32

「……見付けた」



 囁くようにして呟くアシュレイに、私達がどうしたんだろうと首を傾げていたんだけど……暫くして、アシュレイが見詰めていた森の先からやって来た人物を見て合点した。

「みーっけ!」

「いやいや、お前じゃなくて俺が先に見付けたんだけど」

 薄暗い森の奥から一番乗りで出て来たキャスが、円の中で寛ぐ私達を見て、見付けたと喜ぶ。

 そんなキャスにアレックスが、お前じゃなくて俺が見付けたんだとギャーギャー騒いでいる。

 私達は立ち上がると隠密粉の円を壊さないようにして外に出て、こちらへとやって来る四人を待つ。



「はぁ……漸く合流出来た――って、怪我をしているのか!?」



 近くに来たイーグニスが、バックを地面に置きながらホッとしたような表情をしていたんだけど、私達の姿を見た瞬間驚いた声を出す。

 その声に、キャスやエイベルやアレックスも慌てたようにこちらへ駆けて来るのを眺めながら、怪我? と私達は不思議に思いながら首を傾げていた。

 だけど、自分達の制服を見下ろして納得する。



 そう、今朝方助けた先輩達の血が制服に付着していたのだ。



 慌てたように私達の体を触って無事を確認する四人に、私達は大丈夫だと落ち着かせながら、今朝の経緯を説明した。

 四人は真剣な表情で聞いていた。

 ある程度話し終えると、アレックスが腕を組みながら呻る。

「……確かに、それは俺も気になってたんだよな」

「そうなの?」

「あぁ、鳥に憑依して空から偵察していた時に何回か魔獣を見かけたけど……群れても通常なら三から五体くらいなのに、今は倍以上の数で行動してたり、体が頑丈になって動きもかなり早くなっているように見えた。それも、今朝から急に」

「動物はどうなの?」

「ん~……見たところ、目立った変化は無いし、俺が憑依しようと思えば出来るから……動物は変わりないかな」

「それじゃあ、魔獣だけが狂暴化しているって事か……」

「理由は分かる?」

「いいや、残念ながら分かってない」

「それじゃあ……これから終了までの間、


 今まではアシュレイやアレックスのお蔭で私達は危険な状況から回避出来てはいたけど、これからはそうもいかなくなる。



 辺りに重い空気が流れる。

 そんな中、エイベルが明るい声を上げた。

「じゃあさ、訓練が終わるまでの間、このまま一緒に行動すればいいんじゃない?」

「……いいや、駄目かな」

「なんでっ!?」

 シリルがエイベルの提案を却下する。

 イーグニスやキャスも一緒にいた方が助け合えるし、いいんじゃないかと言っても首を縦に振らない。

 どうしてかと問えば、全滅しない為なんだって。



 一ヵ所に皆がいた場合、もしも自分達で対処出来ないような魔獣に襲われたら?



 そうなれば、一巻の終わりだ。

 野外訓練では、隊の半数以上が戦闘不能になった場合、何らかの方法で教官達の元へその事が通達される。

 それから戦闘不能になった生徒の元へ、移動の魔法陣を使って教官達が救助に向かう――という手筈になってるみたいなんだけど、稀に救助が間に合わず、その場で命を落とす生徒がいるらしい。

 だから、教官達が助けに来てくれるまでの間の時間稼ぎをする為にも、別々に行動した方が良いんだと言う。

 お互い助けに行ける距離――付かず離れずが丁度いいんじゃないかとの言葉に、アシュレイとシンディー、それにアレックスもその方がいいと賛成する。

 うん、私もそう思う。

 エイベルやキャスは、皆で一緒に行動出来ない事に寂しく思っているみたいだけど……しょうがないよね、と最後には頷いていてくれた。



「それじゃあ後もう少し、気を抜かないように頑張ろう!」



 イーグニスが明るい声でそう言いながら、皆の肩や腕をポンポンと叩いて励ます。

 ただ、アシュレイだけが嫌そうな顔をしてイーグニスの手から体をずらして避けていた。

 それを見たイーグニスは肩を竦めながら、空中に浮かべたままだった手を下ろして離れて行く。



 ちなみに、アシュレイの隣にいた私もポンポンされてません。



 お互い地図を取り出し、明日の行動範囲を確認し合ってからイーグニス達と分かれた私達は、もう一度隠密粉で作った円の中に入った。

 変わらず美味しくない食事を食べ、明日の移動中の注意点をシリル達から聞きつつ、このまま脱落しないよう残りの日数も頑張ろうと士気を高め合う。

 若干、アシュレイが私達のテンションにウザそうにしていたけど。

 今日も早めに寝ようと、バックを枕にして私達は横になった。








 最初は静かだと思えていた森の中は、虫が奏でる音色で溢れていた。



 こんな森の中では、月や星の光も届かない。

 たぶん、隠密粉が発する光がなければ、自分の手も確認出来ないくらい真っ暗だったと思う。

 元の世界にいた頃の私なら、そんな場所にいれば怖くて泣いていたかもしれない。

 それよりも、こんな虫がいっぱいいそうな場所に寝転がるなんて阿鼻叫喚ものだ。

 仰向けに寝ていた体を横にすると、右隣で寝ていたシンディーの顔が見えた。

 くかーっと気持ち良さそうに口を開けて寝ているのを見て、笑ってしまった。

 そろそろ私も寝なきゃ。

 気持ち良さそうな寝息を立てる皆に、心の中でおやすみと言いながら私も目を閉じた。






 ――ふと、唐突に目が覚める。



 寝付きは悪いけど、基本的に一度寝たら途中で目が覚める事がない私は、目が覚めたので朝になったのかと一瞬思った。

 だけど、目を開けても辺りはまだまだ真っ暗な闇に包まれている。

 いつもなら綺麗な音色を奏でている虫達の鳴き声が、聞こえなくなっていた。

 随分静かだなと思いながらも、くあっと欠伸をしつつ、皆もまだ寝てるし寝直そうと体に掛けていた布を口元まで引き上げた時、少し離れた場所から聞こえて来る音に閉じかけていた目を開ける。

「…………?」

 目を擦りながら上半身を起こし、瞬きをしながら辺りを見回す。



 真っ暗な森の奥――その先から何かが《・・・》こちらへとやって来るようであった。



 パキッ、がさり、と枝や草木を踏み締める音。

 体に掛けている布を握り締め、こちらへやって来るモノが何かとジッと見詰める。

 耳元から聞こえる心臓の音が最高潮になって来た頃――。



「……エイベル?」



 暗くてよく見えなかったシルエットが徐々に鮮明に見えてきた頃、それがエイベルだと気付く。

 こんな夜中に……しかも、たった一人で歩いて来た事にどうしたんだろうと、体に掛けていた布を退けて立ち上がろうとした時。



 突然、服の裾を掴まれ、立ち上がるのを阻まれる。

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