35

 水嵩が減り、足首くらいまでしかない川を横断しながら暫く走り続けていたんだけど、もう大丈夫だろうと思える所にまで来たので、一旦走るのを止める。

 元の世界にいた時なら、脇腹が痛むし体力も無いしで、こんなに走れなかったはず。

 エルス教官との地獄の特訓で得たものは、本当に大きいと本当に思う。

 皆とを地面にゆっくりと置き、その側にバックを置く。

 地面は砂地なので、石で皆の周りを気持ち大きめに堀り、バックの中から隠密粉――二日分を取り出して作った溝の中に流し込む。

 円の端と端が切れないように注意しつつ、全ての粉を流し終えてから私は円の中へ入る。



 それから時を動かす。



 円の中に入った私が、もうこれで大丈夫だと安堵しながら地面にしゃがみ込むのと同時に、シンディーが縄を解き、シリルの治療へと入る。

 これで、シリルも助かる。

 はぁ~っと特大の溜息を吐きながら、そう言えば、とアシュレイに声を掛ける。

「ねぇ、アシュレイ」

「何?」

 シンディーがシリルの顔を治癒するのを見詰めながら、私に見向きもしないアシュレイに苦笑する。

「あのさ、他の皆……イーグニス達は大丈夫かな?」

「え?」

「だってさ、私達の所にあんな魔獣が来てたんだもん。もしかしたら、あっちにもアレと似た奴が襲っててもおかしくないね?」

「……確かに」

 私の言葉に顔色を悪くしたアシュレイに、たぶん大丈夫だとは思うけど、確認だけしてみない? ほら、何も無かったらそれで安心出来るし、と言えば、それもそうだと頷いて千里眼の能力を使ってイーグニス達の方を確認してくれた。



 何もなければいいなと思いながら、シリルはもう治っただろうかと目を向けて――あれ? と首を傾げる。



 シンディーが治癒を開始して、いつもならもうとっくに治っている筈なのに……全く傷が癒えていない。

 どうしたんだろう?

 シンディーに声を掛けようとした時、千里眼の能力を使っていたアシュレイが、ヒッ!? と悲鳴を上げた。



 ガタガタと震え、能力を使って瞳の色が変化するその目元から、涙がボロボロと流れ落ちる。



 どうしたの!? と驚きながら問えば、あちらの隊の皆が全滅していると言う。

「……全滅?」

「どうしよう……どうしよぅ。みんな、しんじゃ……」

「しっかりして! アシュレイ!」

 ボーっと遠くを眺めながら焦点が定まらないアシュレイの頬を叩きながら、私は声を掛ける。

「アシュレイ、もしかしたらまだ皆は生きているかも」

「でも……」

「大丈夫。私があっちに行って、怪我している皆をこっちに一瞬で連れて来るから。そうしたら、シンディーに皆を治してもらえる」

「……分かった」

 アシュレイは腕で涙を拭うと、ここから少し離れている皆の場所を教えてくれた。

 私達がここに移動した事によって、真っ直ぐ進めば辿り着けるみたいだ。



 私は頷いてから時を止めて行こうとしたんだけど、シンディーにちょっと待ってと止められる。



「どうしたの?」

「あ、いや……うん、一人で行動するのは怖くない?」

「まぁ、ちょっと怖いけど……」

 私がそう言えば、そうだろうとシンディーは言いながら、ちょっとこっちに来てと手招きする。

 何をするのかと思いながらも近付けば、頭をポンポンと叩かれた。

「はい、これで怖い思いをしなくなるよ」

「……へ?」

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

 シンディーの行動の意味が全く分からなかったんだけど、一応ありがとうと述べてから時を止める。

 それから、移動する前に地面に落ちていた縄を手に持ち、イーグニス達がいる方向へ駆け出した。



 それにしても、アシュレイがあんなに取り乱すなんて……。



 走りながら、先程のアシュレイを思い出して、一体あちらはどんな風になっているのかと顔を顰める。

 シリルが殴り飛ばされた光景を思い出せば、皆もああなっているのかもしれないと思えて来る。

 頭を振ってその光景を振り払い、待っててね、皆! と心の中で叫びながら走り続けた。

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