10

 目を開けると、いつの間にか部屋の中が明るくなっていた。

 むくりと起き上がると、目が半分しか開かない。

「あ……そういや、泣いたんだった」

 瞼が腫れてあまり開かない目を擦っていると。

「おはよ、ルイ!」

 部屋のドアが勢いよく開いたと思ったら、温かいスープとパンを載せたトレイを持っているシンディーが入って来た。

「……はよ」

「ははは、凄い顔がむくんでるね。まぁ、あれだけ泣いてそのまま寝てしまえば、そんな顔になっちゃうのもしょうがないか」

「そんなに酷い?」

 手に持っていたトレイを机の上に置きながら、私の顔を見て笑うシンディーに、私はそんなに酷くはないでしょと言いながら顔に手を当てる。



 うーん。思ったより顔全体が腫れぼった、というか熱を持ってる。



 シンディーに言われた通りで、私が思っていたより腫れているのかも。

 ここまで酷いとなかなか腫れも引かないんだよな、と思っていると、細い指先が狭い視界の端に見えた。

 シンディーの掌が顔に触れたかと思ったら、薄紫色の光が顔全体に覆う。

 暫くじっとしながら待っていると。

「……ほら、治しておいたよ」

「うぇ?」

 目を開けると――はっきり目を開けられることに驚いて瞬きする。

 顔を触ると、先程の熱も無くなっているし、腫れも引いていた。

 どうやら、シンディーが能力を使って治してくれたみたいだ。

「ありがとう」

「どういたしまして。それより、昨日は何も食べないで寝ちゃったから、お腹空いてるでしょ? 少し朝食を分けてもらったから食べようよ。それから、今後の事について話し合いましょ」

「……うん」

 顔の腫れを治してもらった私は、シンディーが座る椅子の向かい側に座り、手を合わせてからもそもそと朝食を食べたのであった。






「それで、ルイはこれからどうしようか考えてた?」


 食後、昨日の夜に出来なかった話しをきちんと話し合う事になった。

 でも、今後の事なんて何も決めてない。

 というか、どうしたらいいのかさっぱり分からない。

 こういう時、小説とか漫画だとヒーローが来て助けてくれたりするんだろうけど、そんなものは無いと思った方がいいんだろうな。

「ぜんぜん、何も決めてないよ。というか、どうしていいかも分かんない。シンディーはどうするか決めてるの?」

「私? ん~、特に決めてはいないけど……そろそろ、能力を隠してるのが限界になって来てるかな~とは思ってる」

「どういう事?」

「ほら、成長してから能力が現れて、国の管理から逃れた能力者のことを『隠され人』って教えたでしょ?」

「うん」

「まぁ、ルイもなんとなく分かってるかもしれないけど、私もその『隠され人』なんだよね」



 それは、なんとなく私も思っていた。



 国に管理されている能力者が、あそこで捕まっているはずが無いし。

「私の能力は『治癒』と『痛覚麻痺』――それと、他にもある。五年前に能力が発現した時は、切り傷をちょっと治せるくらいだったから隠せたんだけど、ここ最近はどんな怪我でも一瞬にして治す事が出来るくらい強くなっちゃたんだよね」

「昨日、クルコックスに齧られた腕を見て、もう駄目だと思ってたのに治しちゃったから驚いたよ」

「あぁ、あのくらいの怪我ならぜんぜん余裕で治せるよ。……それよりも、ルイの能力の方がヤバいね」

「私?」

 私は自分を指さしながら首を傾げた。

「そっ。能力持ちでも、あんな――時を止める能力を持ってる人物はごく少数だよ。ハッキリ言えば、学園にちゃんと通って自分の能力の取り扱い方をきちんと学んだ方がいいと思う」

「……ちなみに、その学園ってどんな所なの?」

「十三歳~十九歳の能力持ちが、国が運営する学園に入るの。そこで一般教養から礼儀作法、自分の能力を最大限に生かす訓練をしながら、同時に戦闘訓練もしたりするみたい」

「でも、そこに入るって事は、国に『管理』されるんでしょ? それって一体どういう事なの?」

「ん~、今みたいに楽な生活は出来ないだろうし、だいぶ制限されるだろうね。それに、いざ戦争になったら子供でも戦場に駆り出されるし」

「戦争!?」



 現代の日本で育った私にとって、『戦争』なんて現実とかけ離れ過ぎた言葉で、ただただ驚くしか出来ない。



「戦争なんて、絶対無理だよ……そんな事なら、能力を隠してここじゃない穏やかな所で暮らしたい」

「まぁ、ルイの気持ちも分かるよ? 私だって、能力を隠して生活してたわけだし。でも、隠し続けるのも結構大変なんだよ? もしも、能力持ちだと周囲にバレたらどうしようとか考えながら過ごすのも疲れるし……特に昨日の奴らみたいなのにバレたら、捕まって一生あの老婆みたいにこき使われるかもしれないじゃん? ルイみたいな特殊系な能力持ちなんて、喉から手が出るほど欲しい人材だし。それだったら、アイツらみたいな奴らに捕まって人間以下のように扱われるよりも、国の元で自分の力を磨いて、まだ自由を手に入れやすい『上』に行けばいいかな……と思うんだよね」

「……『上』って?」

「軍の他に学園にも階級があるんだけど、そこは今は省いて教えるね」

 首を傾げながら問えば、シンディーは丁寧に説明してくれた。



 まず、学園を卒業すると能力持ちは一部を除いて『軍』に入る事が義務付けられているんだって。

 国には、『軍』と『騎士団』といった二つの組織がある。

『騎士団』は王族だったり要人を警護するのが主な仕事だが、貴族階級の能力を持っていない者が所属する決まりとなっていた。

『軍』は能力を持っているなら、どんな階級の人間も入らなければならない為、貴族から一般人までバラバラに所属しているらしい。

 それに、『軍』の中では貴賤は無いらしく、侯爵持ちの軍人の上司が一般庶民である、というのもザラとの事。



 この世界では、能力の力だけがモノをいう。



 だから、『騎士団』に所属する人間が貴族が多いとは言え、力関係や立場的には『騎士団』よりも『軍』の方が実際は上らしい。

 シンディーの話は続く。

『軍』の頂点には三人の『元帥』がいる。

 その下に『大』『中』『小』『准』の将がいて、更にその下に『佐』『尉』『曹』『兵』の階級が存在している。

 能力の種類――火や風などを操るなら『物理系』、シンディーのように治癒や攻撃力を上げる能力を持っているなら『肉体強化系』、時を止めたり他人の心を読むなどの能力なら『特殊系』といった風に、それぞれの能力によって所属が変わるらしい。

 稀に混合部隊もあるとも言う。

『軍』で上の階級になればなるほど、戦時中は冷静に情勢を判断し、隊を的確に配置する必要がある。

 それに戦闘の指示などもあるから――まぁ、それでも所属するところにもよるらしいが、階級が上になればなるほど、戦いだけをしなければならない下の兵よりも戦に出る事が断然少なくなる。

 シンディーは指を立てながら、だから、と言う。



「軍で上の階級に行けば、下っ端でいるよりも楽が出来るって言うわけ」

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