召還編

1

 目を開けると、蝋燭がゆらゆらと灯っているのがまず初めに目に入った。

 薄暗い部屋の中で目を擦りながら周りを見れば、大量の時計が見える。

 カチコチカチコチ、チクタクチクタクと色々な音色を刻む時計の音を聞きながら、ボーっとする頭で何がおきているのかと考える。

「……ぇ、何これ」

 声を出すと口や喉が乾いていて、掠れたような声が出た。

 喉元を押さえながら、もう一度辺りを見回してみる。

 狭い部屋の中には、大小様々な古そうな時計が壁に所狭しと掛けられてあり、床や机の上などには、辞典のような分厚い本が乱雑に積まれて置かれている。

 一体、ここはどこなんだろう?

 目覚めたばかりで頭が働かない。

 そんな状態で辺りを見ていたんだけど、ハタと頭の中の回線が繋がったように体がビクリと震えた。



 私、学校に行くのに家を出てから……それから……だめだ、思い出せない。



 額に手を当てながら頭を軽く振る。

 学校に行くのが嫌で、憂鬱な思いでだらだらと家を出たのに、何で私は“こんな所”にいるんだろう。

 全く訳のわからない状況に、心臓が未だかつてない程の速さで動いている。



 じわり、と浮き出て来る汗と小刻みに震える体に鞭打ち、ベッドの上で寝ていた体を肘を使って起こす。



 足を――靴やソックスも履いていない裸足の足を見て、ギクリと動きを止める。

 よく見てみれば、朝出て行く時まで着ていた制服が、見たこともないワンピースみたいなモノに変わっていた。

「なんなのよ、これ。それに、髪も……」

 ゴワゴワとした触り心地の服を触りながら確認していると、胸元で揺れる髪の毛先に気付いて、更に何が何だか分からなくなる。

 元々、私の髪は肩に付くか付かないかくらいの長さだったのに、今は胸にまで届いている。

「……お母さん」

 怖くて、心細くて、無意識に親を呼ぶが、誰かが助けに来てくれるわけもなく、私は震えながら足を床に付けて立ち上がろうとして――倒れた。

「……っ!?」

 膝や肩や顎を強かに打ち、痛みで体を丸めながら悶えていると。



「……ほ、ほおぉぉっ! 遂に、遂に目が覚めたんじゃなっ!!」



 私が倒れた音に誰かが気付いたらしく、この奇妙な部屋に誰かが入って来た。

 開かれた扉に目を向ければ、暗闇に慣れた目には室内に入って来る逆光が眩しくて、誰が入って来たのか良く分からなかった。

 声だけ聴けば、しわがれた声の老人のようであったが、光に目が慣れてくると、目の前にまで歩いて来た人物が徐々に鮮明に見えるようになってくる。



 それは、まるで魔法使いのような長い灰色のローブを目深く被った、小枝のようにやせ細っている男性か女性かも分からないような老人だった。



 ローブから覗くぎょろりとした目を見て引き攣った声が出たが、そんな私の反応に、老人は気にしていないようであった。

「ようやっと、魂がこの世界に『定着』したようじゃのぅ」

 老人は、嬉しそうにひひひっと笑いながらそう言うと、震えて動けないでいる私の長くなった髪を鷲掴むと、無理やり視線を合わせるように持ち上げる。

「いだっ!?」

「きひひひ……お前、今の状況が全くわからんのだろぅ?」

 老人はそう言いながらしゃがんで、私と目線を合わせてから笑う。



「ここはな? お前さんがいた世界ではない――異世じゃよ」



 その言葉に固まる私を見て、何が面白いのか老人は更に笑い続けながら口を開く。

「ワシはな? この世界でも珍しい『召喚術』が使える『魔法士』でな? こんな他国との小競り合いが続く戦時中でもなければ『階級』は最高位になっていても、おかしくはないはずじゃった。じゃが、戦時中はどうしても『能力持ち』が活躍してしまう。そうすると、ワシらみたいな『魔法士』は階級が低くなってしまってなぁ……」

「あ、の……な、にを言って」

「そこでワシは思い付いた。『能力』が無くて『階級』が上げられないならば、ワシが『能力』のある奴を『召喚』して、自在にその能力を扱えるようにしてしまえばいいんじゃと!」



 老人はギラギラとした目で私を見ると、ゾワリとするような笑みを浮かべる。



「ただ、『能力』持ちは殆どが国に管理されているからのぅ……無理やり捕まえて操ろうにも、奴らは幼い頃から『学園』で戦闘教育されていて、なかなか捕まえることが出来なんだ。それに、もしもワシが企てている計画が国にバレて捕まれば、『魔法士』としての力や称号を剥奪され、最後には流刑にされる。そんな無謀なことは出来ん。だからワシは考えたんじゃ、国に管理されてない“強い能力を持つ”人間を召喚しよう――と」

「……そ、それと私が、なんの関係が?」

「ひひひっ、まだ分からんか? 『能力』持ちのお前さんは、ワシの召喚術によって、この国へ連れて来られたんじゃよ」

「そんな……だって、私、そんな力なんて無いのに」

「きひひひ。このワシが数十年掛けて集めた資料を基にして作り上げた召喚術、失敗しているはずが無いじゃろぅ?」



 老人はそう言うと私の髪を離し、立ち上がる。



「流石に、異世界の能力持ちの人間をこちらへ召喚することが成功しても、そのまま起きる事がないのが殆どじゃった。だから、今回も“また”失敗したかと思ったんじゃが……今回は無理に目覚めさせぬようにしてみたのが、どうやら良かったようじゃ。魂がこちらの世界に綺麗に適合して馴染んどる」

 老人は私の体を目を細めながら見つつ、細い人差し指で私の心臓部分をトンと叩く。

「今回は今までの召喚陣に手を色々加え過ぎて、今後同じ召喚陣を作りたくても作れなかったじゃろうから、成功して本当に良かったわい」

「……っ」

 どうやら、私の他にもこちらに連れて来られた人が、今までにもいたらしい。

 でも、私が初めての成功なら、それまでの人は――いや、考えるのは止めよう。

 体の震えを止められないでいると、老人はその細腕からは想像出来ないような力で私の腕を掴み、無理やりベッドから引き摺り下ろす。



「ひっひひ、今まで一年以上も寝ていたんじゃ。これからは休む暇もなく働いて貰うとするかのぅ」



 老人はそう言うと、床に座り込んで放心している私をそのまま引き摺りながら、部屋から出て行ったのであった。

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