36

 樹の幹と自分の膝に手を置きながら、走り続けて荒くなった息を吐き続ける。

 一生分を走ったんじゃないだろうかと思いながら、漸く皆の元へたどり着いた事に安堵する。

 走っても走ってもたどり着かないから、道に迷ってしまったかと思った。

 息を整えてから、草むらから出ると――。



 そこには、おぞましい光景が広がっていた。



 全滅。

 アシュレイの言葉が正しかった。



 両腕両足を有り得ない方向へぐじゃぐじゃに捻り潰され、血を流しながら倒れているエイベル。

 アレックスは離れた木の根元で手足を投げ出す形で座りながら頭を垂らし、頭や鼻、それに口から血を流し、地面には血だまりが出来ている。

 地面に色々な種類の武器が散らばる中、その中央では魔獣――シンの大きな両手で体を握り潰されそうになっているキャスがいた。 



 私は大きく息を吸い込みながら駆け出すと、まずはキャスから救出する事にした。

 大きいな手で握り潰されているキャスは、口から血を流しながら絶叫していたじょうたいだから、エイベルやアレックスと違ってまだ生きていると確信出来た。

 まずはキャスの体にめり込む指を外していく。

 相当な力が入っているはずなのに、指の一本一本を苦労せずに外す事が出来て本当に良かったと思う。

 全ての指を外し終え、魔獣の側から離れた所に一旦キャスの体を横たえてから、アレックスをそっと持ち上げてキャスの隣に座らせる。

 そして最後に、両手足が少しの振動でも千切れそうなエイベルをそっと持ち上げた。

 時が止まっているからなのか、持ち上げても手足はそのままの状態を保っている。



「これで全員――って、あれ? イーグニスがいない?」



 エイベルをキャスとアレックス元に置いた後、イーグニスがいない事に気付く。

 もしかしたら、アレックスみたいに少し離れた場所に飛ばされたのかと思い、辺りを歩いて確認してみるも、どこにもいない。

 どうしてなんだろうと思いながらも、暫く木の上や草むらをくまなく捜していたんだけれども、結局見つけ出す事は出来なかった。

 不思議に思うも、一旦怪我をしている皆をシンディーの元へ届けてから、又ここへ戻ればいいかと思い直し、アレックス達がいる場所へと引き返す。

 歩いていると、バックの中身が地面に散らばっていた。

 私はそこから隠密粉だけを探して拾うと、ポケットの中へと仕舞う。

 魔獣の足元にもあったから、ひょいと拾い上げる。

 そんな時、あれ? と不思議に思った。



 何で私……こんな光景を目にしてるのに、怖くないんだろう。



 そう、普通であれば、この惨劇の状況を見た瞬間に吐いていてもおかしくない。

 なのに、手足が震えるどころか、全く怖くもない。

 おかしいな、と思いながら比較的傷が少なそうなキャスの上に重症のエイベルを重ね、持っていた縄で二人の体を軽めに縛る。

「よし、それじゃあ行くか。もう少しで痛くなくなるからね、もうちょっとの辛抱だよ」

 そう言いながら右手に二人を繋ぐ縄を持ち、左腕に手足を投げ出した状態のアレックスを抱えて立ち上がり――ふと、先ほどのシンディーとのやり取りを思い出した。



『はい、これで怖い思いをしなくなるよ』



 頭をポンポンと叩きながらそう言ったシンディー。

 もしかしたら、あの時何か能力を使ったのかもしれない。

 そういえば、治癒以外の能力も持っているって言っていたし……。

 どんな能力かは分からないけど、今は凄い助かる能力だと思えた。







 先ほどよりは両手に皆を抱えたりしていたから、急ぎながらも全速力では走らなかった。

 どうか道に迷いませんようにと心の中で祈りつつ、暫く走っていると――漸くシンディー達がいる川原へと着いた。

 よろよろになりながら、シンディーとアシュレイがいる円の直ぐ側にキャス達を横に並べるように置き、その周りを気持ち大きめに石を使って円状に掘る。

 そして、あちらで拾った隠密粉を取り出し、二日分の量を溝に流す。



 粉を流し終え、自分も円の中に入ってから、漸く時を動かした。



 はぁーっと息を吐く間もなく、魔獣に握り潰されそうになっていたキャスが、時が動いた事によって再び叫び出した。

 慌ててキャスの口元を覆い、ばたつかせる足を体を使って押さえながら、もう大丈夫だと耳元で囁き続ける。

「ふーっ、ふーっ」

「キャス、キャス……大丈夫、助かったんだよ。もう大丈夫だよ」

「うぅぅ……」

 暫く暴れていたキャスだったけど、漸く落ち着いて来たのか、焦点の合わなかった瞳が徐々にはっきりしたものになり、見下ろす私の姿を見てから涙を流し出した。

「……キャス、口の手を離すから、叫ばないでね?」

「ふ、む」

 ゆっくりと手を離すと、キャスはひぐひぐと泣き出した。

「こ、怖かった……みん、な……やられちゃっ、て」

「うん、偉いね、頑張ったね。もう大丈夫、他の皆も助けたから」

「……ほ、んと?」

 安心させるように頷きながら、ただ、と口を開く。

「イーグニスだけは見付けられなかった」

 助け出せなくてごめん、でも直ぐに探しに行くから、と謝る私を見上げながら、何故かキャスが震え出した。

 一体どうしたのかと思えば、隣でシリルの怪我を直していたシンディーに声を掛けられる。



「ルイ……どうしよう!」



 その泣きそうな声にどうしたのかと、顔を上げて見てみれば。

「怪我が……怪我が、全然治らない!」

 その言葉に驚きながらシンディーの元に隠密粉の円を壊さないように慌てて行けば、確かにシリルの傷がほとんど治っていない。

 おかしい……シンディーの能力なら、こんな怪我ぐらいなら一瞬で治せるのに。

 一体どう言う事だと思っていると、向こう側で横になっていたキャスが起き上がり、せき込みながら口を開く。



「離反者が……出た」



 一瞬、キャスが何を言っているのか分からなかった。

 離反者って……確か、国を裏切ろうとしている人の事だよね?

 それが、今の状況とどう関係しているんだろう。

 不思議に思いながらキャスを見ていると、キャスはボロボロと泣きながら離反者――皆をこのような状態にした犯人の名を叫ぶ。



「イーグニスが……イーグニスが離反者だったっ!!」



 ゲホゲホと血を吐きながら泣くキャスに、私達の思考は停止する。

 まさか、そんな馬鹿な――と言う思いが駆け巡る。

 しかし、隣でアシュレイがやっぱりと呟く。

「アシュレイ?」

「ここ数ヶ月……イーグニスの様子が変だった」

「それって」

「皆には気付かれないように細心の注意を払って動いていたみたいだけど、私は真眼を持っていたから、何か良くない事を考えているのは直ぐに分かった」

 アシュレイはでも、と続ける。

「暫くは何かに迷っていたようだけど……ルイやシンディーが途中入学して来た頃から、急に変化した」

「え……」

「私達が来てから?」

 私とシンディーが驚いて問えば、そうだと頷かれる。

「そう。皆と過ごす態度はいつもと変わらないけど、話す言葉や思考は嘘偽りで溢れてて……そんな風に変わってしまったから、エルス教官にイーグニスは目を付けられてたの」



 その為、イーグニスを行動を見張るよう、エルス教官に密命を受けていたと、アシュレイは語る。

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