を吐く。
荷馬車の入り口に掛けられていた布を開けられ、外に出るように言われて外に出てみれば、辺りはすっかり暗くなっていてた。
雨は止んでいたが、荷台から降りて地面に足を付けると、かなり雨が降っていたからなのか、土に足が軽く沈む。
ぐにゃっとした感覚が気持ち悪いなと思っていると、見張り役で付いて来ていた男達の一人に、野営の準備が終わるまで一か所に集まって座って待っているように言われたので、老婆と共に近くにあった倒木のところに行って腰を下ろす。
揺れない地面に座っているのにも関わらず、荷馬車での揺れがまだ続いているような気がして気持ちが悪い。
周りを見れば、皆疲れ切った顔をしていた。
倒木に寄り掛かり、膝を抱えながら直ぐ近くでテントを張っている男達を暫くボーっと見ていたんだけど。
「……ん?」
ふとした時に、遠くから梟のような鳥の鳴き声が聞こえてきたような気がした。
最初、それはただ単に遠くで鳥が鳴いているだけだと思っていた。
でも、その鳴き声は段々私達がいる方へと近付いて来ているような感じがする。
辺りも暗くて見えにくいし、ちょっと怖いような気もする。
きょろきょろと辺りを見回していると、隣に座っていた女の子がどうしたの? と聞いてきたから、梟のような鳴き声がだんだんこっちに近付いて来るような気がするんだけど、と教えれば、何故か顔を強張らせた。
それは、他の女の人達も同様の反応をする。
どうしたのかと聞いても、女の子は静かにするようにと唇に指を立てながら、目を閉じて辺りの音を聞いていた。
それからゆっくりと目を開いた後、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら笑う。
「ねぇ、どうしたの?」
「はは、闇市に行く前に、地獄を見る事になりそうだわ」
「……え?」
女の子はいきなり立ち上がると、野営の準備をそろそろ終えようとしていた男達に向かって声を張り上げた。
「野獣――しかも、クルコックスがこっちへやって来るわっ!!」
その言葉に、男達は驚いた表情をしながら作業を止めると、慌てたように腰に佩いていた剣を抜き取り辺りを警戒する。
女の子はそれを見て立が上がる。
「ここで女だけで固まってても、死ぬのを待つだけよ。あっちに行った方がまだ生き残れる可能性が高い。ほら、ボーっとしてないで逃げるよ!」
「え? ぁ、えぇ?」
「何をしているのっ! 早く立って!!」
どうすればいいのか分からずにオドオドしていると、女の子に腕を掴まれて強引に立たせれる。
私が立ち上がるより先に、一緒に座っていた女の人達が我先にと走り去っていた。
横では、老婆達が腰を抜かしたようにして這い蹲るように手足を地面に付けて逃げようとしている。
「お婆さん達が……」
「人の心配している暇はないって! 急いで逃げなきゃ私達が死ぬから!」
「う、うん」
皺がれた声で助けを求める老婆を見ないようにしながら、男達がいる方へと走った瞬間――。
私達が今まで座っていた倒木の裏側から、大きな狼みたいな獣が何頭か飛び出て来たのだった!
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