39

「お前らに、俺を止められるはずが無いだろうっ!」

 イーグニスはそう叫ぶと、腕を振って魔獣に行けと命じた。

 グウ゛ォオ゛ォオッ!! と咆哮を上げながら、こちらへ突進して来る魔獣を見ながら、シリルが片手を上げる。



 すると、魔獣の足元の植物達が爆発的に成長し、その足を止めた。



 植物が足元に絡みついて動きが止められた魔獣達は、脚に絡まる植物を何度も千切るが、その度に新しい植物が足や膝、それに下半身を覆い、その動きを封じる。

 そして、隣ではキャスが暗器のような武器を魔獣に向けて放ち続け、アレックスは指笛を吹き、森の中に生息していた大きな鳥を操って攻撃する。

 その太い腕で多くの暗器や鳥達が薙ぎ払っていたが、隙を付いた一羽の鳥が魔獣の片目を潰す。

「何をしているっ! もっと本気を出せ!」

 イーグニスが魔獣達を睨み付けてながらそう命じれば、グギャアァアァァァア! と先程よりも激しい咆哮を上げた魔獣達が、シリルの植物をブチブチと地面から引き千切りながら足を前へと運ぶ。

「くっ、強過ぎる……」

 額に大粒の汗をかきながら、シリルが呻る。

 それを見ながら、私は考えていた。



 魔獣を従わせる能力もないのに……どうして、魔獣はイーグニスの命令を聞くんだろう。



 考えても分からないので、アシュレイに助けを求めてみた。

「ねぇ、イーグニスが魔獣を従わせる何かがあるはずなの。それは能力じゃないって確信を持って言えるんだけど……それが何か分からない」

「……そういった能力を隠し持っていた訳じゃないの?」

「うん。それは違う、絶対」

 だから、アシュレイの能力で探してくれないか――と聞けば、やってみると頷いてくれた。

 瞳の色を変え、イーグニスをじっと見つめる。



 頭の先から、首、胴体、脚、足先……それからもう一度視線を上に戻そうとして、極小さな光を発している右腕に目を止める。



 それは光ったり光らなかったりとしていて、光りの強さも弱い。

 そんなモノが魔獣を従わせることが出来るものなのかと疑いたくなるも、他に目について変化がある所は無い。

「ルイ、イーグニスの右腕……たぶん、細い腕輪に何か仕掛けがある」

「分かった!」

 その言葉を聞いた私は、時を止めて駆け出した。

 植物に絡まられ、武器と鳥に襲われる魔獣の横を大きく迂回しながら、後ろで叫び声を上げている状態でピタリと動きを止めているイーグニスの元へ行く。



 丁度右手を上げて魔獣に命じている最中だったので、その腕からブレスレットを取り外しやすかった。



「……イーグニス」

 今まで人懐っこい顔で笑っている表情しか見た事がなかったからこそ、その醜く歪んだ顔に悲しさが増す。

 手にブレスレットを持ち、とぼとぼと皆がいる元へと戻る。

 はぁっと溜息を吐きつつ時を動かせば、あれ? とシリルが首を傾げる。

「魔獣の動きが止まった……?」

「あぁ、それはコレを取ったからね」

「……何それ?」

 私が見せたブレスレットを見ながら、一体どこから持って来たの? とシリルが聞くと同時に――魔獣の動きが止まり、不審に思ったイーグニスがこちらに視線を向けた。

 そして、私の手の中にあるブレスレットを見て、目を限界まで見開く。

「どうしてそれをっ!?」

「え、これをイーグニスから奪って来たの?」

 私がそうだと頷くと、いつの間にとシリルが驚いていた。

 イーグニスも驚愕の表情で私を見ている。

 そして。



「これが、魔獣を操る事が出来ていた物だよ」



 そう言うと、皆が驚く。

 そりゃそうだろう、こんな細っこいモノ一つで魔獣が操れるなんて思いもしない。

「エイベル、これ、壊してくれない?」

「まっかせてぇー!」

「馬鹿ッ、やめろぉー!!」

 イーグニスの叫びを無視しつつ、隣の円の中にいるエイベルにブレスレットを投げ渡す。

 上手くキャッチしたエイベルは、狂ったように叫び続けるイーグニスを見てニッコリ笑い――。



 ぐしゃっ、とブレスレットを握り潰したのだった。







 エイベルの手によって握り潰されたブレスレットを見たイーグニスは、地面に崩れ落ちた。



 私達は、これでこの場は何とかなったと思って気を緩めそうになった。

 しかし。

「イーグニス、逃げてっ!」

 ハッと顔を上げ、何かに気付いたアシュレイがイーグニスに向かって声を張り上げる。

 その声を聞き、のろのろと顔を上げたイーグニスであったが、自分を見下ろす魔獣を見て顔を引き攣らせる。



 そう、強制的に操られるという呪縛から解き放たれた魔獣達は、その本能が剥き出しになり、怒り狂いながらイーグニスへと突進する。



 魔獣を操っていた原因でもあるブレスレットが潰れたのを見て、シリルの集中力は一瞬切れていた。

 その為、魔獣の足止めをしていた植物も簡単に地面からブチブチと引き抜かれ、その動きを止める事が出来なかった。

 二匹の魔獣が一斉に腕を振り上げる。

「……あ、あぁぁ」



 恐怖で固まるイーグニスへ向けて、その太い腕が無慈悲に振り下ろされる。



 目にも止まらぬ速さで、魔獣達の拳がイーグニスの顔と体を殴り付ける。

 地面に膝を付けていたイーグニスの体は、少し離れた木が密集している所まで吹き飛ばされる。

 それを見て、あっ!? と思った私は無意識に時間を止めていた。

 隠密粉の円を壊さないように気を付けながら走り出し、飛ばされたイーグニスの元へと急ぐ。

「わぁ……危なかった」

 空中に浮かんでいるイーグニスは、あと数センチで木に頭を激突するところだった。



 時を止めるのが一瞬でも遅ければ、このままイーグニスは頭を強く打って、即死していたかもしれない。



 裏切られ、魔獣を使って殺されそうになっていたからと言って、イーグニスが死ねばいいとは思わないし、それよりも罪を償って欲しいと思う。

 私はイーグニスの体を掴むと、魔獣から少し離れた所へと移動した。

 飛ばされた勢いを弱める必要がある。

 少し広い砂地に出た私はそこで時を動かしたんだけど……思ったより勢いが良かった。

「おえっぷ!」



 勢いを弱めるのに失敗した私は、イーグニスと一緒に砂地をゴロゴロと転げ回り、全身砂まみれになってから漸く止まる事が出来た。



「ぺっぺっ! うぇ~……口の中がじゃりじゃりしてる」

「ぐぅぅっ」

「あ、良かった……生きてた」

 口の中に入った砂利を吐き出していると、少し離れた所で転がっているイーグニスから呻き声が聞こえ、生きている事にホッとする。

 でも、魔獣がこちらへ向かった突進してくるのを見てホッとしている場合じゃないと、時を止める。

 制服の隙間からも入って来た砂を叩いて払い、イーグニスを連れて皆の元へと戻った。



 皆のイーグニスを見る目は複雑だった。



 キャスなんか、今直ぐ息の根を止める! て感じだったからエイベルに止めてもらっていた。 

 私は、キャスとエイベル以外が途方に暮れたように立ち尽くす姿を見てから、シリルの代わりに指示を出す。

「シリル、魔獣がこっちに来ないように植物で足止めをしてて」

「……う、うん。分かった」

「アレックスもお願い」

「了解!」

「エイベルは……キャスを止めてね」

「ほーい」

「アシュレイ、ちょっとイーグニスの手足を縛るから手伝って」

「分かった」

 痛みに呻くイーグニスの腕を胸元で組ませてから縄を巻き、同じように足にも縄を巻いて動きを封じる。

 かはっ、と血を口から吐いたので、喉に詰まらせないように顔を横に向けてから、シンディーを見上げる。

「シンディー、少しだけ治してもらえる?」

「ん? 少しで良いの?」

「……皆が感じた痛みを少しは思い知った方が良いと思うんだよね。学園に戻ったら、そこでも治してもらえるんだから、今は少しで良いよ」

「うん、そうだね」

 シンディーは頷くと、イーグニスの横にしゃがんで治癒の能力を発動させよとした。

 その時。



「せっかく魔獣を操る力を与えたのに……ガキ共を殺すどころか、腕輪を奪われた挙句、掴まるとはね。全く……期待外れもいいところだよ」



 溜息を吐きながら肩を竦める、長い白衣を着た男性が――いつの間にか直ぐ近くに立っていた。

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