37

 アシュレイはポケットの中に入れていた折り畳み式のナイフを取り出すと、それを使って自分の手の甲を思い切り切り裂いた。

 突然の行動に驚く私達を見ても意に介さず、出来た傷を治してみてとシンディーに言う。

 シンディーは、アシュレイが何をしたいのか分からないといった表情をしながらも、言われた通りに治癒を掛ける。

 すると、瞬く間に傷は治り、手の甲には血の跡しか残らなかった。

「……治ってる」



 シリルの怪我は治らないのに、どうしてアシュレイの傷は治るのか……。



 シンディーは立ち上がると、隣の円の中にいるキャスとエイベルそれにアレックスの怪我を治そうと治癒を試みるも、傷が治らないようであった。

 ちなみに、走っている時に草の葉で切れた私の怪我は治せた。

 一体これはどういう事なんだと思っていると、アシュレイが覚えているかと言う。

「一旦合流してから、一緒にならないで別れるべきだってシリルが提案したでしょ?」

「あぁ、あの時ね」

「その後、私達が別かれる前にイーグニスがしていた行動を思い出せる?」

「え、イーグニスの行動?」

 私は一生懸命考えた。

 行動……行動……あ、もしかして!



『それじゃあ後もう少し、気を抜かないように頑張ろう!』



 イーグニスがそう言って、皆の肩や腕をポンポンと叩きながら励ましていたのを思い出す。

 そして、私と嫌そうにイーグニスの手から離れたアシュレイだけが、その手から逃れていたのも同時に思い出した。

 アシュレイにその事を言えば、能力で目の色を変えたアシュレイが、イーグニスに触られた部分の肩や腕から、不思議な色――何らかの能力が発動していると言う。

 瞳の色を元に戻し、悲しい表情で本当は疑いたくなかったし、小さい頃から共に学んできたクラスメイトでもあるイーグニスを監視するのも嫌だったらしい。

「絶対、絶対に許さない」

「キャス……」

「だって、だってだって! 皆を殺そうとしたんだよ!?」

 咳が治まったとはいえ、腕と肋骨が折れて満身創痍なはずなのに、キャスの瞳は怒りに燃えていた。

「しかもあいつ、何の能力を隠し持ってるのかは分からないけど、絶対に『治癒力阻害』の能力を持ってるよ」

「治癒力……阻害?」



 新しい単語が出て来て、それは何かと聞けば、難しい表情をしたシンディーが教えてくれた。



「治癒力阻害っていう能力は、読んで字のごとく。私のような治癒能力の妨害をして、怪我を治せないようにするの」

「そんな……そうしたら、ここにいる皆は……」

「そう、このままの状態が続く。たぶん、今の状態が続けばそれに気付いた教官達が駆け付けて来ると思うけど……教官達がここにたどり着くまで、皆が生きている保証は……出来ない」

「うそ……」

 ごめん、と謝りながら俯くシンディーに、シンディーは悪くないとキャスが叫ぶ。

 悪いのは離反者のイーグニスだとも。

 どうしたらいいのかと、その治癒力阻害をなんとかするには、どうすればいいのかと泣きそうになりながら問えば――。

「……しょれ、は……イーグニひゅと同じ、能ひょく……を持つひひょが、いれびゃ……いいんだひょ」



 腫れていない方の目を開け、私達を見上げながらシリルがそう答えた。






「シリル!」

「シリル、気付いたの?」

「顎の骨も折れてるから、あまり喋らないで」

「いひぇひぇ……うん、大ひょぶ」

 呂律が回らず聞き取り難いけど、痛さを我慢しながら一生懸命私達に伝えようとしてくれるシリルの言葉に、私達は耳を傾けた。

「魔力そぎゃひは、それひょ同ひ能ひょくがある、と……解びょ出きりゅ」

「んっと……イーグニスが持っているであろう治癒力阻害の能力も持っている人がいれば、その能力を解除出来るって事?」

「そ!」

「成程……それじゃあ、この学園にそういった能力を持つ人はいるの?」

「ひひょりいる」

「一人か……ねぇ、アシュレイはその能力を持っている人を知ってる?」

「知ってるけど……」

 それじゃあ、千里眼でその人がいる場所を見てみて、近くにいたら連れて来ると言って確認してもらったんだけど、暫く遠くを見ていたアシュレイは能力を解くと首を振った。

「無理」

「どうして?」

「ルイの瞬間移動でどこまでいけるのかは分からないけど、離れ過ぎてる」



 ちなみに、どこにいるのかと聞けば……猫の顔の形に似た地形の右耳の先端部分だと言う。



 全力で走ったとしても、何日掛かるのやら……てか、一人で移動するなんて地形も分からないし無理な距離です。

 がっくり項垂れていると、シンディーに脇腹をツンツンされた。

 何?

 今私は打ちひしがれているんだけど、と思いながら振り向けば、ガシッと首元を腕で押さえられた。

 急に何をするのかと思えば、シンディーが周りを気にしながらコソコソと話し掛けて来る。



「あのさ、そんな人を探しに行かなくても……ルイがイーグニスの能力を喰えばいいんじゃない?」






 シンディーの言葉に確かに! と思いながら、アシュレイにイーグニスはどこにいるのかと聞けば、辺りを見回したアシュレイが険しい表情である場所を睨みつける。

 同じ方向に目に全員で目を向ければ、暗い森の奥深くから草や木の枝を踏み締める音が聞こえて来る。

 それも、一人じゃなくて複数の音がした。

 辺りに緊張が漂う。

「シンディー」

「……なに」

 アシュレイは足音が聞こえてくる方向を見詰ながら、お願いがあると言った。

「さっき、ルイに何かを下でしょ」

「…………」

「別に、誰かに言うつもりも脅すつもりもない。だけど、この場を乗り切るにはどうしても恐怖心が邪魔をする」

「……だから?」

「まだ、ルイにその能力・・・・を使っているみたいだから、出来たら私達にも使って欲しい」

「……分かった」

 シンディーは暫く悩んでいたみたいだけど、アシュレイや目覚めたシリル、それにキャスへ何かの能力を掛ける。



 やっぱり、さっきの頭ポンポンはシンディーが何かしてくれたんだな。



 キャスの方から私達がいる円へと戻ってきたシンディーを見詰ていると、ふいっと顔を反らされた。

「ねぇねぇ、シンディー」

「なに」

「ありがとう」

「っ……うん」



 別に、持っていた能力を隠されてたからって、嫌いにならないよ。

 それに、元々秘密にしてる能力があるって言ってたじゃん。



 私がそう言えば、シンディーはホッとしたような顔をした。

「話し合いはそこまで……来たよ」

 アシュレイの言葉に、一斉に音の方へ目を向ける。

 エイベルに化けていた魔獣の時と違うのは、こちらに向かって来る音の数が多い事。

 そして、友達だと思っていたイーグニスが敵となって、私達を本気で殺そうとしている事だった。

 だから……。



「やぁ、皆……よく生きていたね」



 楽しそうに、笑いながら両隣に魔獣を従わせるたイーグニスが森の奥から出て来た時、私達は警戒態勢を取った。

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