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 馬に揺られること数時間、舌を噛まないように口を閉じつつ、振り落とされないよう必死にしがみ付いていた。

 途中、気分が悪くなったり、お尻が痛くなったりすると、その都度治癒能力で治してくれたので走り続けることが出来たけど……本当に辛かった。

「ここで一旦馬を降りよっか」

 もう少しで街の入口がある場所へと着くというところで、馬を道から少し離れた林に誘導すると、辺りに誰もいない事を確認してから馬の歩みを止める。

「まだ街に入るには距離があるけど……こんな所から行かなきゃ駄目なの?」

「馬鹿ね。暗くなったこんな時間に、街の入口にいる門番に私達の姿を見られたら騒ぎになるわよ? しかも、血だらけで服もボロボロなのに、傷がないなんて不審がられるだけでしょ。能力を持っている事は今は絶対に言えないんだから、見付からないようにすべきなの」

「確かに……」

「と、言うわけで」

 馬から降りて地面に着地をした女の子は、私の方へクルリと振り返ってニッコリと笑う。



「あんたの能力を使って、街に入ればいいのよ」



 そう言いながら腕を伸ばし、私の手首を掴んでから馬から降りる手伝いをしてくれた。

 私を降ろしてくれてから、馬の背中から鞍を取り外して解放してあげた。

「よし、それじゃあ私達も行こうか」

 走り去る馬の姿を見送ってから、林から抜け出して街の方へと歩き出す。

「ねぇ、私の能力を使うって……どうやって中に入るの?」

「そりゃあ、正々堂々と門から。と言っても、入口は日中なら開いた状態になっているけど、夜間は閉じてるの。この時間になると、夜間専用の通行証を持っていないと中に入れないから、入口の周り――城壁には時間に間に合わずに入れなかった旅人や商人とかがテントを張ったりして、夜営してるんだよ」

「そうなんだ」

「そこで、あんたの出番!」

 なぜかドヤ顔の女の子に人差し指で指された。

「城壁の周りには、時間に間に合わずに入れない人の為に出店(でみせ)が多く出てるんだけど、そこには服を売ってる店があるの」

「うん」

「だから、服屋があったらそこから服を持って来てよ」

「え、もしかして……盗めって事?」

「まぁ、今回はしょうがないじゃん。こんな状態じゃ街の中に入れないし、人前にも出れない。それに、お金持ってないから買えないもん」

「でも……」



 言いたい事は分かるんだけど、実行するのが躊躇われる。



「はぁ……しょうがないなぁ~」

 躊躇う私を見た女の子が、突然頭をガシガシ掻きながら右耳に付けていたピアスを取り外す。

「これ、純金で出来てるピアスだから、質屋とかで売れば服ぐらい買える金額はあるよ」

 そう言って私の掌に乗せる。

「服を選んだら、これを置いてくればいいよ」

「いいの? 高価な物なんじゃ……」

「だって、盗むの嫌なんでしょ? それにそのピアス、師匠が使わなくなって捨てようとしていた物を貰ったヤツだから、使っても全然大丈夫」

「そっか……ありがと」

 ピアスを握りしめてそう言うと、女の子は照れたように顔を背けながら「さ、早く行くよ」と言って走り出したのだった。






 街の入口に近付くと、人に見られないように木々の陰に隠れるようにして目的のお店を探す。

 すると、思っていたよりも早く服屋を見付けることが出来た。

 女の子と目を合わせ、頷き合ってから心の中で『止まれ』と唱えると、私以外の時が――止まる。

「……本当に、能力が使えるんだ」

 他人事のように思いながら、女の子の目元で手を振ってみる。

 当たり前だが、瞬き一つしない。

 振っていた手を下ろし、両手で顔を軽く叩いて気合を入れてから走り出す。

 木の陰から抜け出し、人の手で整えられた道を走って人々で賑わう所へ入り込み、目的の場所へ一直線に駆け抜けた。

 程なくして服屋の前にたどり着くと、そこには白髭が特徴的なおじさんが、お客さんに商品を渡しているところだった。

 私は並べてある服を何着か手に取り、大きさを確認してから持っていたピアスをお金が置いてある受け皿みたいなところへ置き、手にした服をお落とさないようにしっかりと持って、元来た道へ急いで戻る。



「持って来たよ」



 女の子がいる場所に戻り、止めていた時を戻してからそう言うと、ぎょっとした顔が目に入る。

「はやっ!」

「いや、それは時を止めてたからだよ」

「あぁ、そっか。って、ちゃんと持って来た?」

「うん、何を着たらいいのか分からなかったから、スカートとズボンの二種類を持って来たよ」

「じゃあ動きやすさを考慮して、ズボンを履こうか」

「分かった」

 二人で血が付いたボロボロの服を脱いで、新しい服に着替える。

 肌に付いている血は脱いだ服で出来るだけ拭き取り、後は地面の土を掘って脱いだ服を埋める。

 そのまま血が付いた服を街の入口近くに置いておくと、騒ぎになる可能性があるからだ。



「……それで、これからどうやって中に入るの?」



 着替えを終えてから、じっと門の入口を見ている女の子に声を掛けると、通行証を持っている街の人が門を通るのを待っていると言う。

「さっきも言ったけど、この時間に門が開くのは通行証を持った街の人が通る時だけ。だから、通行証を持っている誰かが来て、門が開いたら……」

「私が時を止めて、中に入ればいい」

「そのとーり!」

「でも、もしかしたら今日はもう外に出る人はいないかもしれない……ってことは?」

「それもあり得る」

 女の子は肩を竦めると、そうなったら門が開く時間――早朝まで待つしかないと言った。

 だけど……。



 どうやら、通行証を使って外に出る街の人がいたみたいだった。



 大きな両開きの門の片側が、人が通れる分だけ開く。

 槍を持った門番が周囲を警戒する中、街の中から三人の男性が出て来た。

「あ、門が閉じちゃう! ほら、今よ! 早く!」

「わわわっ!?」

 門が閉じられる前に、慌てて時を止める。

 それから焦った表情の女の子を抱え上げ、開いている門の所まで走って行く。

「それにしても、時を止めると何でこんなに軽いんだろう」

 女の子を小脇に抱えながら、人混みの中を走り抜けつつ考える。

 別に力持ちってわけじゃないし、『時』を止めていない時に人を抱えながら走るなんて出来るはずがない。



 まぁ、考えても分かる訳も無いし、異世界だから――と思う事にした。

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