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 不思議なもので、恐怖心が全くないと最初に魔獣に感じていた怖さが全然出て来ず……凪いだ気持ちで相対する事になるとは思いもしなかった。いや、キャス達を助けた時もそうだったけど……。

 ただ、私やシンディーと違って、長年一緒にいたシリルとアシュレイ、それにキャスの三人がイーグニスを睨み付けていた。

 睨まれたイーグニスは肩を竦める。

「本当はさ、皆が苦しまないようにしようと思ってたんだよね。だけど、魔獣を従えるのって難しくてさ……一思いに殺せなくて悪かったよ」

「イーグニひゅ」

「はは、シリル、言葉がおかしいぞ?」

「お前っ! ふざけるのも、いい加減にしろよっ!!」

 顔を歪ませながら、シリルを嘲笑するイーグスにキャスが咆える。

「なんだよ、キャス……ほら、そんなに騒ぐから血を吐くんじゃないか」

「お前がっ、お前のせいで!」

 キャスは、イーグニスを見て激高する。



 学園で過ごしている時、仲が良かったからこそ許せないんだと思う。



「イーグニス……どうして、こんな事を?」

 私がそう問えば、キャスを見ながら笑っていたイーグニスが突然真顔になる。

 何を考えているのか分からない表情で私を見ながら、クッと口元を歪ませた。

「どうして……だって? そんなの、決まってるだろ? あんたらが学園に来たおかげで、俺でほぼ決まっていた『選出』が白紙になった」

「……え、たったそれだけの事で?」

「それだけの事? あぁ、お前にとってはそれだけの事だろうよ! でも、俺にとっては何よりも大切だったんだ!!」

「それは、ルイやシンディーには関係の無い話」



 アシュレイはバッサリとイーグニスの言葉を切ると、皆にかけた治癒力阻害の能力を解くように命じる。



「嫌だね」

「解かなければ、本当に皆が死んでしまう……特にエイベルとアレックスが危険」

「そんなの、俺の知った事じゃない」

 イーグニスのその言葉を聞いた私は、我慢ならなくて時を止めた。



 本当は、イーグニス自身に、皆に掛けた治癒力阻害の能力を解いて欲しかった。



 でも、実際に彼の口から出て来る言葉は、皆を悲しませるものばかり。

 それだったら、私が皆を治せるようにするだけだ。

 私はアシュレイのポケットに手を入れて折り畳み式のナイフを取り出すと、それを持ちながら円の外にいるイーグニスの元へ行く。

 人を刃物で傷付けるのは怖い……と思うはずなんだけど、それもシンディーの能力のおかげでイーグニスの腕を難なく傷付ける事が出来た。 

 ただ、あまり傷を深く付けなかったけど。

 血が流れるのを待っていたんだけど、時を止めているせいか、血も傷口付近で止まっているみたいだったので、一度円の中に戻って時を動かし、血が流れたのを確認してから再度時を止め、手首に流れた血に触れる。



 途端に血に触れる掌から熱い何か――そう、イーグニスの能力が伝って来て、口の中に溜まる。



 私は口の中一杯になるまでそれを溜め込んでから、歯で千切って飲み込んだ。

 目を閉じながらゴクンッ、と喉を鳴らして飲み込めば、それは胃の中全体に速やかに広がる。

 ふぅと息を吐き、閉じていた目を開いた私は、あれ? と首を傾げた。



『治癒力阻害』

『能力視』



 といった文字がイーグニスの顔の横辺りに、まるでゲーム画面のように表示されていた。

 しかも、その一番上には元々教えてもらっていた『自分や他人が負った怪我、恐怖心などを第三者に移す事が出来る』能力の事も、もう少し短い言葉で書かれている。

 何で急にそんなものが見えるようになったんだと思いながら、イーグニスの顔の横に表示されている能力を見る。

 すると、『能力視(のうりょくし)』と言うものがあった。



 これはもしかして……今の私がイーグニスの能力を見ているように、他人の能力を見る事が出来るものなんじゃ?



 後ろを振り向き、その能力を確認してみると、確かに皆の能力が顔の横に表示されている。

 アシュレイは『千里眼』と『念話』と『真眼』。

 シンディーは『治癒』と『痛覚麻痺』と、今まで教えてくれなかった能力、『感情操作』といった能力が表示されている。

 凄い能力を手に入れちゃったんじゃないかと思いながら、慌てて円の中に戻り、イーグニスから喰って得た能力、『治癒力阻害』の能力を解除していく。



 ただ、解除の仕方がはっきり分かっている訳じゃないから、「治癒力阻害よ消えろ~」と適当に唱えながら皆の体に触れただけだけどね。



 



 全員の体に触れてからシンディーの元に戻り、時を動かす。

 いてっと言いながら、自分の腕が傷付き血が流れている事に不思議そうな顔をするイーグニスを見ながら、シンディーに耳打ちする。

「イーグニスの能力を喰べて皆の治癒力阻害の能力を解いたから、もう大丈夫だと思う」

「分かった」

 シンディーは頷くと、私に時を止めてエイベルとアレックスの元へ移動させると、二人の体に片手を置くと目を閉じて治癒の能力を発動させた。



 二人の体を薄紫色の光が包み込む。



 そんな光景を見ながら嘲笑っていたイーグニスであったけれども。

「――なっ!?」

 荒い呼吸だった二人の息が穏やかなものに変わり、傷や手足が元の状態に戻っていくのを見て驚愕していた。

 あんなに酷かった怪我を、あっという間に治してしまったシンディー。

 そのままキャスの怪我もパパっと治してしまう。

 有り得ないと呟くイーグニスを見てから時を止め、自分達の円の中へ戻ってから時を動かし、最後にシリルの傷を治す。



「一体、これはどういう事だ!」



 有り得ないと叫ぶイーグニスは血走った眼でこちらを見つめながら、不意に私に目を止める。

「……お前か」

「え?」

「ルイ、お前が何かしたんだろう?」

 確信を持ってそう断言され、戸惑ってしまう。

 確かに、私がイーグニスの能力で皆の治癒力阻害を解除したけど、それは時を止めていた時に行ったことだから、イーグニスが分かるはずが無いのに。

「最初から、お前の事は警戒していたんだ。お前の能力だけは、霧が掛かったかのように見えなかったからな」

 その言葉に思い出す。

 学園に入り、初めてイーグニスと出会った時――。



 お互い敬礼をし合った後、一瞬だけ何を考えているのか分からない目で見られたとおっ持った事がある



 本当に一瞬の事だったから、その時は何とも思わなかったけど……今にして思えば、能力視で私の能力を見ようとしたけど、見れなかったんだろう。

 それを聞いた私は老人に感謝したくなった。

 老人が色々な事をしてくれたおかげで、私の本当の能力がバレなかったんだから。

 まさか言語理解能力と共に、二回もあの老人に感謝したくなるとは思いもよらなかったけど。



「言いたい事はそれだけかい、イーグニス」



 鼻血と口元の血を腕の袖で拭いながら、シリルが声を掛ける。

 元に戻った顔を見た私はホッと息を吐く。

 横を見れば、全快したキャスにエイベルとアレックスが叩き起こされ、目を白黒させていたが、魔獣を従わせるイーグニスを見て驚いていた。そして、直ぐに悲しみの表情になる。

 シリルは膝に手を当てながら立ち上がると、私の横へ並んだ。

 俯き、拳を握り締めながら唇を噛み締めていたが……何かを決意した目で、顔を上げた。




「イーグニス、離反者となった君がこれ以上罪を犯さないようにするのも、今まで友達だった僕達の務めだ」

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