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 それから、数時間ほど学園内を見て回り、一通り見終える頃には夕方になっていた。

 今日は初日だからこのまま寮に帰っていいと言われ、明日から本格的な勉強を始めていくとも言われた。

 夕食を学生寮の大広間で食べてもいいし、自分達の部屋で食べてもいいとの事だったので、迷わず自分の部屋で食べると答えた。

 まだ、あんな大勢の人達の中で注目されながら食べる勇気はない。

 学生寮に入り、自分達の部屋に入るとホッとした。

 思っていたより緊張していたみたい。

 部屋に入ると、ブーツや制服をポンポンと脱いで、ショーツとキャミソール姿になってからベッドの上にダイブするシンディー。

 その後を歩きながら、脱ぎ散らかした制服を拾いながら部屋の中に入り、皺になる前にハンガーに掛けてクローゼットの扉の片側に吊るしておく。

「シンディー、そのままだと風邪を引くよ?」

「うぃ~」

「ほら、ちゃんと着替えて」

 室内着を取り出してシンディーに渡すと、怠いのか寝転がったまま着替えるという器用な事をしていた。

 そんな姿を見つつ、私も着替える。



 時計を見れば、まだ夕食時間には少し早かったから、勉強机の横に置かれている棚から本を取り出して中を開いてみた。



 何度見ても不思議だけど、見た事も無い字が普通に読める事に違和感が凄い。



 しかし、あの老人……ここまでするなら、一度見たら一瞬で暗記出来るようにするとか、内容を直ぐに理解出来るようにするとかして欲しかった。

 本をペラペラ捲って見てみても、内容が難しくて眩暈がしてくるだけだ。

 これを覚えないといけないとか大変だな、と思っていると、部屋の扉がノックされた。

 顔を上げれば、シンディーも起き上がって扉の方を見ている。

「……はい」

 廊下に向かって声を上げると。

「やほー! キャスだよ」

 思いもよらぬ人物の声が聞こえて来て、シンディーと顔を見合わせてから扉を開けに行くと。



「どもどもー! 遊びにきましたぁ」

「失礼します」



 扉を開ければ、キャスが笑いながら部屋の中に入って、その後に『植物を操る』シリルが入って来た。

 廊下を見れば他には誰もいないから、彼らだけで来たみたい。

 扉を閉めて部屋の中に行けば、シンディーがうざそうな顔で何をしに来たのか聞いていた。

 や、そんな顔をしなくても……せっかく来てくれたのに。

「まぁまぁ、そんな顔をせずに。ほら、学園に来たばかりだから野戦訓練の準備とか分からないじゃん?」

「それに訓練では同じ隊員になるんだ。色々と情報を交換しようと思って、ここに来たんだよ」

 キャスとシリルの言葉に、私達はありがたく彼らの話を聞く事にした。



 まず、野戦訓練では何をするのか?



 それは、学園が所有する広い演習場――それも、街一つ分はあるような場所が数か所あって、その内の一つを使って期限内まで脱落しないようにするのが課題らしい。

 ただ単に魔獣から逃げるだけなら、こんなに能力者がいるんだから楽勝じゃないかと思ったんだけど……これが思ったより難しいんだって。

 シリルが持っていた紙を広げて、皆が見えるようにしてから説明する。

「これは、今回の演習場の『光樹の森』。光樹とは名ばかりで大きな木々に覆われていて、日中でも薄暗い。この場所は崖だったり、触れただけで肌が切れる危険な葉が生息しているから危険なんだ」


「ちなみに、魔獣ってどんなのが出て来るの?」

「今回、十種類の初級魔獣が放たれるって聞いたんだけど、これがその魔獣が書かれた図鑑だよ。見てみて」

「ありがとう」

「私にも見せて!」

 シリルが手渡してくれた分厚い図鑑を手に取り、シンディーと一緒に中を確認する。

 図鑑の上のページに付箋が張っていて、今回放たれる魔獣が何なのか分かりやすくしてくれていた。

「今回からは中級の魔獣が使われるかもしれないって言われてたんだけど……初級になったみたいで良かったよねぇ」

「初級の魔獣でも気を抜いちゃダメだよ、それが命取りになる事があるんだからさ」

「はぁ~い」

「…………」

「…………」

 シリルとキャスの会話を聞きながら、私とシンディーは付箋が張られたとある《・・・》魔獣を見て顔を引き攣らせていた。



 何でよりにもよって、あの《・・》クルコックスも出て来るのさ!



 微妙な気持ちになっていると、シリルが口を開く。

「まぁ、今回は初級だけの魔獣だから、『選出』されるんじゃないかって言われている奴らにとっては、少し物足りない訓練になるかもしれないけどね」

「選出?」

 シリルの口から出た新しい言葉に首を傾げる。

 話を聞けば、学園に在籍している生徒の中でもとりわけ高い能力や戦闘のセンスが良い生徒を、卒業を待たずに軍が引き抜く事を言うんだって。

 元の世界で言えば、飛び級みたいなものだろうか?



 毎年選出される生徒はいるみたいだけど、私達のクラスでは『千里眼』のアシュレイか『怪力』のエイベル、それと朝教室に行く時に案内をしてくれたイーグニスと言った、三人の中から選ばれるんじゃないかって噂されているみたい。



 まだ誰が選出されるか分からないみたいだけど。

「訓練までまだ少し時間があるから、それまでの間、それぞれの魔獣の特徴や倒し方を一緒に勉強して行こう」

「はい、よろしくお願いします」

「お願いします」

 私とシンディーがそう言うと、シリルがなぜか苦笑した。

「途中入学とはいえ、俺達は同い年なんだから敬語はいいよ」

「……うん、分かった」

「じゃあ、よろしくね」

「よし。――そうそう、二人がエルス教官と学園を見て回っている時に、隊分けをしたんだ」

 どうやら、訓練では四人編成で隊を組むんだって。

 隊分けで、私とシンディー、それに目の前にいるシリルとアシュレイが同じ隊になったみたい。

 同じ隊になったんだから、、本当はアシュレイも一緒にここに来ようと声を掛けたんだけど、気分が優れないと言って部屋から出て来ないんだって。



 ん? じゃあ何でここにキャスが来たの? と聞けば、ただ単に来たかったからだと言われた。

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