15

 孤児院の先生に、お世話になったことを感謝して別れの挨拶をした後、私達は街の中でもかなり大きな建物――役所へと来ていた。




 これから、学園に入る為に必要な事をここでしなければならない。

 お互い緊張した面持ちで立っていたんだけど、意を決して建物の中に入ってみれば、そこは人で溢れていた。

 椅子に座りながら寝ている人もいれば、職員と難しそうな顔で話し込んでいる人もいるし、慌てたように動き回っている人などがいたりと様々だ。 

 そんな人達の波をかき分けながら、目的地まで歩くシンディーの後を、おいて行かれないように付いて行く。

 少しすると、人の数が少なくなっていき、目的地付近までになると更に疎らになってきた。

 前を歩いていたシンディーが立ち止まると、こちらへと振り向く。

「ルイ、準備はいい?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ、行こうか」

 シンディーは、孤児院から出る前に先生から手渡されていた封筒を握り閉めながら、『出生管理課』と書かれた受付に歩いて行った。

 受付にいた二十代くらいのお姉さんは近付いて来る私達を見て、笑顔で出迎えてくれる。

 シンディーはお姉さんに挨拶をしてから、持っていた封筒を手渡す。



「『エレクシア孤児院』から来た、シンディーとルイです。今日は孤児院から推薦状を持って来ました」



 そうシンディーが言った瞬間、受付カウンターに座って出迎えてくれたお姉さんや、その後ろで仕事をしていた職員の人達が一瞬固まった――と思ったら、次には慌ただしく動き出す。

「推薦状……二人で間違いありませんか?」

「はい」

「分かりました。これからお二人の能力審査や必要な書類を作る為、『能力課』へ移動して頂きます。私に付いて来て下さい」

 受付から出て来たお姉さんに案内され、シンディーと二人でお姉さんの後を付いて行く事になった。

 私は歩きながら、シンディーにコソコソと声を掛ける。

「ねぇ、何であの人達……急に慌て出したの?」

「それはたぶん、私が孤児院からの『推薦状』を出したからだよ」

「それがどうして慌てる原因になるの?」

「『隠され人』が見つかったて言う話は、先生もここ数年は聞いてないって言ってたから、久々の『隠され人』の……しかも二人も出て来て驚いてんじゃない?」

「ふ~ん。そう言えばさ、先生に推薦状を用意してもらった時、能力の話をしてもあんまり驚いた様子じゃなかったよね? 先生って、もともとシンディーが能力持ちだって……知ってたのかな?」

「あぁ~……うん、その事について詳しくはルイにも話せないな。国に色々とバレたら、先生が危ないし」

 ごめんね、と言うシンディーに私はそんな事はないよと首を振った。




 細長い廊下を暫く歩いていると、お姉さんは重厚な作りのドアの前で歩みを止める。



 ドアの上には『能力課』と書かれたプレートが掛けられている。

「こちらへお入り下さい」

 お姉さんがドアを開けて中に入ったので、私達も一緒に入って行く。

 部屋の中に入ると、『出生管理課』よりも少ない人数の人達が机に向かって作業をしていた。

 そんな人達の間を歩きながら、お姉さんの案内で更に部屋の奥へと進んで行く。

 私とシンディーをチラチラと見る職員さんを通り越すと、とりわけ立派な作りの机の前で、歩みが止まった。



 そこには中年の男性が二人、座っていた。



 難しい顔をしている彼らの前に、私達をここまで案内してくれた女性が『推薦状』を手渡す。

 机に座っている二人の男性は手渡された推薦状を見てから、机の引き出しから取り出した二枚の紙を机の上に置いた。



 何だろうと思って見てみれば、それは何も書かれていない出生管理書だった。



「君達が持って来た推薦状は、確かにエレクシア孤児院の刻印が入っている。本物に間違いはないだろう」

「しかし、推薦状だけでは、能力持ちが集まる学園へ直ぐに君達を送る事は出来ない。まずは君達の能力が何なのか。そして、どの程度の力があるのか調べさせてもらうよ」

 男性はそう言うと、先に出生管理書に自分の血を付けるようにと言う。

 シンディーを見ると頷かれたので、任せておいて、というように頷き返す。

 男性から渡された、指の先をほんの少し傷付ける為の専用の器具みたいな物に指先を押し付け、ピッとした痛みを感じてから指を離すと、傷口から血がぷっくりと膨れ上がった。

 シンディーと一緒に並びながら血を出生管理書の中央に垂らすと、直ぐに私の情報――文字が浮き出て来る。



 捕らわれた時に作られた偽の情報が全て浮き上がり、男性が出生管理書を手に取ろうとした瞬間、私は時を止めた。



 それから、シンディーに言われた通りに情報を操作する。

 私の出生管理書に手を翳し、まずは今住んでいる場所をシンディーと同じ『エレクシア孤児院』に変える。

 孤児と言う設定なので、苗字を消された部分はそのままにしておいた。

 父親は戦争で亡くし、母親は病死としてから、『無』と書かれていた能力の欄には『無』から『瞬間移動』へ変更しておく。

 そしてシンディーの出生管理書を見る。

 書き換えられた適当な名前の孤児院から、『エレクシア孤児院』へと戻し、能力の欄には『無』から『治癒』と変更した。

『痛覚麻痺』も結構レアっぽい能力のように思えるんだけど、それはまだ使える事を知られたくないと言うので治癒にしておいた。



 そうそう、この書類に記載される能力は、その人が持っている能力で一番強い力のものが一つだけ載るらしい。



 それ以外の能力も持っているなら、自己申告をするんだって。

 まぁ、する人は少ないらしいけど。

 色々な理由があるみたいだけど、他にも能力を持っていないかと問い質される事は無いみたいだ。

 他に能力を持っている事を後から国に知られたとしても、罰則などは無い。



 必要な部分を操作してから間違ったところがないか確認し、出生管理書を元の位置へ戻して時を戻す。



 紙に手を伸ばしていた状態で止まっていた男性が動き出し、今まで私が情報を弄っていた紙を手に取る。

「ふむ……」

「治癒と瞬間移動ですか……治癒はどの程度の傷を治せるかにもよりますが、瞬間移動とは珍しい能力が出てきましたね」

 私達の出生管理書を見ながら二人の男性は話し合っていたのだが、一人の男性が私達を見て、能力を見せてくれないかと聞いて来た。

 その言葉に、シンディーはいいですよと頷きながら、ナイフか何か切れる物を貸して欲しいと言う。

 手元にそのような物が無かったため、この部屋に案内をしてくれた女性に何でもいいからと刃物を持って来てもらった。

 暫くして、女性が持って来た折り畳み式のナイフを手に持ったシンディーは、左腕の服の袖を肩まで捲る。

「では、見ててくださいね」



 シンディーはそう言うと、右手で持っていたナイフを二の腕に深く突き立ててから、そのまま手首にまで向かって引き下ろした。



「きゃああぁぁぁああぁ!?」

 その光景を見ていたお姉さんが、手に持っていた書類を地面に落としながら叫ぶ。

 目の前でそれを見せられた二人の男性も、ギョッとしたような顔で固まっているし、他の職員もシンディーを見て騒めいていた。

 私だって、パックリ開いた傷口からボタボタと流れる血を見て顔を顰める。



 痛覚麻痺を使って痛みを感じないようにしているみたいだけど、見てるこっちが痛い。



 シンディーは手首付近で止めたナイフを腕から抜いて地面に捨てると、眉間に皺を寄せ、唇を噛みしめて『凄く痛い』って顔を作りながら傷口に手を翳す。

 次の瞬間、掌から溢れる薄紫色の光が傷口を覆い、一瞬にして傷一つ無い元の綺麗な肌に戻る。

「おぉぉっ!」

「あの傷を痕も残らずに一瞬で治してしまったぞ!」

「あれだけの傷を一瞬で治すなど、学園……いや、国にいる治癒を持つ能力者の中でもそうそういない」

 シンディーの腕を見ながら呻る男性達を見ながら、私は時を止めた。



 てくてくと歩きながら、シンディーの前に座っている男性の後ろに立つ。



 それから時を戻して、シンディーの腕を見て驚く男性の肩をポンポンと叩く。

 叩かれた男性は、え? といった感じの顔で振り向いてから、直ぐに驚いた顔をする。

 もう一人の男性も同じく振り向いて驚いていたが、私はそんな二人にニコリと笑い掛けてから又時を止め、シンディーの隣――元の位置へと戻り、再び時を戻した。

 後ろを向いていた男性達は、体を元の位置へと戻すと、深い溜息を吐いた。

「……なんとまぁ、規格外の能力持ちがこんな形で二人も現れるとは」

「今まで無事に過ごしてこられた事が、不思議なくらいだ」



 いや、全然無事じゃなかったけどね?



 そう言いたいのをグッと我慢していると、出生管理書を畳んで封筒みたいな物の中に入れている男性が口を開く。

「君達、その能力はいつ頃から現れたんだい?」

 その言葉に、腕の血をお姉さんから手渡された布で拭いているシンディーが、少し上を見ながら話し出す。

「確か私の場合は……半年くらい前に転んだ時です。膝を地面に打ち付けて、痛くてスカートの上から膝を押さえていたんですが……スカートに血も付いていたし、擦り剥いた傷の確認もしなきゃとスカートを捲って見てみたら、服や肌には血が付いてるのに、膝に傷が無かったんです」

「ほう、それで?」

「その時はおかしいな? くらいにしか思ってなかったんですが……先月、ルイと二人で森に薬草を取りに行った時に――」



 ぺらぺらと喋るシンディーの話を黙って聞いていたのだが、私と森に行った話しの流れに、ん? と心の中で首を傾げる。



 あの、シンディーさん。

 何ですか、その話の流れは。聞いてないんですけど!!

 そんな私の焦りも気にせず、シンディーは話し続ける。

「クルコックスの群れに襲われたんです」

「すまないが……その襲われた場所というのは」

「アルエと言う森です」

「薬草の種類が豊富で質も良く、薬師達もよく採りに行くと言われている所だね」

「……しかし、あそこは今魔獣が出て危険だと言われていただろう?」

「はい。行っちゃ駄目って言われていたんですが、孤児院の……先生の助けに少しでもなりたくて……」

「あぁ、あそこの森で採取された薬草は少し高値で買い取って貰えるからね」

 シンディーは男性の言葉に頷く。

「でも、先生の言葉に従うべきでした。そうすれば、あんな……死ぬ思いをする事はなかった」

「……っ」

 クルコックスが襲って来た時の悲鳴や血の匂い、人々がバタバタと死んでいく光景。

 そして、噛まれた時の痛みや恐怖がフラッシュバックする。

 真実を少しだけ混ぜたシンディーの話は、思い出さないようにしていたあの時の事を、簡単に思い出させてしまう。



 しかし、それがかえって信憑性を増したみたいだった。



 私達は、前にいる男性や周りで話しを聞いていた職員の人達に同情的な目で見られた。

「クルコックスが牙を剥きながら襲い掛かって来た時、死ぬ……と思いました。だけど、ルイがクルコックスから庇うように私に覆いかぶさったと思ったら、気付けば私達は知らない場所に立っていたんです」

「ふむ。『死』……という生命の危機によって本能が刺激されて――能力が覚醒したんだろうね」

「君達みたな将来の見込みある能力者が損なわれずにすみ、本当に良かったよ」



 目の前にいる男性達はそう言うと、お互いに目配せして頷き合ってから、私達の学園への入学を許可すると言った。

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