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 驚きながら視線を下に向ければ、隣で寝たままのアシュレイに服をがっちりと掴まれていた。

 どうしたんだろうと思うよりも前に、私達が寝ている場所の直ぐ近くにまでやって来たエイベルにビックリする。

 エイベルだと気付いた場所から、ここまではかなり距離があったはず。

 ゆっくり歩いていたし、走っている足音もしなかったのに……。

 私達が寝ている円の外側で、無邪気に笑いながら手招きをするエイベル。

 不思議に思いながら、今行くね、と声を出そうと口を開いたら――。



 焦ったように起き上がったアシュレイに、口を塞がれる。



 むが!? と声にならなかった息が、押さえられる手の隙間から漏れる。

 急に何をするんだと目を白黒させていたんだけど、私の口や体を押さえているアシュレイの手や腕が震えているのに気付く。

 どうしたんだろう……。

 よくアシュレイを見てみれば、黒い瞳が明るい紫色へと変化していた。



 普通の能力持ちは能力を使う時に瞳の色が変化する事はないんだけど、アシュレイは能力を使う時に瞳が変化する稀なケースだった。

 


 移動の時にしか能力を使わなかったアシュレイが、何故ここでその能力を使うのか。

 いつも冷静沈着なアシュレイの乱れる息遣いや、尋常じゃない震え。

 その姿を見て、私の心臓も早鐘を打つ。



 一体、何が起きているんだろう。



 口を押えられながら、ゆっくりとエイベルの方へ視線を向ける。

 ずっと隠密粉円の前で立ちながら手招きを繰り返すエイベルは、ハッキリ言って異様だ。

 それにあのおしゃべりが、全く口を開かないのもおかしい。

 ジリ、と後ろに下がろうとした時、頭の中に声が聞こえてきた。



『動かないで!』



 キンッと頭の中に響くような声に驚きながら瞬きしていると、もう一度声が聞こえて来る。

『お願い、動かないで。それと、出来れば声も出さないでもらえると助かる。心の中で言ってくれれば伝わるから』

 聞こえてきた声に無言で頷けば、口元からそっと手が離された。

 心の中で千里眼の能力ってこんな事も出来るのかな? と思っていると、『違う』と又しても頭の中で訂正される。

 慌ててアシュレイの方を見れば、口を閉じたままアシュレイは語り続ける。

『これは、千里眼とは違う能力なの。私は……千里眼の他に、『念話』と『真眼』の能力も持ってるの』

『念話と……しんがん?』

 あまり詳しく話している時間はないからと、手短に教えてもらったんだけど、どうやらアシュレイは能力を数種類持っているらしい。



『千里眼』と『念話』と『真眼』の三つだ。



 千里眼は、以前教えてもらったように遠くにある物まではっきり見えたり、未来や人の心まで見る事が出来る。

 念話は今私の頭の中にアシュレイが語り掛けているように、テレパシーみたいなものなんだろう。

 人の心の奥深くまで強制的に覗く事が出来る千里眼と、頭の中で会話をする念話は、似ているようで全く違う能力らしい。



 そして、最後に真眼……これは、嘘や偽りを見抜く能力なんだとか。



 さらに、そのモノの姿も、アシュレイには見えるらしい。

 アシュレイの能力は元々強いらしく、常時他人の考えが頭の中に流れ込んで来るらしく、そうなると疲れるからその能力を抑えるブレスレットを着けて、日常を過ごしているんだとか。

 ふと地面に視線を落とせば、銀色のブレスレットが落ちている。



 あれ? あれって、保健室でシシリー先生から受け取っていた腕輪じゃ……。



は……ルイにはエイベルに見えているの?』

『へ? う、うん。エイベルが笑いながら手招きしてるよ』

 アシュレイに声を掛けられ、慌てて視線をもう一度エイベルに見えるモノに向けると、先ほどと全く同じ表情で手を振ってる。

『その……アシュレイにはエイベルには見えてない?』

『うん。なんて言うか……全体的に真っ黒な体をしていて、頭と目が真ん丸。首と顎が無いのに、耳の辺りから盛り上がった肩が生えてる。これは……私の記憶が正しければ、腕と脚の筋肉が異常に発達している魔獣――『シル』。戦いに慣れている軍人でも手を焼く上級の魔獣ね』

『え……そんな魔獣がなんでこんな場所に? 今回の野戦訓練では初級しか出ないって話だったよね?』

『それは私にも分からない。でも……アレは魔獣の中でもかなりヤバい奴だとしか言えない』



 アシュレイはそう言いながら、険しい表情をしながらエイベルになりすましている魔獣を睨む。



『アレ――シルは、上級魔獣の中でも強いと言われている魔獣なんだけど、嗅覚が異常に発達しているの。だから、隠密粉で身を隠している私達の居場所を特定する事が出来る。それに、上級魔獣がいる場所で使う隠密粉の量は、今の倍以上』

『と、言う事は?』

『アレには、私達の姿は見えていない筈なんだけど、隠密粉が少ない分、匂いがするのかも。でも、隠密粉があるおかげでこちらには近付けないから、ああして身近な人物に見えるようにして、円の外に匂いの元――私達をおびき出そうとしているんだと思う』

 なるほど、と頷きながら、ん? と首を傾げる。



 じゃあ、どうして声を出したり動いたりしちゃダメなんだろう?



 そう心の中で思えば、直ぐに答えが帰って来た。

 どうやらこの魔獣、人間の声や姿を見れば凶暴性や破壊力が増すらしい。

 そうなれば、初級の魔獣を対象にして使っている隠密粉の量が少なすぎるので、この円では壊される可能性があるんだって。

 動いちゃダメな理由は、私達が動くとので、ここに私達がいると魔獣に教える事になるので、危険性が増す行為はなるべく排除したいとの事。

 それに、このシンと言う魔獣は日の光を嫌う性質がある為、朝になればいなくなる。

 だから、このままジッとしていれば問題ない。



 震えながらも大丈夫だと言うアシュレイに、私も分かったと頷く。



 あと何時間くらいで朝日が昇るのか。

 手招きをしているシリルに見える魔獣を眺めていると、アシュレイの隣で寝ていたシリルがもぞりと動き、目を覚ます。



「エイベル? こんな所でなにしてるんだ?」



 目を擦りながら起き上がったシリルが――魔獣に向けて、声を掛けてしまった。

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