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 その獣は、顔や体は大きな狼のように見えるが、赤い瞳が三つあり、尾は蛇の双頭という恐ろしい姿だった。

 しかも、狼の口からは獣のような唸り声が聞こえてくるが、尾の部分にある蛇の口からは、先程聞こえてきた梟の声で鳴いていた。

 気持ち悪いその姿に体が強張るが、女の子に腕を引かれてなんとか足を動かすことが出来た。

 だけど、そんな私達よりもクルコックスという獣の足は何倍も速かった。



 グアァァッ! と一匹が吠えると、一斉に他のクルコックスが走り出す。



 女の足で獣の足に敵うわけもなく、あっと言う間に距離を詰められてしまう。

 最初に、背中に衝撃があった。

「ふぎゃ!?」

「……あっ!」

 気付いた時には地面に倒されていた。

 痛みに叫びそうになるが、何が起きたのかと顔を上げると、あの獣が私の背中に片足を乗せて私を見下ろしていたのだった。

「ひっ!?」

 助けを求めるように女の子の方へ顔を向けると、驚いた顔で私の上に片足を乗せるクルコックスを見ていた女の子に、別のクルコックスが飛び掛かり――襲われている瞬間を目にしてしまった。



 女の子はクルコックスに腕を齧られながら、少し離れた地面へと沈む。



「うそ……ねぇ、誰か――ぎゃぁぁ゛あ゛ぁぁっ!?」

 襲われる女の子に向かって手を差し伸べながら、誰かに助けを求めようとした瞬間、右足の脹脛に走った激痛に絶叫した。

 燃えるような痛みに耐えながら顔を右足に向けると、私に乗っていたクルコックスが齧り付いていた。

 しかも、私をどこかに連れて行こうというのか、齧りながら後ろに下がって行くので地面をズリズリと引き摺られて行く。

「いやぁぁあぁ! 離してぇ!!」

 地面に爪を立て、連れて行かれないように暴れるが、足を齧られながら左右に振られ、痛みで力が出ない。

 涙と鼻水を流しながら両手を辺りにさ迷わせていると、何かが指先に触れたので慌ててそれを掴む。

 見ると、手首くらいの太さの木の枝だった。

 たぶん、野営をするのに男達が使っていたものが転がっていたのだろう。



「うあ゛ぁあぁ゛ぁ゛ぁっ!! 離せぇーっ!!」



 引き摺られながらも上体を持ち上げ、痛みを耐えながら渾身の力で木の枝をクルコックスの鼻先へ振り落とした。

 ガツンッ、と腕に伝わる衝撃に一瞬怯みそうになるが、そのまま何度も鼻と目へと向けて振り落とす。

 木の枝が鼻と目に直撃して、ギャインッ!? と言う悲鳴がしたと思ったら、私の足を齧っていたクルコックスは何処かへ逃げてしまった。

 助かった……と思ってホッと息を吐いた時。

 ドシャッ、という音と共に、私の直ぐ横にあった水たまりへ大きな塊が落ちて来た。

 撥ねた泥水を被りながら、え? と思いながら落ちて来たものを見て――目を見開く。



 それは、体を無残な状態で引き裂かれた老婆達であったからだ。



 呆然としながら老婆達を見ていると、少し離れた場所で耳障りな音が聞こえて来た。

 ゆっくりと音がした方へ顔を上げれば――そこには、一頭のクルコックスが立っていて、何かを咥えながら振り回している。

 それはよく見ると、肘から先の細い腕と、太腿から足先までの血塗れた脚だった。

 どうやら、折り重なるようにして私の隣へと落ちてきた老婆達は、あそこにいるクルコックスに齧られながら強い力で振り回されて、腕と足を引き千切られながらここに飛ばされたんだと思う。

 私の口から、声にならない悲鳴が漏れる。




『痛いよぉ』

『嫌だ嫌だ嫌だ!』

『何よこれ』

『帰りたい』

『これは夢でしょ?』

『怖い』

『お母さんに会いたい』

『死にたくない』

『死にたくないっ』

『死にたくないっ!』





 頭の中は、そんな言葉に溢れていた。

 老婆の体から流れる血が、水たまりを伝って私の方へと流れて来る。

 振り回していた手足を食べ終えたクルコックスが、汚くゲップをしながら、何かに気付いたようにこちらへと振り向く。

「……っ!?」



 ――気付かれた。



 カチカチと鳴る歯の音が、凄く大きく聞こえてくる気がした。

 私を見たクルコックスは、ゆっくりと体の向きを変えると、呻りながら姿勢を低くする。

 どうやら、見逃してはくれないみたいだった。

 ハッ、ハッ、ハッ、と速い間隔で息を吸ったり吐いたりしている内に、クルコックスが襲って来て私の喉を引き裂く恐ろしいヴィジョンが見えた。

 這い蹲りながら、それでも逃げようと腕を動かす。

 バシャリッ、と老婆達の血が混ざる水たまりに手が触れるのと同時に、体を低くしていたクルコックスが地面を蹴って走り出す。

 瞬く間に目の前にまで迫る恐ろしい獣を見ながら、私は強く思う。



 死にたく、ないっ!!



 そう思った瞬間、ドクンッ! と心臓が強く跳ねた。

 まず、血が混ざる水たまりに浸かる左の掌から熱い“何か”が駆け上がり、それは腕を通って口の中に溜まっていく。

 グッと唇を閉じ、口の中一杯に“何か”が溜まって溢れ落ちそうになる前に、ゴクッと喉を鳴らしながら“何か”を飲み込んだ。

 それは口の中から食道を通り、胃の中全体に広がったのと同時に――私の喉を切り裂かんとするクルコックスが、大きく口を開いたところだった。



 私はやってくる衝撃に備えるため、肩を竦めながらギュッと目を閉じた。

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