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シンディーの言葉になるほど……と思いながらも、う~んと悩む。
「でもさ、その……軍の中で上にいくには、かなり大変なんじゃないの?」
「そりゃ大変だよ」
今みたいに自由気ままな生活は出来なくなるかもしれないしね、と言いながらシンディーは肩を竦める。
「学園には私達みたいに途中入学者は少ないから、卒業まで優秀な成績を収めるなら、かなり努力する必要があると思うよ」
「え……優秀な成績じゃないと駄目なの?」
「あったり前でしょ? 成績が普通だったり悪い生徒が、自分の入りたいところに入れてもらえるはずがないじゃん。それに、いざ戦にでもなったりしたら、捨て駒みたいな扱いを受けて終わりだよ。それだったら、学園にいる間に生き延びる為の知恵や力――それに、人脈も確保する必要がある」
「……そうですか」
これからの事を考えると気分が更に落ち込みそうになるが、でも、何でここまで『軍』に関して詳しいんだろう?
首を傾げながら私がそう聞くと、シンディーはそれはね、と言って教えてくれた。
シンディーがいたこの孤児院で、兄として慕う年上の男の子がいたのだが、その人も成長してから能力を発現した人だったらしい。
能力があると分かってから、その人は学園に入り、卒業後、軍に入隊した。
その人は能力的には人よりも強いものを持っていたらしいが……優し過ぎたらしい。
軍に入って一年もしない内に戦が起こった時、人を殺すのは嫌だと言って学園で戦闘訓練を真面目に受けなかったその人は、能力を持たない人間の――それも徴兵された子供に剣で刺され、亡くなってしまった。
「私ね、もしも兄ちゃんが戦闘訓練でもなんでも真面目に学んでいたなら、って思うんだ」
戦場に立てば足が竦むし、思うように動けないとも思う。
でも、もしかしたら日頃から訓練をしっかりしていれば、死なずにすんだかもしれない。
強い殺傷能力があるような力を持っていたなら、努力してその能力を制御出来るようになるまで訓練すれば、戦場で他人を殺さずに自分も守る事が出来たかもしれない。
「まっ、“かもしれない”“そうしていれば良かったのに”って話をしても、兄ちゃんが生き返る事はないんだけどさ」
机に両肘を付き、重ねた両手の上に顎を載せながら、シンディーは「でも……」と話す。
「今の世の中、私のような能力ならまだいいけど、ルイみたいな変わった能力を持ちながら国の管理から逃れて普通に暮らすには、問題が多い。それに、バレた後が最悪。そうなれば国の『監視』が付いて自由なんて一切なくなるかもしれないからね」
「他の国に逃げるっていうのは?」
「却下。どの国も、能力持ちの扱いなんて一緒だから。どちらかと言えば、この国の方が待遇がいいって言われてるし」
「そうなんだ」
「だから、兄ちゃんの時の教訓を踏まえて、私達が学園に自主的に入ったなら、勉強や戦闘訓練をきちんと学んで、有事の際でも体が動けるようにした方がいいよって事」
「……うん、そうだね」
学園に入るのはもう決定事項なんだね、なんて言える雰囲気でもないので、私は素直に頷いておいたのだった。
じゃあ、これからどうするか……という事になり、まずは自分の能力が何なのか知る必要があるとなった。
どうやら、ここでは何の能力を持っているのか簡単に調べる事が出来るものがあるらしい。
立ち上がり、ちょっとついて来てと言うシンディーの後を歩きながら、外に出る。
孤児院を出て裏庭みたいな所へ連れて来られた。
こんな所に何があるんだと思っていると、裏庭の隅にある大きな木の前でシンディーが止まった。
「ルイ、この木は『知らせ樹(ぎ)』と言って、自分の能力がどんなものなのか教えてくれるんだよ」
「……へぇ~」
「あ、信じてないな。――まぁ見ててよ」
シンディーはそう言うと、左手の人差し指を髪から引き抜いたヘアピンで傷付けると、木の表面にあるムンクの口のように大きく開いた穴へ傷が付いた指を入れる。
黙って見ていると、穴の中に入れていた指先から血が垂れる寸前、指先に薄紫色の光が巻き付く。
それは、シンディーが見せてくれた治癒の能力を使った時と同じだった。
「ほら、見て」
「あ、傷が消えてる」
光が収まり、穴の中から指を出したシンディーが傷を作ったところを見せてくれたんだけど、そこには傷一つ無かった。
「この穴の中に自分の血を入れると、持っている能力が発現するんだよ。私の場合は治癒ね。火の能力なら穴の中に炎が渦巻くし、雷の能力なら光が弾ける。物を浮かせる能力なら木の周りにある石が一瞬浮く……て感じに自分の能力と同じ現象が起きるの」
「へぇ~」
「ルイなら、中に血を入れたら一瞬周りの時が止まるんじゃないかな」
「そっかぁ。じゃあ、やってみるよ」
シンディーが持っていたピンを借りて、痛いのを我慢して自分の指に傷を付ける。
見えないけど中はどれくらい広いのかと思いながら、軽い気持ちで穴の中に肘くらいまで腕を入れたんだけど……傷口からぷっくりと膨らんだ血が木の中に滑り落ちる瞬間――。
暗闇が広がる穴の最奥で、ザワリ、と何かが蠢いた。
「……何、あれ」
指先からポツリと血が流れ落ちると、何も見えなかった暗闇の奥から『唇』がゆらりと浮かび上がった。
シンディーが言ってたような、周りの物が浮かび上がるような現象が起こらず困惑しながら見ていると。
突然、その『唇』が巨大化した。
「え……」
ガバッ、と大きく開いたその唇の大きさは、私の上半身くらいはありそうだった。
それほど大きな唇にはそれに見合う大きさの歯もある訳で……ポカンとしながら大きく口を開く『唇』を見ていて、動くのが遅れてしまった。
極限にまで開いた唇は、急に暗闇の奥から私の近くまで目にも止まらぬ速さでやって来ると、その大きな歯が目の前でガチリと音を立てながら閉じ――。
私の肘から先が、口の中へと消えて行った。
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